超高感度ウイルス検出法が拓く痛くないインフルエンザ診断

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ウイルス1個を検出するデジタルアッセイ

2019-01-31 東京大学,科学技術振興機構,内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)

ポイント
  • インフルエンザウイルス1個を検出する技術を開発し、既存検査手法であるイムノクロマト法より1,000倍から10,000倍高感度に検出することに成功した。
  • 微小な空間にインフルエンザウイルスを1個のみ閉じ込めて検出するデジタルインフルエンザ検出法を開発し、インフルエンザウイルスの検出や定量を簡便にした。
  • 本手法を検査に応用することでより早期にインフルエンザウイルスの検出が可能になり、インフルエンザの重篤化や流行を抑えることが期待される。

インフルエンザは、インフルエンザウイルスによって引き起こされる人獣共通の感染症です。毎年世界中で流行し、これまでにも多くの死者や経済的損失が出ています。また、ウイルスが変異する速度も速く、定期的に世界的な大流行(パンデミック)を引き起こします。そのため、国際的に対策が検討されています。一方で、インフルエンザは薬による治療が可能です。さらに、インフルエンザに感染しても発熱などの症状が現れる前に薬を飲めば発症しないことも知られています。こうしたことから、インフルエンザをより早期に診断できる高感度な検査法が求められています。東京大学 大学院工学系研究科の田端 和仁 講師、皆川 慶嘉 主任研究員、野地 博行 教授らの研究グループは微小空間にインフルエンザウイルス1個を閉じ込めて検出する、デジタルインフルエンザ検出法注1)(図2)を開発し、既存のインフルエンザ検査法であるイムノクロマト法注2)よりも1,000倍から10,000倍高感度にインフルエンザウイルスを検出できることを示しました(図1)。また、インフルエンザの患者のうがい液からもウイルス検出に成功し、より痛みの少ない検査方法の確立に道を拓きました。デジタルインフルエンザ検出法によって、ウイルス量の少ないインフルエンザの発症直後や直前での検査を可能とし、早期の治療によって症状を抑えることで、体から出るウイルスを減らすことで流行を低減するといった効果が期待できます。

本研究成果は、2019年1月31日(英国時間)に、英国Nature Publishing Group発行の「Scientific Reports」オンライン版に掲載されます。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
https://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー:野地 博行

研究開発プログラム:豊かで安全な社会と新しいバイオものづくりを実現する人工細胞リアクタ

研究開発課題:人工細胞デバイスおよび計測システム開発ならびにゲノム起動法の開発

研究開発責任者:田端 和仁(東京大学 講師)

研究期間:平成27年3月~平成31年3月

本研究開発課題では、微小チャンバーが高集積に並んだ人工細胞リアクタと、当該リアクタを用いた小型で簡単に操作可能な計測システムとを一体的に開発し、実用化を目指しています。

<野地 博行 プログラム・マネージャーのコメント>

ImPACT野地プログラムでは、微小チャンバーが高集積に並んだ人工細胞リアクタを用い、酵素、核酸、ウイルスなどの1分子計測を対象としたデジタル計測技術を開発しています。今回開発に成功したデジタルインフルエンザウイルス検出法は、ウイルス濃度の低い検体からの検出が可能であり、低侵襲での検体採取を選択できることから、現在のインフルエンザ治療に転機をもたらすとともに、パンデミック対策に寄与するものと期待できます。また、本成果は医療診断装置の高感度化、ハイスループット化、および小型化へと貢献するものであり、この分野へのデジタル革命を起こす基盤技術であると考えています。

<研究の背景>

インフルエンザは、インフルエンザウイルスが引き起こす流行性疾患です。毎年冬に大規模な流行が観測され、国内では1,000万人以上が罹患します。また、近年では新型インフルエンザの発生も確認されており、パンデミックの発生も危惧されています。インフルエンザに対する有効な対策として、予防が第一となっていますが、現在では抗ウイルス薬も登場し、治療が可能です。また、抗ウイルス薬はインフルエンザの症状が出る前に服用すれば、発症することなく治癒することが知られています。このため、ウイルス量が少ない感染初期の段階からウイルスを検出する方法が求められます。一方、現在インフルエンザ診断の主流はイムノクロマト法という検査方法です。この検査方法では発熱などのインフルエンザの症状が現れてから12時間から24時間経過しないと正確な診断結果が得られないことが分かっています。また、検体採取に際しても痛みを伴うため、子供などには非常に負担の重い検査となっています。そのため、低侵襲かつ高感度な検査方法が求められています。

