ステロイド治療に反応を示す一次性ネフローゼ症候群の病因遺伝子群を同定

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従来のステロイド治療に代わる新規治療開発に期待

2018/06/01 東北大学大学院医学系研究科 東北大学病院 日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 国の指定難病の一つである一次性ネフローゼ症候群(図1)注1のなかで、ステロイド治療に反応を示す17家系に対しゲノム解析を行い、6つの新しい病因遺伝子を同定した。
  • 同定された6つの遺伝子は、いずれも同一シグナル伝達経路の因子であり、これまで不明であったステロイド剤の作用機構の理解に重要な知見を与えた。
  • 同定されたシグナル伝達経路を治療標的とすることで、副作用が問題となっているステロイド治療に代わる新規治療開発への貢献が期待される。
概要

東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野の工藤 宏紀(くどう ひろき)医師、菊池 敦生(きくち あつお)助教、呉 繁夫(くれ しげお)教授らの研究グループは、ボストン小児病院のFriedhelm Hildebrandt教授らの研究グループと共同で、ステロイド治療に部分的に反応を示す一次性ネフローゼ症候群17家系から、新規原因遺伝子群(6遺伝子)を同定しました。ステロイド治療に反応性を示すネフローゼ症候群(ステロイド感受性ネフローゼ症候群注2)の病因遺伝子同定はこれまで非常に困難でしたが、今回、東北大学病院で診療中の兄弟症例のゲノム解析と海外の血族結婚家系の解析を組み合わせる事で、病因遺伝子群の同定が可能になりました。

同定した6つの新規病因遺伝子は、いずれもステロイドが関与する同一のシグナル伝達経路(図2)の因子で、なぜステロイドがネフローゼ症候群に効くのかを理解する上で重要な知見を与えるものです。さらに、このシグナル伝達経路は一部のステロイド抵抗性ネフローゼ症候群注3の原因遺伝子を含み、病態の一部を共有していることが明らかになりました。今回の研究成果は、ネフローゼ症候群の病態解明やステロイドよりも疾患特異的な治療法の開発に貢献すると期待されます。

本研究成果は英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に2018年5月17日(現地時間)に掲載されました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)による難治性疾患実用化研究事業 未診断疾患イニシアチブ(IRUD)「未診断疾患に対する診断プログラムの開発に関する研究」、および「小児・周産期領域における難治性疾患の統合オミックス解析拠点形成」の支援を受けて行われました。

研究内容

一次性ネフローゼ症候群とは尿中に多量のタンパク質が漏れ出る結果、全身の浮腫(むくみ)が起こる疾患で、小児の慢性腎疾患で最も高頻度です。本邦では小児10万人あたり年間5人が発症すると推定されています。ネフローゼ症候群に対する標準的な治療としてステロイド剤が用いられますが、ステロイド剤の効果が高いステロイド感受性ネフローゼ症候群と効果が弱いステロイド抵抗性ネフローゼ症候群に分類されます。ステロイド感受性ネフローゼ症候群では経過中に再発を繰り返す場合があり、そのような症例ではステロイド治療の長期化による成長障害や肥満、眼合併症といった種々の副作用が問題となっています。

これまで一次性ネフローゼ症候群の発症には免疫異常や感染症、遺伝的背景など様々な要因が関与していると考えられてきました。このうちステロイド抵抗性ネフローゼ症候群では、多くの病因遺伝子が同定されています。一方、小児ネフローゼ症候群の80%以上を占めるステロイド感受性ネフローゼ症候群においては、病因遺伝子の同定が困難で遺伝的要因はほとんど不明のままでした。

本研究では、ステロイド感受性ネフローゼ症候群を同一家族内で発症している非常に稀な家系に注目し、患者の全エクソーム解析を行いました。この家系から、ITSN2という新規病因遺伝子が同定されました。この結果と海外の血族婚のあるネフローゼ症候群家系のゲノム解析結果を合わせることで、6遺伝子からなる新規病因遺伝子群が同定されました。この新規病因遺伝子群に変異をもつ17家系は、部分的にもステロイド治療に感受性を示すネフローゼ症候群でした。興味深いことに、新規に同定された病因遺伝子は、いずれも同一のシグナル伝達経路(Rhoファミリー低分子量G蛋白質注4の活性調節経路)に関与しており、相互作用をもつことが明らかになりました(図2)。このシグナル伝達経路にはステロイド抵抗性ネフローゼ症候群の一部の病因遺伝子も含まれており、ステロイド感受性・抵抗性ネフローゼ症候群の両者において共通したメカニズムがあることを示すものです。さらに本研究では、ステロイドもこのシグナル伝達経路に作用することが示唆されました。ステロイドがなぜネフローゼ症候群に効果があるのかは古くからの謎でしたが、本研究の成果はステロイドの作用機構の理解に重要な知見を与えると考えられます。

