心的外傷後ストレス障害の治療におけるメマンチンの有効性~オープンラベル臨床試験による実証~

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2021-01-22 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の堀弘明室長らの研究グループは、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻の喜田聡教授、あいクリニック神田の西松能子理事長、鬼頭諭院長、齊藤卓弥医師、若松町こころとひふのクリニックの加茂登志子PCIT研修センター長、金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学研究室の松井三枝教授と共同で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)1)治療におけるメマンチン2)の有効性を明らかにしました。
PTSDは、トラウマ体験をきっかけとして発症し、トラウマ記憶のフラッシュバックや悪夢のために日常生活や社会生活上に大きな支障を来す精神疾患です。日本では1.3%の人々が一生に一度はPTSDを発症し、数年間以上、症状が慢性化する方もおられます。PTSDの治療薬は選択肢が非常に少なく、新しい薬物療法の開発は喫緊の課題となっています。今回の研究は、アルツハイマー型認知症の治療薬として広く使用されているメマンチンがPTSDの症状を改善させることを示した点で、新規PTSD治療法開発につながりうる重要な成果であると考えられます。
この研究成果は、日本時間2021年1月15日に国際精神医学誌「European Journal of Psychotraumatology」にオンライン版に掲載されました。

研究の背景

現在PTSDの主要な治療法として、心理療法と薬物療法が行われています。心理療法については、トラウマ焦点型認知行動療法の有効性が示されており、主要な国際ガイドラインにおいて第一選択とされ、持続エクスポージャー療法が保険適用となっています。効果量が概ね1.5以上と報告されており、有効性は高いのですが、治療者・患者双方の負担が大きく、専門家の育成も困難なため、普及に困難があります。薬物療法では選択的セロトニン再取り込み阻害薬のパロキセチンとセルトラリンがPTSD治療薬として承認されていますが、反応率は30-50%程度とされ、改善しない患者も多いことが問題となっています。このような現状から、PTSDに対する新規治療法の開発は非常に重要な課題となっています。
本研究に先立ち、共同研究者である東京大学・喜田らのグループは、マウスの海馬において神経細胞の新生を促進すると記憶が忘却されることに着目し、記憶忘却効果によるPTSDの改善方法の開発に取り組んできました。一連の研究において、マウスにおいてメマンチンを投与すると海馬神経新生が亢進し、恐怖記憶の忘却が促進され、PTSD治療に有効である可能性を見出しています(参考文献1,2)。

研究の内容

この基礎研究の結果を受け、本研究では、性被害、DV、虐待、災害等によるPTSD患者を対象として、メマンチンの有効性と安全性を調べる目的で、12週間のオープンラベル臨床試験を実施しました。精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM-IV)に基づきPTSDと診断された13名の成人女性患者さんがエントリーしました。国立精神・神経医療研究センター病院または共同研究機関(あいクリニック神田)の外来で、12週間にわたりメマンチンを投与されました。メマンチンは、各患者さんがすでに服用している薬剤に追加し、最初の投与量は5 mg/日とし、その後は状態に応じて適宜増量あるいは減量しました。併用薬は、試験期間中、基本的に変更せず、トラウマについて話し合うカウンセリングは行いませんでした。主要アウトカム指標は、PTSD診断尺度(PDS)3)で評価されたPTSD診断および重症度としました。
エントリーした13例のうち、必要なフォローアップデータの得られた10例について分析を行いました。PDS合計得点の平均値は、ベースラインの32.3±9.7からエンドポイントの12.2±7.9へと減少し、対応のあるt検定によって有意差(=統計的に意味を持った差)が認められ、効果量も大きなものでした(p = 0.002、d = 1.35)。侵入症状、回避症状、過覚醒症状得点のいずれも、ベースラインからエンドポイントにかけて有意な減少が認められました。10例中6例において、エンドポイントでPTSDの診断基準を満たさない水準にまで改善していました(図1)。有害事象については、睡眠の問題、眠気、鎮静、体重変化、低血圧などが観察されたものの、重篤なものは認められませんでした。

図1) PTSD診断尺度(PDS)で評価された主要アウトカムの結果

(a)各参加者のPDS合計得点の推移。対応のあるt検定により、ベースラインからエンドポイントへかけて有意な減少が認められた(t = 4.3、df = 9、p = 0.002)。
(b)ベースラインおよびエンドポイントでの平均PDS合計得点および下位尺度得点。比較は対応のあるt検定によって行った。 ** p <0.01。
(c)ベースラインおよびエンドポイントでのPTSD診断の有無。

研究の意義・今後の展望

本研究の結果から、メマンチンの服薬によってPTSD症状が有意に改善し、その効果量(治療前後)も1.35と、持続エクスポージャー療法に匹敵するほどに大きく、忍容性も概ね良好であることが示されました。メマンチンはすでにアルツハイマー型認知症の治療薬として承認され広く使用されていることからも、PTSD治療への応用が比較的容易であり、一般の精神科クリニックで治療を受けやすいというメリットがあります。今後は、本オープンラベル臨床試験で得られた結果をもとに、PTSD治療におけるメマンチンの有効性と安全性を検証するためのランダム化比較試験を予定しています。将来はPTSDが身近なクリニックで効果的に治療され、また災害時には、多くの被災者のトラウマ症状が効果的に軽減されることが期待されます。

用語解説・参考文献

1)PTSD: 心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)は、生命の危険を感じるような出来事を体験・目撃する、重症を負う、犯罪被害に遭う、などの強い恐怖を伴う体験がこころの傷(=トラウマ)となり、時間がたっても強いストレスや恐怖を感じる精神疾患。
2)メマンチン: グルタミン酸受容体サブタイプの一つであるN-メチル-d-アスパラギン酸(NMDA)受容体の拮抗薬。NMDA受容体は、恐怖記憶のメカニズムに関与することが明らかにされている。メマンチンは、アルツハイマー型認知症の治療薬として承認され、症状の進行を抑制する薬として広く使用されている。
3)PTSD診断尺度(PTSD Diagnostic Scale, PDS): PTSDの重症度評価と診断のための自己記入式質問紙。トラウマ的出来事、再体験・回避・過覚醒症状、生活機能の障害について評価することができる。
参考文献1(原著)
Improvement of PTSD-like behavior by the forgetting effect of hippocampal neurogenesis enhancer memantine in a social defeat stress paradigm.
Ishikawa R, Uchida C, Kitaoka S, Furuyashiki T, Kida S:
Molecular Brain 2019; 12: 68. doi: 10.1186/s13041-019-0488-6.
参考文献2(原著)
Hippocampal neurogenesis enhancers promote forgetting of remote fear memory after hippocampal reactivation by retrieval.
Ishikawa R, Fukushima H, Frankland PW, Kida S:
Elife 2016; 5: e17464. doi: 10.7554/eLife.17464.

原論文情報

・論文名:The efficacy of memantine in the treatment of civilian posttraumatic stress disorder: an open-label trial.
・著者: Hori H, Itoh M, Matsui M, Kamo T, Saito T, Nishimatsu Y, Kito S, Kida S, Kim Y.
・掲載誌:European Journal of Psychotraumatology.
・DOI: 10.1080/20008198.2020.1859821
・URL: https://doi.org/10.1080/20008198.2020.1859821

助成金

本研究成果は、以下の補助金・助成金によって得られました。
・文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)(19H01047)
・公益財団法人臨床薬理研究振興財団 研究奨励金

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
金 吉晴 (きん よしはる)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 所長

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係

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