無限成長する葉の不思議な性質を発見

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2020-08-12 東京大学

木下 綾華(生物科学専攻 博士課程3年生)
古賀 皓之(生物科学専攻 助教)
塚谷 裕一(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 1枚の子葉を無限に成長させ、その葉だけで一生を過ごすモノフィレア属の植物(モノフィレア(注1))において、遺伝子がはたらく場所を特定する実験手法を確立した。
  • 細胞分裂を支える鍵遺伝子が、モノフィレアでは通常の植物とは異なる場所ではたらくことを発見した。
  • 今後植物の基本的な成長様式を支えるメカニズムの解明に貢献をもたらすと期待される。

発表概要

種子植物では、茎の頂端部の茎頂分裂組織と呼ばれる組織の細胞が無限に分裂し続けることで、新しい葉や茎などの新しい器官を作り続けます。一方で作り出された葉での細胞分裂はある決まった期間で止まるため、葉は決まった大きさにまでしか大きくなりません。 一葉植物と呼ばれる、イワタバコ科のモノフィレア属の植物(モノフィレア)は、普通の種子植物とは正反対の特徴を持ちます。発芽して子葉が種子から現れた後、花をつけるまでは新しい器官を作らないのです。その代わりに片方の子葉の細胞が無限に分裂することで、子葉が無限成長して大きくなり続けます。(図1)

図1:モノフィレアの一種であるMonophyllaea glabraの成熟した個体
手前の大きな葉が無限に成長し続ける子葉で、その最も基部から花序が立ち上がっている。

この不思議な成長様式がどのように達成されているのか、長年研究者の興味を引いてきました。しかし適用できる実験手法が少ないため、遺伝子レベルでの研究はほとんどなされてきていませんでした。

そこで本研究グループは、遺伝子のはたらく場所を詳細に特定することのできる手法をモノフィレアで適用できるように確立しました。それを用いて細胞分裂制御の鍵となる遺伝子について調べ、通常の植物とは異なる場所でそれらの遺伝子がはたらくことを発見しました。この発見は、モノフィレアの子葉の無限成長性や新しく器官を作らないという特徴を支えるメカニズムの解明の一端となるのみならず、今後、種子植物一般の葉がなぜ成長を止めるのか、シュートを作り続けることができるのか、という謎に迫る一助となると期待されます。

発表内容

動物はごく限られた胚の時期の間に体のすべての器官を作り終えるのに対して、花の咲く種子植物は種子から芽が出た後も、新しい器官を作り続けます。葉・茎・腋芽という器官のセットでできた「シュート」を生きている限り作り続けるのです。これは、シュートの先端に存在する茎頂分裂組織が無限に細胞分裂をして、新たな細胞を生み出し続けることができるからです。一方、茎頂分裂組織から作られる器官の一つ、葉には、葉分裂組織という組織がありますが、短い期間しか細胞分裂できないので、決まった大きさにまでしか成長しません。

東南アジアに自生するイワタバコ科モノフィレア属の植物(モノフィレア)は、これらとは正反対の特徴を持っています。種子から子葉が現れた後、新しい本葉や茎、腋芽を作らないのです。その代わりに、2枚の子葉のうち片方で細胞分裂が無限に続き、子葉が無限に成長します。そのため、花を咲かせるまでは1枚の葉のみを持つような見た目となることから、一葉植物と呼ばれています。

このような不思議な成長の仕方は古くから関心を集め、成長の様子の観察や、組織の観察、生理的な実験がなされ、なぜこのような成長ができるのか考察されてきました。しかしシロイヌナズナのような実験モデル植物と違い、用いることのできる実験手法が少ないため、詳しいことが不明でした。特に、どのような遺伝子がどこではたらくのか、普通の植物とどのように違うのか、ということはほとんど分かっていませんでした。

