統合失調症のワーキングメモリーに対する 経頭蓋直流刺激の効果を統計的に実証

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2020-01-07 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市、理事長:水澤英洋)精神保健研究所(所長:金吉晴)児童・予防精神医学研究部 (予防部)住吉太幹部長および成田瑞(ジョンズ・ホプキンス大学医学部博士研究員および予防部研究生)らのグループは、経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation, tDCS)が統合失調症の認知機能、とりわけワーキングメモリーの改善に有効であることを、メタ解析法を用いて実証しました。

統合失調症は一般人口の約1%が罹患する、原因不明の精神疾患です。主な症状として陽性症状(幻覚、妄想など)、陰性症状(感情の平板化、引きこもりなど)、認知機能(記憶、注意、問題解決能力など)の障害などが挙げられます。とりわけ認知機能障害は、患者の機能的予後(社会復帰の成否など)に影響が大きい重要な症状です。

tDCSとは1-2 mA程度の微弱な電流を頭皮上から当てる方式のニューロモデュレーションで、麻酔の必要がなく、副作用のリスクが小さいなどの利点があります(図1)。当グループは先行する予備的研究で、tDCSが統合失調症の認知機能障害に有効である可能性を示しました。これを受け、本研究ではtDCSの統合失調症の各認知機能領域への効果を、複数の無作為化比較試験(RCT)を統合したメタ解析を用いて検討しました。その結果、268名の被験者を含む9本のRCTのデータに基づき、ワーキングメモリーへの有意な効果を見出しました。

今回の研究結果から、tDCSが統合失調症の認知機能障害に対する治療法となり得るというエビデンスが得られました。このことより、tDCSが患者の社会復帰(復学、就労など)の転帰の改善のための有用な治療法となることが期待されます。

本研究成果は、日本時間2019年11月6日に科学雑誌「Schizophrenia Research」誌に受理されました。

■研究の背景・経緯

統合失調症の症状として、陽性症状や陰性症状の他に、早期より認知機能が低下することが示されています。この認知機能障害は、陽性症状や陰性症状以上に、患者の社会的転帰に重要であるとされています。

tDCSとは頭皮上に2つのスポンジ電極を置き、電極間に微弱な電流を流すニューロモデュレーションで、脳の神経活動を修飾します(図1)。今まで、比較的少数例を対象としたいくつかの臨床試験で、統合失調症の認知機能障害をtDCSが改善する可能性が示されてきました。しかし、複数の試験の結果を統合した検討は行われていませんでした。こうした中、メタ解析法を用いた今回の研究結果は、tDCSの効果をより強固に示すことになります。

■研究の内容

前頭部へのtDCSを複数回施行した無作為化比較試験を対象とし、複数の医療研究データベースから情報を取得しました。その結果、9つの試験が対象となりました。これらに対して、ランダム効果モデルを用いたメタ解析で被験者268名に対する検討を行いました。その結果、認知機能の領域の中で、特にワーキングメモリーに対する有意な効果が示されました(図2)。この効果は年齢などの因子に影響されず、また出版バイアスも認めませんでした。

■今後の展望

本研究の成果により、tDCSは統合失調症のワーキングメモリーに対して有効な治療法となり得ることが示されました。簡便で副作用の少ないtDCSが認知機能障害を改善するという結果は、統合失調症患者の社会復帰を促進すると期待されます。

■参考図

図1 経頭蓋直流電気刺激(tDCS)施行の様子

(a) 刺激発生装置、(b)アノード電極、(c)カソード電極、(d)電極固定用ストラップ、(e)ゴムバンド. 国立精神・神経医療研究センターでは、tDCSを用いた精神疾患の治療研究を現在行っています;https://npepjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40810-015-0012-x

図2:メタ解析を用いたtDCSのワーキングメモリーに対する効果

菱形部分が各比較試験を統合したtDCSの効果を示しており、これが0にかからない場合が有意なtDCSの効果を示します。今回の解析では有意な中等度の効果量が示され、tDCSは臨床的に意義のある治療法と推定されます。

■用語解説

・ニューロモデュレーション

脳に強い侵襲を与えずに神経活動を調整し、神経可塑性などを誘導することによって個体の回復力を高め、慢性的な精神症状を緩和する方法です。

・経頭蓋直流電気刺激(tDCS)

頭皮上に設置した電極を通して微弱な電流を流し、脳神経細胞の活動を修飾する方式のニューロモデュレーションです。1回あたりの刺激時間は30分以内と比較的短く、麻酔の必要がなく、副作用のリスクが低いという利点があります。電極の設置部位、施行回数および日数については様々な試みがあります。これまで主にうつ病に対する効果が示されており、抗うつ薬と遜色ない効果を見出した無作為化比較試験もあります。

・ワーキングメモリー

情報を短時間記憶し処理する認知機能の一つで、作業記憶とも呼ばれます。統合失調症患者の機能的転帰を左右する認知機能領域として重要です。

・出版バイアス

特定の治療法の効果などを確かめる臨床研究において、否定的な結果が出た場合は、肯定的な結果が出た場合に比べて公表されにくいというバイアス(偏り)です。公表バイアスとも言われます。

■原著論文情報

・論文名:Effect of multi-session prefrontal transcranial direct current stimulation on cognition in schizophrenia: a systematic review and meta-analysis.

・著者:Narita Z, Stickley A, Devylder J. Yokoi Y, Inagawa T, Yamada Y, Maruo K, Koyanagi A, Oh H, Sawa A, Sumiyoshi T.

・掲載誌:Schizophrenia Research (in press)

・DOI:10.1016/j.schres.2019.11.011.

・URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0920996419305092?via%3Dihub

■助成金

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金および国立精神・ 神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費の支援を受けて行われました。

■お問い合わせ先:

【研究に関するお問い合わせ】

住吉 太幹(すみよし とみき)

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所

児童・予防精神医学研究部

【報道に関するお問い合わせ】

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係

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