認知症に対する点鼻ワクチンの開発~遺伝子治療による免疫療法と分子イメージング~

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2020-03-25 量子科学技術研究開発機構

概要

アルツハイマー病や前頭側頭型認知症をはじめとする高齢者の認知症注1)は、今後、人口の超高齢化とともに増加の一途を辿ることが想定され、その対策は喫緊の課題となっています。その認知症の大多数において、タウ蛋白凝集体の蓄積が特徴的な病変として認められることから、タウオパチー注2)と総称されます。多くの研究から、認知症を発症する前に予防することが重要であることがわかっており、本研究では、遺伝子治療注3)技術を利用した免疫療法注4)によってタウオパチーによる認知症を予防するワクチンの研究を行いました。

京都大学iPS細胞研究所 井上治久 教授(京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター・理化学研究所併任)、竹内啓喜 同研究員(研究当時、現:独立行政法人国立病院機構京都南病院脳神経内科医長)、今村恵子 (同特定拠点講師)らの研究グループは、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部 樋口真人 部長らの研究グループととともに、タウオパチーの鍵分子であるタウ蛋白に対する点鼻ワクチンを、遺伝子治療用のセンダイウイルスベクター注5)を用いて作製しました。そして、分子イメージング注6)技術を用いて、タウオパチーモデルマウスにおける治療効果を検討しました。その結果、タウに対する点鼻ワクチンにより、タウオパチーモデルマウスは脳内の抗タウ抗体価の上昇、タウ蛋白蓄積の減少、グリア炎症の改善、脳萎縮の改善、認知機能の改善を示しました。本研究は、アルツハイマー病を始めとする認知症を制圧するためのワクチン開発に寄与するものと考えられます。

本研究成果は、2020年3月25日に国際学術誌「NPJ Vaccines」のオンライン版に掲載されます。

タウに対する点鼻ワクチンの画

1.背景

認知症の中には、アルツハイマー病など、タウ蛋白凝集体の蓄積が特徴的病変として認められるタウオパチー型認知症があります。タウオパチー型認知症では、発症した時には脳内の病変の進行が進んでいることから、予防法の開発が必要とされています。さらに、加齢がこれらの認知症に罹患するリスクになりますので、今後、高齢者の増加とともに認知症が増加することが予想されているため、その制圧は社会的に急務となっています。

たいへん多くの方を対象にして、疾患の発症を予防するために、最も有効な方法の一つは、感染症などにおいて細菌やウイルスを攻撃する抗体などの免疫の仕組みを利用した免疫療法であるワクチンであるとされています。これまで、タウオパチーを呈する認知症の鍵分子であるタウ蛋白を標的としたワクチン開発は、タウタンパクを注射する方法やタウタンパクに対する抗体を作製する方法が研究されていますが、どちらも、何度も注射することが必要で、抗体は高価であることも知られています。そこで、世界的に類をみませんが、注射をする必要がなく、一度の投与で、ある程度の持続が見込まれる点鼻ワクチンを、遺伝子治療の方法を利用して開発することにしました。

2.研究手法・成果

本研究では、認知症を来すことが知られている変異型タウ蛋白を細胞外に分泌するように設計した遺伝子治療用のセンダイウイルスベクターを作製し、タウオパチーモデルマウスにおける点鼻ワクチンの効果を検討しました(下図)。この点鼻ワクチンにより、タウオパチーモデルマウスの脳において、抗タウ抗体価の上昇、タウ蛋白蓄積の減少、グリア炎症の改善が示されました。また、脳MRIで観察される脳萎縮の改善と、PET(Positron Emission Tomography:陽電子放出断層画像法)を用いた分子イメージングによる脳炎症反応の改善(下図)、さらに行動試験における認知機能障害の改善も示されました。これらの結果から、タウに対する点鼻ワクチンは、タウオパチーモデルマウスの病態抑制に有効であることが示されました。(下図)

