血中の網羅的な遺伝子発現解析から 早期アルツハイマー病診断マーカー候補を発見

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メディカルゲノムセンターの研究チームは血中の網羅的な遺伝子発現解析から 早期アルツハイマー病診断マーカー候補を発見しました

2020-07-21 国立長寿医療研究センター

本研究のポイント

  • アルツハイマー病で特異的に発現が変動する重要な遺伝子の同定
  • 血中の好中球の割合が認知機能低下に伴い増加
  • 軽度認知障害からアルツハイマー病への進行予測モデルの開発
  • 早期診断・発症予測に効果的で、リスクマネジメント・早期治療法の選択に貢献

概要

国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典,愛知県大府市)メディカルゲノムセンターの尾崎浩一部長、重水大智ユニット長を中心とした研究チーム※は、アルツハイマー病(AD)者、軽度認知障害(MCI)者、認知機能正常(CN)者の網羅的な遺伝子発現解析から、アルツハイマー病特異的にEEF2とRPL7の発現が亢進すること、血中に占める好中球の割合が認知機能低下に伴い増加することを見出しました。これらをバイオマーカーとして用いた予測モデル(機械学習モデル)は、MCIからADへの進行予測の妥当性を示しました。この予測モデルの活用が、今後のリスクマネジメントや早期介入の選択に貢献することを期待しています。この研究成果は、英国の科学雑誌「Alzheimer’s Research and Therapy」に、2020年7月16日付でオンライン掲載されました。

※研究チーム
国立長寿医療研究センター

メディカルゲノムセンター
センター長 新飯田 俊平(にいだ しゅんぺい)

部長 尾崎 浩一(おざき こういち)

ユニット長 重水 大智(しげみず だいち)

研究員 森 大気(もり たいき)

研究員 秋山 真太郎(あきやま しんたろう)

研究員 檜垣 早百合(ひがき さゆり)

部長 渡辺 浩(わたなべ ひろし)

病院・もの忘れセンター
センター長 櫻井 孝(さくらい たかし)

研究の背景

高齢者人口の増加に伴い、AD者数も急速に増加しています。現時点でADの根治は難しく、本人・介護者負担および社会的コストも大きいため、早期かつ正確な診断、病態に適した予防など、リスクマネジメントが重要になります。現行の脳脊髄液中のタンパク質(アミロイドβ、総タウ、リン酸化タウ)測定検査はADの診断には有効ですが、被験者への侵襲性が大きく、早期診断への応用には適していません。一方、アミロイドβやタウ蓄積を検出するPET検査、脳の特定部位の萎縮を検出するMRI検査は高額であり、実施施設も限定されます。このような現状から被験者の肉体的・経済的負担が少ない簡便なスクリーニング技術が求められています。

研究成果の概要

AD者など610例の血中における網羅的な遺伝子発現解析(RNAシークエンス解析※1)を実施しました(内訳はAD=271例、MCI=248例、CN=91例)。本研究ではまず、血液中の細胞を12種類に分類し、それぞれの細胞の割合と認知機能の関連を調べました。その結果、好中球の割合の増加が認知機能低下と相関することを見出しました(図1a)。この傾向は、大規模な症例を用いた解析でも確認されました(総検体数=3099:AD=1605,MCI=994,CN=500、図1b)。

次に、AD者と認知機能正常者の網羅的な遺伝子発現差解析を実施し、統計学的に有意に高発現、または低発現する846個の遺伝子を同定しました(図2)。また、この遺伝子群のタンパク質間相互作用ネットワーク解析※2から、中心的な役割を果たす2個のハブ遺伝子※3(EEF2とRPL7)を同定しました。このハブ遺伝子と血中の好中球の割合を用いた機械学習によるAD発症予測モデルは、ADを感度94.5%、特異度71.0%という値で判別できました。

この予測モデルを、すでに縦断的に観察されていたMCI者(初診時)55例の初診時採取の血液中の遺伝子発現データに当てはめ、ADへの進行を予測できるか検証を行いました。その結果、ADに進行した17症例を感度70.6%、特異度73.7%という、一定の精度で前向きに予測することが可能であることがわかりました。今後この予測モデルは、認知症診療において臨床応用されることが期待されます。

図1. 血中に占める細胞の種類の割合と認知機能の関係

図1. 血中に占める細胞の種類の割合と認知機能の関係

図2. 遺伝子発現差解析から同定された遺伝子群

図2. 遺伝子発現差解析から同定された遺伝子群

図3. タンパク質間相互作用ネットワーク解析で得られたハブ遺伝子群

図3. タンパク質間相互作用ネットワーク解析で得られたハブ遺伝子群

研究成果の意義

血液検査によるAD発症リスク予測の可能性を示した本手法は、被験者の負担が少なく、定量的な検査を可能にします。これにより;

  1. MCIの段階で将来のAD進行予測が可能となる、
  2. 介入実施に際してマーカーとなる可能性がある、

などのメリットが考えられます。

今後は、多施設による検証とさらなる性能検証に取り組んでいく計画です。

論文情報

掲載誌
Alzheimer’s Research and Therapy

著者
Shigemizu D, Mori T, Akiyama S, Higaki S, Watanabe H, Sakurai T, Niida S, and Ozaki K.

論文タイトル
Identification of potential blood biomarkers for early diagnosis of Alzheimer’s disease through RNA-sequencing analysis

用語解説

※1 RNAシークエンス解析:
次世代シークエンサーを用いて、細胞内で発現する全転写物の塩基配列を決定し、定量化する方法。

※2 タンパク質間相互作用ネットワーク解析:
多くのタンパク質は他のタンパク質や生体高分子と相互作用することでその機能を果たす(構造タンパク質、代謝、シグナル伝達、転写など)。よって、タンパク質の機能を解明する上でタンパク質間相互作用は必要不可欠である。

※3 ハブ遺伝子:
遺伝子ネットワーク上で多数の遺伝子と相互作用する遺伝子。生物学的に重要であるとされる。

問い合わせ先

研究に関すること

国立長寿医療研究センター メディカルゲノムセンター

報道に関すること

国立長寿医療研究センター総務部総務課 広報担当 里村亮

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医療・健康細胞遺伝子工学
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