急性骨髄性白血病におけるKITチロシンキナーゼの異常局在

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細胞内輸送ブロッカーM-COPAによるゴルジ体におけるKITシグナルの抑制

2019-09-19 東京理科大学,国立がん研究センター,日本医療研究開発機構

研究の要旨

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院 客員准教授(兼)国立がん研究センター研究所 小幡 裕希 ユニット長、東京理科大学 理学部第一部応用化学科 椎名 勇 教授、帝京大学 戦略的イノベーション研究センター 安部 良 特任教授は、国立がん研究センター中央病院 西田 俊朗 中央病院長、国立がん研究センター研究所 岡本 康司 分野長との共同研究を実施し、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia: AML)がKIT[1]変異体を持つ場合には、増殖シグナルが、今まで考えられてきた細胞膜からではなく、ゴルジ体[2]から発信していることを見出しました。さらに、ゴルジ体では、「脂質ラフト[3]」と呼ばれる特殊な膜の部分がKITシグナルに必要であることが示唆されました。また、本研究では、細胞内輸送を阻害するM-COPA(2-メチルコプロフィリンアミド)が、AMLにおけるKITのゴルジ体への移行をブロックし、無限増殖に導くシグナルを抑制することを見出しました。M-COPA及びその誘導体は現在、消化管間質細胞腫(gastrointestinal stromal tumour:GIST)の治療薬の候補として、研究開発が産学連携により行われています。上記の結果に加え、AMLで認められる他の変異シグナル分子もゴルジ体に蓄積していることが示唆されており、本研究成果によりM-COPA及びその誘導体がAMLに対しても治療薬の候補となることが示されました。

・本研究成果はCell Communication & Signaling誌に2019年9月10日付けで掲載されました。
(オンライン版は、2019年9月4日に公開)

研究の背景

AMLは、血液系の前駆細胞が制御不能な増殖をするがんであり、それにより、正常な造血機能が障害されてしまいます。日本では、1年間に3000~4000人が発症し、標準的な化学療法により、多くの患者さんで寛解あるいは5年無再発生存が得られていますが、AML細胞がFLT3[4]やKITのようなチロシンキナーゼ(リン酸化酵素, AKT[5]などの下流の因子を活性化して細胞を増殖させる)の遺伝子に変異を持つと、予後が悪いことが報告されています。AMLにおいて、FLT3変異は約30%の症例で認められ、そのチロシンキナーゼ活性に対する分子標的治療薬が開発されてきました。症例全体に対するKIT変異は数%と稀ですが、core-binding factor-AML (CBF-AML)というAMLサブタイプでは、約10%のケースでKITの活性化変異が検出されます。正常なKIT/FLT3は、血液前駆細胞の表面で刺激を受け取り、細胞増殖・分化において役割を果たすシグナル分子であるため、その活性化変異体が細胞を無限増殖に導くことは良く知られています。しかしながら、AMLにおいてチロシンキナーゼが「いつ・どこで・どのようにシグナルを発信しているか」については、ブラックボックスに包まれていました。

本研究グループは、これまでに、KIT変異が原因のがんに着目して研究を進めており、マスト細胞腫やGISTの変異型KITが細胞内小器官で増殖シグナルを発信していることを見出していました(文献1,2)。さらに、椎名教授が全合成に成功した蛋白質輸送ブロッカーのM-COPA(2-メチルコプロフィリンアミド)が、KITのシグナルの場(ゴルジ体)への移行阻害を介して、マスト細胞腫・GISTの無限増殖を抑制することを報告しました(文献3,4)。そこで、本研究では、AMLでのKITがどこに局在して増殖シグナルを発信しているのか、M-COPAがKITシグナルをブロックして無限増殖を抑制できるのかについて検討し、AMLにおけるKITシグナルの阻害戦術の可能性を探索しました。

研究成果の概要

本研究では、患者から樹立された複数のAML細胞株を用い、KIT変異体の細胞内局在の蛍光イメージング、生化学的解析、増殖シグナルに対するM-COPAの阻害効果の検討を試みました。図1Aに示すように、非AML細胞にみられる正常なKITは、細胞膜に分布します。しかし、AML細胞のKITの活性化変異体は、細胞膜ではなく、細胞内小器官(オルガネラ)に局在しており(図1A)、正常KITとはシグナル伝達する場所が異なることが予想されます。我々は、変異型KITが小胞体→ゴルジ体→…エンドソームの経路で移行していることを確認し、AMLのKITがそれらオルガネラに認められることを明らかにしました。さらに、KITの活性化を認識する抗体で蛍光イメージングを行うと、興味深いことに、KITは核近傍のゴルジ体領域に限局して活性化していることが明らかになりました(図1B)。そこで、細胞内輸送ブロッカーのM-COPAでKITを小胞体に停留させ(図2A左)、ゴルジ体への移行を阻害したところ、KITが活性化できず、それに伴い、下流のAKT・ERK [6]・STAT5[7]といった増殖を担うシグナル伝達分子群の機能が抑制されました(図2A右)。近年、ゴルジ体でのシグナル伝達には、「脂質ラフト」と呼ばれる微小領域が役割を果たすことが示唆されおり、AML細胞の正常な脂質ラフトの形成を阻害したところ、ゴルジ体でのKITシグナルが顕著に抑制されました(図2B)。

