骨が長く伸びる仕組みの一端を解明

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イオンチャネルTRPM7を介した細胞内Ca2+変動が軟骨形成を制御する

2019-04-10 京都大学

市村敦彦 薬学研究科特定助教、銭年超 同特定研究員(現・精華大学博士研究員)らの研究グループは、軟骨細胞内カルシウムイオン(Ca2+)を独自の手法で解析することによって、発生に伴って骨が伸びる際、TRPM7という陽イオンチャネルを介して自発的に細胞内に流入するCa2+が、軟骨の正常な機能に必要であることを発見しました。

TRPM7を働かないようにしたマウスでは、軟骨細胞内へのCa2+の流入が抑制されるとともに、著しく骨の伸長が障害されました。

本研究成果から、TRPM7の機能を調節することにより軟骨の伸長を制御できる可能性が示されました。今後、移植培養軟骨の増殖促進・品質向上薬や、骨折治癒時における軟骨伸長促進薬など、TRPM7を標的とする新たな整形外科分野の治療薬創出へつながることが期待されます。

本研究成果は、2019年4月10日に、国際学術誌「Science Signaling」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図

書誌情報

日刊工業新聞(4月10日 23面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

骨が長く伸びる仕組みの一端を解明
―イオンチャネル TRPM7 を介した細胞内 Ca2+変動が軟骨形成を制御する―

概要
京都大学薬学研究科 市村敦彦 特定助教、銭年超 同特定研究員(研究当時、現:精華大学博士研究員)ら の研究グループは、軟骨細胞内カルシウムイオン((Ca2+)を独自の手法で解析することによって、発生に伴っ て骨が伸びる際、TRPM7 という陽イオンチャネルを介して自発的に細胞内に流入する Ca2+が、軟骨の正常な 機能に必要であることを発見しました。TRPM7 を働かないようにしたマウスでは、軟骨細胞内への Ca2+の流 入が抑制されるとともに、著しく骨の伸長が障害されました。本成果から、TRPM7 の機能を調節することに より軟骨の伸長を制御できる可能性が示されました。さらなる研究により、移植培養軟骨の増殖促進( 品質向 上薬や、骨折治癒時における軟骨伸長促進薬など、TRPM7 を標的とする新たな整形外科分野の治療薬創出へ つながることが期待されます。
本成果は、2019 年 4 月 10 日に米国の科学雑誌「Science Signaling」にオンライン出版されました。

1.背景
細胞内 Ca2+は、いろいろな生理機構に必須と言えるほど重要なシグナル分子として働いています。たとえ ば、受精、筋収縮、神経伝達物質やホルモン分泌などの重要な生理機能はすべて細胞内 Ca2+の濃度が適切に 変化することによって調節されています。しかしその一方で、Ca2+シグナルの詳しい仕組みや担っている生理 的な役割がまだよくわからない細胞もたくさんあります。そのため、Ca2+の動態や機能がわからない細胞で細 胞内 Ca2+の役割を調べることは、それぞれの細胞における特徴的な生理機能を理解する上で大変重要です。
私達の研究室では、細胞内 Ca2+の制御に関わる分子の機能を解析することを大きな目的の一つとして研究 を行ってきました。その過程で、小胞体という細胞内小器官にあるイオンチャネルの機能不全が骨芽細胞とい う細胞の機能を障害し、全身の骨形成が不全となることを見つけました。そこで引き続き、軟骨細胞にも注目 して細胞内 Ca2+について調べようと試みました。
軟骨細胞は、軟骨組織を構成する唯一の細胞です。軟骨組織は血管や神経の直接的な影響を受けず、胎生期 から発達の時期においては骨が長く伸びるため 、関節軟骨として関 節における摩擦を減らすために働くユニークな組織です。私達は、 軟骨細胞における細胞内 Ca2+の動態や生理的な役割があまり解明 されていないことに気が付きました。軟骨細胞が関節のような立体 的な組織として存在しているため、体の外で培養して同じような状 態を保ち続けることがとても難しいという事情により、実験が難し く解析が進んでいなかったのです。
そこで、私達は軟骨組織に存在する軟骨細胞を出来るだけそのま まの状態で観察する手法を開発しました。すなわち、新生直前((胎 生 17.5 日齢)のマウスから大腿骨を取り出し、およそ 60 マイク ロメートル(µm:マイクロは 100 万分の 1)という薄さでスライ ス培養試料を作り、これを用いて細胞内 Ca2+の状態を観察すると いう新たな手法を確立しました (右図, © 2016 DBCLS TogoTV / CC-BY-4.0)。