そこで本研究グループは、遺伝子がどの細胞ではたらくかを明らかにする手法、ホールマウントin situ ハイブリダイゼーション法(注2)と呼ばれる方法の条件を検討し、モノフィレアに適用できる条件を確立しました。この方法は植物でよく使われる切片in situ ハイブリダイゼーションと比較して手間が少なく、立体的な情報を保ったまま観察できるという利点があります。しかしこの方法は動物で広く使われていますが、細胞壁のある植物では今まで適用例が少なかったため、今後他の植物への適用の際に大いに参考になると考えられます。

さらに私たちはこの方法を用いて、細胞分裂に重要な2つの遺伝子の発現を調べました。1つ目はモデル植物のシロイヌナズナでは葉分裂組織ではたらき、茎頂分裂組織ではたらかない遺伝子であるANGUSTIFOLIA3 (AN3)で、この遺伝子は葉の細胞分裂を促進させる鍵因子です。2つ目は逆に茎頂分裂組織ではたらいて葉分裂組織ではたらかない遺伝子SHOOT MERISTEMLESS (STM)で、茎頂分裂組織の細胞分裂を促進させる鍵因子です。

面白いことにモノフィレアではシロイヌナズナと異なり、AN3STMも、モノフィレアの成長し続ける子葉の基部にある、茎頂分裂組織に相当すると考えられている組織ではたらくことが分かりました。(図2)

図2:ホールマウントin situハイブリダイゼーションでAN3遺伝子のはたらく領域を青く 染めた図
無限に成長し続ける子葉で、青く染まった部分がAN3のはたらく領域。黄色い線の内側がモノフィレアの茎頂分裂組織にあたる組織。モデル植物のシロイヌナズナではAN3は茎頂分裂組織ではたらかず、葉の分裂組織でのみはたらく。

これは、モノフィレアの成長し続ける子葉が普通の植物のシュートと、葉の両方の性質を併せ持っている可能性を示唆する結果であり、この性質がモノフィレアの無限成長と器官を新しくつくらない不思議な成長を支える基礎になっている可能性が考えられます。

モノフィレアは種子植物全体の変異体とも言える不思議な植物です。このモノフィレアで葉が無限成長するメカニズムや新しい器官をつくらないメカニズムの全貌が解明できれば、今後、種子植物の普遍的な成長方法についての理解を大きく進めることができると期待されます。今回の研究では、研究手法の確立と、それを用いて遺伝子のはたらく場所の不思議なパターンを発見したことにより、その理解へ向けて一歩前進しました。

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Plant Science論文タイトル
Expression profiles of ANGUSTIFOLIA3 and SHOOT MERISTEMLESS,key genes for meristematic activity in a one-leaf plant Monophyllaea glabra, revealed by whole-mount in situ hybridization著者
Ayaka Kinoshita*, Hiroyuki Koga, Hirokazu Tsukaya*DOI番号
10.3389/fpls.2020.01160アブストラクトURL
Frontiers | Expression Profiles of ANGUSTIFOLIA3 and SHOOT MERISTEMLESS, Key Genes for Meristematic Activity in a One-Leaf Plant Monophyllaea glabra, Revealed by Whole-Mount In Situ Hybridization
Members of the genus Monophyllaea are unique in that they produce no new organ during the vegetative phase in the shoot;...

用語解説

注1 モノフィレア

モノフィレアは、セントポーリアなどと同じイワタバコ科の属の名前で、東南アジアの石灰岩地帯に自生する植物。この属に含まれる30種ほどのすべてが、学名のとおり(モノは1、フィルスは葉)一生のあいだ葉を1枚しか持たない。

注2 ホールマウントin situ ハイブリダイゼーション法

特定の遺伝子がはたらいている場所を目で見えるようにする方法として、その遺伝子のmRNAの蓄積している場所を呈色反応で検出するin situ ハイブリダイゼーション法というものがある。通常はさまざまな試薬の浸透度の問題から、組織を切片にしてから検出するが、今回は植物の芽生えを丸ごと検出にかけるホールマウント(丸ごと対象にするという意味)のin situハイブリダイゼーション法にチャレンジし、条件検討の上、成功した。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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細胞遺伝子工学生物化学工学
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