本研究は少子高齢化社会における高齢者の認知症の予防に貢献し、医学的のみならず、社会的・社会経済的にも高度の意義を有するものです。

タウに対する点鼻ワクチン抑制の様子

図. タウに対する点鼻ワクチン

3.波及効果、今後の予定

臨床で認可されているタウオパチー型認知症治療薬は、現在のところ神経伝達を制御する対症療法薬のみです。タウに対する点鼻ワクチンの効果を実証した本研究のように、ワクチン療法の認知障害に対する効果が確認できれば、タウオパチーを含め認知症の根本的治療がもたらされることが期待されます。

本研究では、ワクチンの予防・治療効果を極めて客観的かつ包括的に評価する方法として、活性化グリアイメージング、タウ病変イメージングなどの分子イメージング技術を利用しています。これらの技術開発と評価を通じて、ワクチン療法の前臨床評価を完遂すると同時に、タウ病変治療効果のモニタリング手段としてのイメージング技術の確立と、臨床検査への応用が期待できます。

今後は、点鼻による粘膜免疫の作用機序について、さらに研究が必要です。また、ヒトで用いることができる安全性が確保されたGMP(Good Manufacturing Practice:適正製造規範)基準のワクチンの作製と、病態に対するワクチンの治療・予防効果を客観的に検討できる分子イメージングシステムのさらなる開発が必要です。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、文部科学省 研究振興局の「分子イメージング研究プログラム」【個別研究開発課題】の支援を受けて行われました。

<用語解説>

注1) 認知症

脳の疾患によって起こる記憶、思考、理解、言語、計算、判断など多くの脳機能の障害を来す状態。

注2)タウオパチー

タウタンパク質が異常蓄積することより起きる神経変性疾患の総称。

タウタンパク質は、神経軸索内にある、微小管結合タンパク。微小管は細胞骨格を形成し、細胞内のタンパク質や細胞内小器官の輸送に関わる。タウタンパク質は、微小管の安定性に寄与し、タウタンパク質の異常蓄積が、アルツハイマー病などの神経変性疾患に関与すると考えられている。

注3)遺伝子治療

遺伝子を患者さん体内の細胞に入れ、その遺伝子が作り出すたんぱく質の作用により病気を治療すること。

注4)免疫療法

病原菌や毒素その他の異物等に対して、体が抵抗する力を強める治療方法。

注5)センダイウイルスベクター

ベクターとは遺伝子の「運び手」で、生体内外において核酸物質を細胞内へ導入し細胞の機能を改変する能力を持つ。ウイルス法は、一般的に遺伝子導入効率は高いものの、その細胞毒性や免疫原理に問題があったが、センダイベクターは、遺伝子が標的細胞の核内に侵入せず染色体に組み込まれないという特長を持ち、安全性や効率の面で優れている。

注6)分子イメージング

個体内での特定分子を可視化する方法。

<研究者のコメント>

超高齢社会とともに爆発的に増加することが予測されている認知症の制圧のためにはワクチンの開発が必須であると考えられます。感染症の研究・開発に学びますと、最終的には、治療薬とともにワクチンが認知症制圧の方法になりえると考えられます。それぞれ、iPS細胞技術による創薬研究や遺伝子治療技術による免疫療法など、新たなアプローチにより研究していくことが必要と考えています。

<論文タイトルと著者>

タイトル:Nasal vaccine delivery attenuates brain pathology and cognitive impairment in tauopathy model  mice(経鼻ワクチンはタウオパチーモデルマウスの脳病理と認知機能障害を改善する)

著  者:Hiroki Takeuchi, Keiko Imamura, Bin Ji, Kayoko Tsukita, Takako Enami, Keizo Takao, Tsuyoshi Miyakawa, Masato Hasegawa, Naruhiko Sahara, Nobuhisa Iwata, Makoto Inoue, Hideo Hara, Takeshi Tabira, Maiko Ono, John Q. Trojanowski, Virginia M.-Y. Lee, Ryosuke Takahashi, Tetsuya Suhara, Makoto Higuchi, and Haruhisa Inoue

掲 載 誌:NPJ Vaccines DOI:10.1038/s41541-020-0172-y

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