2.研究手法・成果
まず、新たに開発したスライス培養軟骨組織を使って軟骨細胞内でどのように Ca2+が振る舞っているのか 観察しました。すると、これまで知られていなかった現象として、軟骨細胞内で細胞内 Ca2+濃度が人為的な 刺激がなくても自発的に上昇と下降を不規則に繰り返しているということを見つけました (上図、左下図)。
  そこでこの現象を自発的 Ca2+変動と名 付け、更に分子メカニズムや生理機能の解 明を目指しました。いろいろな阻害薬を使 って自発的な Ca2+変動を阻害できるかど うか調べました。また、軟骨細胞において 発現している遺伝子を網羅的に((一度にす べて)調べ、自発的な Ca2+変動に関与し ていそうな遺伝子を絞り込みました。これ らの薬理的な実験と遺伝子発現解析によって、自発的 Ca2+変動を引き起こしている鍵分子の一つとして、TRPM7 というイオンチャネルを見つけまし た。
TRPM7 は細胞膜に存在しており、Ca2+や Mg2+などの 2 価の陽イオンを選択的に透過するイオンチャネルと して知られていますが、軟骨細胞における生理機能への関与はこれまで報告されていませんでした。TRPM7 の阻害薬では自発的 Ca2+変動が阻害され、TRPM7 活性化薬を使うと自発的 Ca2+変動は強くなりました。こう いった一連の解析から、TRPM7 を介して細胞内に流入してくる Ca2+が自発的 Ca2+変動を引き起こしていると 結論しました。
 そこで次に、この現象が軟骨細胞のどういった生理 的な機能に関与しているのか調べました。先にも書い たように、軟骨細胞は大腿骨や上腕骨、肋骨などのよ うな長い骨が伸びていくときに必要です。長い骨が伸 びるとき、軟骨がまず増殖し、骨の中央部分から先端 側に向かって徐々に硬い骨に置き換えられていきます (右図)。こういった骨化を軟骨内骨化といいます。私 達は、TRPM7 が軟骨内骨化で担っている役割を解明す る目的で、軟骨細胞でだけ TRPM7 が働かないように したマウスを作り出して解析しました。その結果、体 外で培養した Trpm7 遺伝子欠損指軟骨組織および、全身の軟骨細胞で Trpm7 遺伝子が欠損した成体マウスの 大腿骨のいずれにおいても、骨の伸長が著しく障害され、野生型と比較して短くなりました (下図)。また、 骨をさらに細かく解析してみた結果、Trpm7 遺伝子が働かないことで自発的 Ca2+変動が抑制されるとともに、 軟骨細胞の正常な分化成熟が阻害されていることがわかりました。流入した Ca2+が CaMKII という酵素を活性 化して遺伝子発現を調節している可能性が高いこともわかり、軟骨において細胞内 Ca2+が果たしている生理 的な役割やその分子メカニズムの一端を解明しました。

3.波及効果、今後の予定
一連の研究から、軟骨細胞における自発的 Ca2+変動という現象を発見するとともに、TRPM7 チャネルがこ れを調節し、軟骨細胞の正常な機能や分化成熟に必要であることを発見しました。TRPM7 を遺伝子レベルで 働かないようにしたり、阻害薬を使うことで軟骨機能が障 害されて骨の伸長が阻害されたことから、人為的に骨の伸 長を抑制し実験動物や家畜を小型化させるようなことが 出来る可能性があります。実際に、TRPM7 を軟骨細胞で のみ働かなくしたマウスは対照マウスと比較して生後も 大きくならず、体格も体重も半分程度にとどまることがわ かりました(右図)。
また、潜在的に TRPM7 機能低下や遺伝的変異によって 骨成長が抑制されていることが考えられます。さらに、現 時点では実験的な裏付けが不十分ではありますが、 TRPM7 の機能を活性化薬によって向上させることにより、 自発的 Ca2+変動を強くして流入 Ca2+を適切に増加させる ことによって、骨の伸長を早く進めることが出来るかもし れません。成長が止まったあとの軟骨は関節軟骨として増 殖しませんが、骨折治癒時は軟骨が成長期と似通った仕組みで折れた部分をつなぎ再び硬い骨に置き換わるこ とが知られています。さらなる研究により TRPM7 の活性化が軟骨機能を刺激できることが明らかとなれば、 TRPM7 を標的とした新たな骨折治癒促進薬の開発などへとつながることが期待されます。また、関節へ移植 する培養軟骨の質を向上させ早く提供するような技術へ応用出来る可能性もあります。今後は、整形外科や移 植軟骨を取り扱う民間企業との共同研究を行いこれらの可能性について更に追求する予定です。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、文部科学省科学研究費補助金((基盤((B) 研究代表者: 竹島浩 並びに 若手((A) 研究代表者: 市 村敦彦)、公益財団法人 車両競技公益記念財団 ((研究代表者: 竹島浩)、公益財団法人ソルト サイエンス研 究財団 ((研究代表者: 竹島浩)、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団 ((研究代表者: 市村敦彦)、公益財 団法人 小林国際奨学財団 ((研究代表者: 市村敦彦)、公益財団法人 武田科学振興財団 ((研究代表者: 市村敦 彦)、公益財団法人 日本応用酵素協会 ((研究代表者: 市村敦彦)、平成30年度橋渡し研究戦略的推進プログ ラムシーズA (研究代表者: 市村敦彦)、京阪神グローバル研究リーダー育成コンソーシアム((K-CONNEX)な どの支援を受けて実施されました。

<研究者のコメント>
細胞内 Ca2+というと心筋細胞や骨格筋細胞、神経細胞などいわゆる興奮性細胞における動態や制御機構、生 理機能が主に注目されますが、今回の軟骨細胞のように、静的だと思われていた細胞においても弱いながらも 自発的な Ca2+の変動が同定できました。しかも、その生理的役割は思った以上に大きいもので、全身の長い 骨の伸長に関わっていました。一見地味でも重要なものを見つけ出すことを目指して、今後も研究を進めたい と考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:TRPM7 channels mediate spontaneous Ca2+ fluctuations in growth plate chondrocytes that promote bone development((成長板軟骨細胞における TRPM7 チャネルを介した自発的 Ca2+変動が骨形成を 促進する)
著 者:Nianchao Qian, Atsuhiko Ichimura, Daisuke Takei , Reiko Sakaguchi , Akihiro Kitani , Ryohei Nagaoka, Masato Tomizawa, Yuu Miyazaki, Hitoshi Miyachi, Tomohiro Numata, Sho Kakizawa, Miyuki Nishi, Yasuo Mori, Hiroshi Takeshima
掲 載 誌: Science Signaling   DOI:10.1126/scisignal.aaw4847

 

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