本研究の成果により、ステロイド剤の作用機序の理解が進み、今後副作用の少ない新規治療の開発が促進されることが期待されます。

用語説明
注1.ネフローゼ症候群:
尿中にタンパク質が漏れ出てしまうために血液中のタンパク質が減り、体に浮腫が生じてしまう疾患。明らかな原因がわからないものを、一次ネフローゼ症候群と呼ぶ。国の指定難病の一つ。長期化すると腎機能が低下し透析が必要となる場合がある。
注2.ステロイド感受性ネフローゼ症候群:
ネフローゼ症候群のうち、ステロイド連日投与開始後4週間以内に完全寛解する(症状が治まる)もの。
注3.ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群:
ネフローゼ症候群のうち、ステロイドを4週間以上連日投与しても完全寛解しないもの。
注4.Rhoファミリー低分子量G蛋白質:
細胞形態の制御において中心的な役割を果たす分子群。このうちRhoA、Rac1、Cdc42が糸球体上皮細胞において重要であることが知られている。

図1.ネフローゼ症候群のステロイド剤の効果による分類
図1.ネフローゼ症候群のステロイド剤の効果による分類

図2.本研究で同定されたネフローゼ症候群の病因遺伝子群とその役割
図2.本研究で同定されたネフローゼ症候群の病因遺伝子群とその役割

これらのタンパクは相互に作用してRhoファミリー低分子量G蛋白質(RhoA, Rac, Cdc42)の活性調節系を担っている。赤地に黄色丸数字:本研究で同定された遺伝子変異。(Nature Communications(2018)論文 Figure 2より引用)

論文題目
English Title:
Mutations in six nephrosis genes delineate a pathogenic pathway amenable to treatment
Authors:
Shazia Ashraf*, Hiroki Kudo*, Jia Rao, Atsuo Kikuchi, Eugen Widmeier, Jennifer A. Lawson, Weizhen Tan, Tobias Hermle, Jillian K. Warejko, Shirlee Shril, Merlin Airik, Tilman Jobst-Schwan, Svjetlana Lovric, Daniela A. Braun, Heon Yung Gee, David Schapiro, Amar Majmundar, Carolin E. Sadowski, Werner L. Pabst, Ankana Daga, Amelie T. van der Ven, Johanna M. Schmidt, Boon Chuan Low, Anjali B. Gupta, Brajendra K. Tripathi, Jenny Wong, Kirk Campbell, Kay Metcalfe, Denny Schanze, Tetsuya Niihori, Hiroshi Kaito, Kandai Nozu, Hiroyasu Tsukaguchi, Ryojiro Tanaka, Kiyoshi Hamahira, Yasuko Kobayashi, Takumi Takizawa, Ryo Funayama, Keiko Nakayama, Yoko Aoki, Naonori Kumagai, Kazumoto Iijima, Henry Fehrenbach, Jameela A. Kari, Sherif El Desoky, Sawsan Jalalah, Radovan Bogdanovic, Nataša Stajić, Hildegard Zappel, Assel Rakhmetova, Sharon-Rose Wassmer, Therese Jungraithmayr, Juergen Strehlau, Aravind Selvin Kumar, Arvind Bagga, Neveen A. Soliman, Shrikant M. Mane, Lewis Kaufman, Douglas R. Lowy, Mohamad A. Jairajpuri, Richard P. Lifton, York Pei, Martin Zenker, Shigeo Kureand Friedhelm Hildebrandt
*: co-first authors
:co-corresponding authors
日本語タイトル:
「6つのネフローゼ原因遺伝子の変異が治療に適した病態パスウェイを描き出す」
著者:
Shazia Ashraf, 工藤 宏紀, Jia Rao, 菊池 敦生, 呉 繁夫, Friedhelm Hildebrandt
掲載誌:
Nature communications 2018;9:1960
お問い合わせ先
研究に関すること

東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野
教授 呉 繁夫(くれ しげお)

取材に関すること

東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構 戦略推進部 難病研究課

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