<研究の内容>

本研究グループはインフルエンザウイルスの高感度検出を達成するために、1分子デジタル計測法の応用に着目しました。この方法は、酵素1分子を蛍光基質とともに数fL(フェムトリットル:10-15リットル)から数十fLの容器の中に閉じ込めて反応させ、その産物の蛍光を計測することで、酵素1分子を検出する方法です。この方法では、酵素が閉じ込められている微小容器は蛍光を発し、閉じ込められていない容器は蛍光を発しません。そのため、蛍光を発している微小容器を1として、発していないものを0というように、信号を二値化(デジタル化)して計測結果を取り扱うことができるようになります。このような計測法をデジタルアッセイと呼んでいます。一方、インフルエンザウイルスはその表面にノイラミニダーゼというキノコのように突出した形の酵素を持っています。このため、インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼによって分解されると蛍光を発する蛍光基質を微小容器に閉じ込めれば、その容器は蛍光を発することになります。その蛍光を観測することで、インフルエンザウイルス1個を検出することが可能になると考え、本研究グループは1cmに17fLの体積を持つ微小容器が60万個配置された微小容器のアレイを微細加工技術によって作成しました。この微小容器アレイにインフルエンザウイルスと蛍光基質を混ぜた溶液を導入して封入したところ、インフルエンザウイルス1個が確率的に微小容器内に閉じ込められて蛍光を発している様子が観察できました。このことから、デジタルインフルエンザアッセイが可能であることが分かりました。さらに、この蛍光を発している微小容器の数を数えることで、インフルエンザウイルスの個数や濃度が計算できます。そこで、この計測法におけるインフルエンザウイルスの検出限界とインフルエンザの診断に使われるイムノクロマト法の検出限界を比較したところ、デジタルインフルエンザアッセイの方が10,000倍高感度であることが分かりました。また、高感度化が達成されたため、実際の検査で使用される鼻腔拭い液より侵襲度の低いサンプルからもウイルスの検出が可能であると考えて、インフルエンザ患者のうがい液を用いて検出を試みました。この結果、イムノクロマト法では検出できないサンプルからもウイルスの検出に成功し、デジタルインフルエンザアッセイは患者検体からの検出にも有効であることを示しました。そのほかにも、インフルエンザウイルス1個を検出するという特長を生かして、ウイルス集団の不均一性に関して知見を得ることに成功しています。これは、ノイラミニダーゼ阻害剤であるオセルタミビル(タミフル)をタミフル耐性のないウイルスに加えてデジタルインフルエンザアッセイを行いました。このインフルエンザウイルスにはタミフルに対する耐性がないため、ノイラミニダーゼが阻害され、蛍光を発する微小容器がなくなります。ところが、本実験の結果は数万から数十万個のウイルスに1個は耐性を持つウイルスが存在することが分かりました。このように、ウイルス1個を見ることでウイルスの集団の分布を知ることができることも示しました。

<今後の展望>

デジタルインフルエンザウイルス検出法は、新しい検出手法を活用した高感度なインフルエンザウイルス検出法です。インフルエンザ診断に本方法を応用すれば、より早期に診断できるようになることで、初期症状のうちから治療できるようになると考えられます。これは、発熱などの辛さからの解放や、周囲へのウイルス飛散が減ることで流行を抑えるなどのさまざまなメリットがあると考えられます。また、高感度化によって、唾液などより簡単に採取できる検体で検査が可能になるため、個人での検査や痛みのない検査も実現できるようになります。本研究成果により、早期にインフルエンザウイルスの検出が可能になり、インフルエンザの重篤化や流行を抑えることが期待されます。

<参考図>

図1 デジタルインフルエンザ検出法によるインフルエンザウイルスの検出結果

図1 デジタルインフルエンザ検出法によるインフルエンザウイルスの検出結果

デジタルインフルエンザ検出法では10PFU/mlの濃度までインフルエンザウイルスを検出できている。一方、市販のイムノクロマトキットを用いた場合はおよそ10PFU/ml程度までしか検出できない(赤点線)。

図2 デジタルインフルエンザ検出法

図2 デジタルインフルエンザ検出法
<用語解説>
注1)デジタルインフルエンザ検出法
微細加工技術で作成した微小液滴アレイにノイラミニダーゼが分解する蛍光基質とともに、インフルエンザウイルス1個を確率的に閉じ込めている。ウイルスがいる微小液滴は蛍光を発して、ウイルスがいない微小液滴は蛍光を発しない。蛍光を発している微小液滴を1とカウントし、発していない液滴を0とすると、デジタルデータのようにシグナルを取り扱うことができることから、デジタルアッセイと呼ばれている。図2は、デジタルインフルエンザ検出法のイメージ図。
注2)イムノクロマト法
抗原抗体反応を利用した迅速検査手法の1つ。インフルエンザや、ノロウイルス、アデノウイルス、妊娠検査などさまざまな検査法として利用されている。本方法の原理は、検出用のマーカーが結合した抗体と検査したいサンプルを混ぜ、サンプル中に含まれる抗原と検出用の抗体が結合する。その溶液をセルロース膜に滴下し、毛細管現象で溶液を展開する。セルロース膜の一部に検出部が設けられており、その部分にも抗原に対する抗体が固定化されている。検出部まで溶液が到達すると検出用抗体と結合した抗体が検出部分にトラップされ濃縮される。その結果、検出用のマーカーがその部分に集まり目視で抗原が存在するかどうかが判定できる。
<論文情報>

タイトル:“Antibody-free digital influenza virus counting based on neuraminidase activity”

著者名:Kazuhito V. Tabata, Yoshihiro Minagawa, Yuko Kawaguchi, Mana Ono, Yoshiki Moriizumi, Seiya Yamayoshi, Yoichiro Fujioka, Yusuke Ohba, Yoshihiro Kawaoka, and Hiroyuki Noji

DOI:10.1038/s41598-018-37994-6

アブストラクトURL:www.nature.com/articles/s41598-018-37994-6

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

田端 和仁(タバタ カズヒト)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 講師

<ImPACTの事業に関すること>

内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<ImPACTプログラム内容およびPMに関すること>

科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<報道担当>

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

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