腸内細菌叢がインフルエンザワクチンの効果を高めるメカニズムを解明

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地球温暖化や食糧危機がワクチン効果に与える悪影響とは

2019-02-06 東京大学

1.発表者:
一戸 猛志(東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター ウイルス学分野 准教授)
森山 美優(東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター / 日本学術振興会 特別研究員)

2.発表のポイント:
◆外気温がウイルス感染後の免疫応答に与える影響を解析し、暑い環境下ではインフルエンザウイルス感染後の免疫応答が低下することを見出した。
◆腸内細菌由来代謝産物およびグルコースが、インフルエンザウイルス感染後の免疫応答の誘導に重要であることを明らかにした。
◆地球温暖化や食糧危機、過度なダイエットはワクチンの効果を低下させる可能性がある。

3.発表概要:
 東京大学医科学研究所感染症国際研究センターウイルス学分野の一戸猛志准教授らは、外気温や摂食量、腸内細菌由来代謝産物などがインフルエンザウイルス感染後の免疫応答やワクチン効果に影響を及ぼすことを見出しました。
地球温暖化は、さまざまな感染症を媒介する生物(ジカウイルスを媒介する蚊や重症熱性血小板減少症候群ウイルス(SFTS ウイルス;注 1)を媒介するマダニ等)の生息域を拡大させますが、外気温がウイルス感染後に誘導される免疫応答に与える影響については不明でした。また腸内細菌叢がインフルエンザウイルスに対する免疫応答の誘導に役立つ(注 2)理由も未解明のままでした。
今回、地球温暖化を想定した 36℃という暑い環境で飼育したマウスは、22℃で飼育したマウスと比較して、インフルエンザウイルス、ジカウイルス、SFTS ウイルスの感染後に誘導される免疫応答が低下することを見出しました。暑い環境で飼育したマウスは摂食量が低下しており、この摂食量の低下が免疫応答の低下につながる要因のひとつでした。そこで、宿主の栄養状態がインフルエンザウイルスに対する免疫応答の誘導に重要な役割を果たしているという仮説を立てて検証したところ、36℃で飼育したマウスに腸内細菌由来代謝産物(酪酸、プロピオン酸、酢酸;注 3)やグルコースを投与すると、低下していたウイルス特異的な免疫応答が部分的に回復することを見出しました。
以上の成果は、外気温がウイルス特異的な免疫応答の誘導に影響を与えることを示した世界で初めての例であり、腸内細菌叢がインフルエンザウイルス特異的な免疫応答に役立つ理由を解明した極めて重要な知見です。また地球温暖化や食糧危機、過度なダイエットが、米国で認可されている弱毒生インフルエンザワクチンや、我が国で臨床試験段階にある経鼻投与型インフルエンザワクチン(注 4)の効果を低下させる可能性を示唆するものであり、これらのことを正しく理解し、対策を講じるにはさらなる研究が必要です。
本研究成果は、2019 年 2 月 5 日午前 5 時(米国東部時間 2 月 4 日午後 3 時)の米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America: PNAS)のオンライン速報版で公開されました。なお本研究成果は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金事業、日本医療研究開発機構(AMED)振興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、JSPS 特別研究員事業などの一環として得られました。

4.発表内容:
① 研究の背景・先行研究における問題点
地球温暖化は、さまざまな感染症を媒介する生物(ジカウイルスを媒介する蚊や重症熱性血小板減少症候群ウイルス(SFTS ウイルス)を媒介するマダニ等)の生息域を拡大させます。また今世紀末までに世界の人口の半分が地球温暖化による食糧危機に直面するという予測もあります(Battisti et al. Science. 2009)。一方、インフルエンザウイルスの流行がピークとなる 1 月の東京の平均気温は 5℃であり、私達の生活は外気温に大きく影響を受けています。これまでの研究では、マウスを室温(22℃)で飼育した場合の研究ばかりが行われてきましたが、暑い、寒いなど外気温がウイルスの病原性やウイルス感染後に誘導される防御免疫応答に与える影響については全く解析されてきませんでした。
② 研究内容
本研究では、外気温がウイルス感染後の免疫応答に与える影響を調べるため、4℃、22℃、 36℃の環境下で一週間飼育したマウスにインフルエンザウイルスを感染させ、感染から 2 週間後のウイルス特異的な免疫応答を解析しました。すると 36℃で飼育したマウスでは、 4℃や 22℃で飼育したマウスと比較して、ウイルス特異的な免疫応答(抗体応答、CD8T 細胞応答、CD4T 細胞応答)が低下することを見出しました。ウイルスに対する防御免疫が低下したことにより、36℃で飼育したマウスの体内ではウイルスの増殖が高くなり、4℃や 22℃で飼育したマウスと比較して、体内からウイルスを排除するまでにかかる時間が長くなりました。またインフルエンザウイルスに対してだけではなく、36℃で飼育したマウスでは、ジカウイルスや SFTS ウイルスの感染に対する一部の免疫応答(CD4T 細胞応答)も低下していることが明らかになりました。36℃で飼育したマウスで、ウイルス感染に対する免疫応答が低下する理由を解明するため、このマウスをよく観察したところ、36℃で飼育したマウスでは、22℃で飼育したマウスと比較して摂食量が半分程度に低下しており、肺で誘導されているオートファジー(注 5)が亢進し、インフルエンザウイルス感染後に誘導される IL-1βの分泌量(注 6)が低下していることに気が付きました。そこで 22℃で飼育したマウスが 1 日に食べている餌の量を半分に制限したところ、肺組織のオートファジー応答が亢進し、食事制限をしたマウス(22℃で飼育)でもインフルエンザウイルス感染後の免疫応答が低下することが明らかになりました。以前、一戸准教授らの研究グループは、インフルエンザウイルスの感染に対する免疫応答の誘導にはバランスの良い腸内細菌叢が必要であることを明らかにしているため(注 2)、マウスの腸内細菌叢を解析したところ、22℃および 36℃で飼育したマウスの腸内細菌叢には大きな違いが認められないことが分かりました。腸内細菌は、私たちの消化酵素では消化できない食物繊維を消化して、短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、酢酸など;注 3)の生成を行ってくれています。そこで、腸内細菌叢由来の代謝産物などの宿主の栄養状態が、インフルエンザウイルスの感染に対する免疫応答の誘導に重要な役割を果たしているという仮説を立てて検証したところ、 36℃で飼育したマウスに腸内細菌由来代謝産物(酪酸、プロピオン酸、酢酸)やグルコースを投与すると、低下していたウイルス特異的な免疫応答が部分的に回復することを見出しました。
③ 社会的意義・今後の予定
以上の成果は、外気温がウイルス感染後に誘導される防御免疫応答の誘導に影響を与えることを示した世界初の成果であり、腸内細菌叢がインフルエンザウイルス特異的な免疫応答に役立つ理由を解明した極めて重要な知見です。本研究成果は、経鼻ワクチンの効果を食品成分により改善する新しいアジュバント(注 7)の開発などに役立つと期待されます。また、本研究成果は地球温暖化や食糧危機、過度なダイエットが米国で認可されている弱毒生インフルエンザワクチンや、現在、我が国で臨床試験段階にある経鼻投与型インフルエンザワクチンの効果を低下させる可能性を示唆するものであり、これらのことを正しく理解し、対策を講じるにはさらなる研究が必要です。