本研究成果は、AMLの変異型KITのシグナルにおけるゴルジ体の脂質ラフト領域の重要性を示唆するものです。また、M-COPAは、変異型KITを小胞体に留め、シグナルの場であるゴルジ体への移行を阻害することで、AML細胞の増殖を抑制することが示されました(予備検討結果, グラフ1, 図3)。AMLで認められるKITの活性化変異体には、既存の分子標的治療薬であるKITキナーゼ阻害剤イマチニブが効きづらいことが報告されており、M-COPAの作用機序は、イマチニブ抵抗性の克服に繋がることが示唆されます。

今後の展望

AMLでは、KITと似た分子であるFLT3の変異が、約30%という高頻度で認められます。本研究をきっかけに、今後、FLT3変異体が細胞内小器官に停留してシグナルを発信しているのか、それがどのような分子機構で起きるのか、細胞内輸送のブロッカーが増殖シグナルに対する新たな阻害戦術となるかを検討する予定です。本研究グループは、他のがんの変異シグナル分子でも、KITと似た細胞内停留・シグナルのメカニズムを見出しており、今後、臨床検体での解析や、実験動物におけるM-COPAの阻害効果の検討を計画しています。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)における研究開発課題「細胞内タンパク質輸送ブロッカー M-COPAをリードとする分子標的薬の開発」(研究開発代表者:椎名勇)の一環で行われました。

論文タイトル・掲載誌
論文タイトル
N822K- or V560G-mutated KIT activation preferentially occurs in lipid rafts of the Golgi apparatus in leukemia cells.
著者
Obata Y, Hara Y, Shiina I, Murata T, Tasaki Y, Suzuki K, Ito K, Tsugawa S, Yamawaki K, Takahashi T, Okamoto K, Nishida T. & Abe R.
掲載誌
Cell Commun. & Signal. 17, Article number: 114 (2019).
DOI
10.1186/s12964-019- 0426-3
引用文献
  1. Oncogenic Kit signals on endolysosomes and endoplasmic reticulum are essential for neoplastic mast cell proliferation. Obata Y, Toyoshima S, Wakamatsu E, Suzuki S, Ogawa S, Esumi H. & Abe, R.Nature Commun., 5, 5715 (2014).
  2. Oncogenic signaling by Kit tyrosine kinase occurs selectively on the Golgi apparatus in gastrointestinal stromal tumors. Obata Y, Horikawa K, Takahashi T, Akieda Y, Tsujimoto M, Fletcher JA, Esumi H, Nishida T. & Abe, R. Oncogene, 36, 3661-3672 (2017).
  3. M-COPA suppresses endolysosomal Kit-Akt oncogenic signalling through inhibiting the secretory pathway in neoplastic mast cells. Hara Y, Obata Y, Horikawa K, Tasaki Y, Suzuki K, Murata T, Shiina I. & Abe, R.PLOS ONE, 12, 10.1371/journal.pone.0175514 (2017).
  4. Oncogenic Kit signalling on the Golgi is suppressed by blocking secretory trafficking with M-COPA in gastrointestinal stromal tumours. Obata Y, Horikawa K, Shiina I, Takahashi T, Murata T, Tasaki Y, Suzuki K, Yonekura K, Esumi H, Nishida T. & Abe R. Cancer Lett. 415, 1-10 (2018).
用語の解説
[1]KIT:
ネコ肉腫ウイルスから発見されたので、遺伝子名はKittyから由来している。造血幹細胞などの細胞膜で増殖因子と結合すると活性化し、細胞を分化・増殖させる。活性化変異により、細胞をがん化させる。
[2]ゴルジ体:
細胞内物流の配送センターとして働くオルガネラ。 KITもゴルジ体を経由して細胞内を移動する。
[3]脂質ラフト:
特定の脂質組成の膜領域で、シグナルの場として役割を果たす。
[4]FLT3:
KITと似たシグナル分子で、AMLの治療標的として重要な蛋白質
[5]AKT:
細胞死を防ぐリン酸化酵素
[6]ERK:
細胞を増殖に導くリン酸化酵素
[7]STAT5:
活性化されると核内に移行し、増殖で役割を果たす分子の転写を活性化する。
お問い合わせ先
本研究内容に関するお問い合わせ先

東京理科大学 理学部応用化学科
教授 椎名 勇

国立がん研究センター 研究所
ユニット長 小幡 裕希

当プレスリリースの担当事務局

東京理科大学 広報部広報課

東京理科大学 研究戦略・産学連携センター(URAセンター)
*本資料中の図等のデータはご用意しております。上記URAセンターまでご連絡頂ければ幸甚です。

AMED 事業に関するお問い合わせ先

日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 がん研究課

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