難治性疾患「ATR-X症候群」の治療に新たな光~重度知的障がいに対する新しい治療薬候補の発見~

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2018-05-22 京都大学,東北大学,岐阜薬科大学,日本医療研究開発機構

概要

東北大学大学院薬学研究科の福永浩司(ふくなが こうじ)教授、岐阜薬科大学の塩田 倫史(しおだ のりふみ)准教授、京都大学大学院医学研究科の和田 敬仁(わだ たかひと)准教授らの研究グループは、重度知的障がいをきたす指定難病のひとつである「ATR-X症候群」の治療薬候補を世界で初めて発見しました。

ATR-X症候群は男性で発症し、知的障がい・運動発達の遅れを特徴とした難病です。発症頻度は出生男児5~7万人に1例、日本国内では年間10名前後の患者が発症していると推定されています。ATR-X症候群では、ATRXタンパク質が上手く機能しないため、色々な遺伝子が正常に働かなくなり、様々な症状を呈すると考えられています。

本研究グループは、ATR-X症候群でみられる知的障がいに有効な治療薬の探索を行いました。その結果、既に市場で安全性に関する情報が整備されている既存薬である「5-アミノレブリン酸」が今まで知られていない薬理作用によりATR-X症候群モデルマウスの知的障がいに有効であることを発見しました。

私たちの遺伝情報(ヒトゲノム)を司るDNAには、繰り返し配列により「グアニン四重鎖」と呼ばれる特殊な DNA構造をとる場所が多数存在します。この構造は遺伝子の働きに重要と考えられています。ATRXタンパク質はこの「グアニン四重鎖」に結合し、遺伝子が正常に働くように調節します。5-アミノレブリン酸を服用すると、体内でグアニン四重鎖に作用する物質であるポルフィリンが産生され、 ATRXタンパク質の機能を補うことができることがわかりました。グアニン四重鎖はその他の難治性疾患の病態にも関与しており、今回の発見は新しい創薬標的発見の可能性に寄与することが期待できます。

本成果は2018年5月21日(日本時間22日)に英国学術誌Nature Medicine(電子版)に掲載されます。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「クロマチンリモデリング因子ATRXタンパクの異常により発症するX連鎖αサラセミア/精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発」(研究開発代表者:和田 敬仁)及び文部科学省科学技術研究補助金の支援を受けて行われました。

ATR-X症候群マウスにおける認知機能障害

背景

ATR-X症候群 (X連鎖αサラセミア知的障がい症候群) 注1はX染色体上の責任遺伝子である ATRXの変異により男性のみで発症するX連鎖知的障がい症候群の一つです。主症状として重度の知的障がいが挙げられますが、いまだ治療薬がなく詳しい発症機構も明らかにされていません。日本国内では約100症例が診断されており、世界では日本の症例を含め200症例以上が診断されています。ATR-X症候群ではATRX遺伝子の変異により、ATRXタンパク質が機能していないことが報告されています。また、ATRXタンパク質は核内クロマチンリモデリング因子注2であり、特殊なDNAの構造体であるグアニン四重鎖注3に結合することで遺伝子の発現を調節することが知られています。しかしながら、なぜ核内で機能する因子であるATRXタンパク質の機能低下が知的障がいの原因になるのか不明でした。本研究グループは、ATR-X症候群における知的障がいの病態をATR-X症候群モデルマウスを用いて解析しました。そして、ATR-X症候群の知的障がいに有効な薬剤の探索を試みました。

研究手法・成果
1)ATR-X症候群における知的障がいの分子機構を解明

本研究グループは、学習・記憶に重要な役割を担う脳の海馬領域でATR-X症候群モデルマウスを用いて網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、X染色体上の母由来インプリント遺伝子注4であるXlr3bが脳特異的に異常に発現が上昇していることを発見しました。本研究グループは、ATRX タンパク質がXlr3b遺伝子上流のグアニン四重鎖に結合し、Xlr3bのDNAメチル化注5を制御することで、Xlr3bの発現を調節していることを明らかにしました。また、Xlr3bの異常な発現上昇が神経細胞の樹状突起mRNA輸送注6を抑制することでATR-X症候群モデルマウスの神経機能を低下させることを発見しました。