5.発表雑誌:
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America(PNAS)(米国東部時間 2 月 4 日午後 3 時オンライン掲載)
論文タイトル:High ambient temperature dampens adaptive immune responses to influenza A virus infection
著者:森山美優、一戸猛志*

6.問い合わせ先:
<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター ウイルス学分野
准教授  一戸 猛志(イチノヘ タケシ)
<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所事務部管理課総務チーム

7.用語解説
注 1)重症熱性血小板減少症候群ウイルス(SFTS ウイルス)
マダニ媒介性の病原性ウイルス。2018 年 11 月 28 日までの調査では、SFTS ウイルスに感染した 60 代以上の死亡率は 10~25%程度とされている(国立感染症研究所)。現在までのところ対症療法しかなく、有効な治療薬やワクチンはない。

注 2)腸内細菌とインフルエンザ
一戸准教授らの研究グループはこれまでに、マウスに抗生物質を飲ませて腸内細菌叢を死滅させると、インフルエンザウイルス感染後に誘導される防御免疫が低下することを明らかにしている。【参考】2011 年 3 月 15 日プレスリリース「腸内細菌がインフルエンザウイルスに対する粘膜免疫応答をサポートする~腸内細菌の全く新しい役割を解明~」 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/ichinohe-lab/press01.pdf

注 3)腸内細菌由来代謝産物
腸内細菌は、ヒトの消化酵素では消化できない食物繊維を消化して、短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、酢酸など)の生成を行っている。

注 4)経鼻投与型インフルエンザワクチン
国立感染症研究所の長谷川秀樹部長らが推進している日本初の経鼻投与型ワクチン。鼻にスプレーをするので、注射と比較して痛みもない。鼻粘膜上に防御抗体を誘導できるため、インフルエンザウイルスの感染そのものを阻止することができるだけでなく、変異ウイルスに対しても一定の防御効果があることが確認されている。注

注5)オートファジー
2016 年にノーベル生理学・医学賞を受賞した東京工業大学の大隅良典栄誉教授が発見した自食作用。細胞が飢餓状態になると細胞内の不要なタンパク質などをアミノ酸まで分解し、新しいタンパク質を作るための材料として用いている。

注 6)インフルエンザウイルスの感染による炎症反応
これまでに、一戸准教授らの研究グループはインフルエンザウイルス感染によって起こる炎症反応のメカニズムや、ウイルス感染後の炎症反応の強さ(IL-1βの分泌)が、インフルエンザウイルスに対する防御免疫応答の誘導に必要であることを明らかにしている。
【参考】2013 年 10 月 14 日プレスリリース「インフルエンザウイルス感染によって起こる炎症反応のメカニズムを解明」 http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/ichinohe-lab/131016.pdf

注 7)アジュバント
抗原(ワクチンなど)と混合して投与することにより、その抗原に対する免疫応答を増強させる物質の総称。水酸化アルミニウム(Alum)、死菌を含む完全フロイントアジュバント、合成二本鎖 RNA の poly(I:C)、CpG モチーフを持つ CpG DNA などがアジュバントになり得る。

8.添付資料:

図.本研究成果のまとめ(予測モデル)通常、よく食べることと健康な腸内細菌の働きにより、腸内細菌由来代謝産物(短鎖脂肪酸など)が多く作られる。一方、暑さによる食欲の低下や、抗生物質による腸内細菌叢のバランスの破綻は、腸内細菌叢由来代謝産物の産生を低下させると考えられる。腸内細菌叢由来代謝産物やグルコースなどは、血流に乗り、肺のオートファジー(図中の消火器)の強さを変化させる。インフルエンザウイルスが感染すると炎症反応に関わる IL-1βが産生されるが、オートファジー(図中の消火器)の強さにより、この炎症(図中の炎)の程度が異なる。IL-1βの産生(炎症)が強いと、肺の抗原提示細胞(図中の男子学生)は、リンパ節へと急ぎ、免疫応答の誘導を助ける。IL-1βの産生(炎症)が低いと、肺の抗原提示細胞(図中の女子学生)は、マイペースでリンパ節へ向かうため、免疫細胞への連絡が遅れる。

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