2)ATR-X症候群における知的障がいに有効な薬剤を発見

ATRXタンパク質はグアニン四重鎖に結合し、遺伝子発現を調節することから、グアニン四重鎖が治療標的のひとつとして考えられます。これまで、グアニン四重鎖に結合する物質とてポルフィリン骨格を有する化合物がいくつか知られています。本研究グループは、生体内でポルフィリンを産生することができる安全性の高い薬剤「5-アミノレブリン酸」をATR-X症候群モデルマウスに投与し、認知機能に対する薬効評価を行いました。生後 、離乳してから2ヶ月間、長期的に口から飲ませたところ、ATR-X症候群モデルマウスでみられた認知機能障がいが改善しました。さらに、網羅的遺伝子発現解析の結果、ATR-X症候群モデルマウス脳において発現異常がみられた遺伝子の約70%を改善することができ、その中にXlr3bも含まれていました。

波及効果、今後の予定

本研究では、ATR-X症候群における知的障がいの分子機構にグアニン四重鎖が関与することを発見し、薬剤「5-アミノレブリン酸」が認知機能障がいの改善に有効であることを確認しました。難治性疾患「ATR-X症候群」の治療に新たな光を投げかける画期的な成果といえます。また、グアニン四重鎖は近年、C9ORF72遺伝子のもつGGGGCCリピート配列の異常伸長による家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)注7等、様々な難治性神経疾患の病態においても注目されています。今回の発見は、こうした難病の新しい創薬標的の可能性にも寄与することが期待できます。

研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)及び文部科学省科学技術研究補助金の支援を受けて行われました。

用語解説
注1. ATR-X症候群 (X連鎖αサラセミア知的障がい症候群):
男性のみに発症し、特徴的な顔立ち、知的障がい、運動発達の遅れ、αサラセミア、骨格異常、外性器異常、消化管異常を特徴とした難病。
注2. クロマチンリモデリング因子:
DNAとヒストンタンパク質からなるクロマチンの構造変化による遺伝子発現の制御機構に関与する因子。
注3. グアニン四重鎖:
DNA や RNA の高次構造の一種。グアニンに富む核酸配列で形成される。4つのグアニンが四量体を作った面(G-カルテット)が2~3面重なった構造体。
注4. インプリント遺伝子:
父親由来、または母親由来の対立遺伝子のみを発現する遺伝子。親個体の精子や卵子の形成過程において,DNAメチル化などエピジェネティックな標識がゲノムに刷り込まれ、この標識にしたがって次世代の個体で転写調節が行われることで対立遺伝子による遺伝子転写の違いが生じる。
注5. DNAメチル化:
DNAのシトシン・グアニン配列の部分でシトシンにメチル基がつくこと。遺伝子発現を制御している部分(プロモーター領域等)がメチル化されると、その遺伝子発現が抑制される。X染色体不活性化、ゲノムインプリンティングなど多くの生物現象に関わるエピジェネティクス制御の一つ。
注6. 神経細胞の樹状突起mRNA輸送:
神経細胞で産生されるmRNAの内、特定の種類のmRNAのみが樹状突起に輸送されることが知られている。神経細胞においてmRNAからのタンパク質への翻訳は細胞体のみならず樹状突起でも行われ、この局所タンパク質合成の破たんは精神発達障がいの原因となりうることが示唆されている。
注7. 筋萎縮性側索硬化症(ALS):
重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、筋肉の運動を支配する運動ニューロンが選択的に死滅することで発症する。近年、C9ORF72遺伝子のイントロン1内の6塩基くりかえし配列(GGGGCC)nの異常伸長が、白人の孤発性および家族性筋萎縮性側索硬化症の最も頻度の高い原因であると報告されている。
論文タイトルと著者
タイトル:Targeting G-quadruplex DNA as cognitive function therapy for ATR-X syndrome
著者:Norifumi Shioda, Yasushi Yabuki, Kouya Yamaguchi, Misaki Onozato, Yue Li, Kenji Kurosawa, Hideyuki Tanabe, Nobuhiko Okamoto, Takumi Era, Hiroshi Sugiyama, Takahito Wada, Kohji Fukunaga
掲載誌:Nature Medicine DOI:10.1038/s41591-018-0018-6
お問い合わせ先

福永 浩司
東北大学大学院薬学研究科・教授

塩田 倫史
岐阜薬科大学・准教授

和田 敬仁
京都大学大学院医学研究科・准教授

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課

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