免疫の暴走を、開始時に防ぐ仕組みを解明~抗原提示における内在性ウイルス抑制の重要性~

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2021-02-24 慶應義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の竹馬俊介専任講師、吉村昭彦教授、東京大学理学系研究科生物科学専攻RNA生物学研究室の山中総一郎准教授、東海大学医学部分子生命科学の中川草講師、上田真保子博士研究員(現在、東京医科歯科大学難治疾患研究所・ゲノム機能多様性分野助教)らの共同研究グループは、核内分子であるTRIM28が、樹状細胞(注1)で有害な遺伝子発現を抑制し、過剰な免疫反応を抑制することを明らかにしました。

免疫反応は、ウイルスなどの「異物」をとらえた樹状細胞が、ごく少数の抗原特異的Tリンパ球(T細胞)に「異物由来抗原」を提示することによって開始されます。抗原提示と呼ばれるこの過程に異常が生じると、リンパ球の活性化が不十分であったり、強すぎる活性化が起こったりして、それぞれ免疫不全や自己免疫疾患を起こす可能性があります。そのため、樹状細胞の機能は厳しく調節される必要があります。

樹状細胞特異的にTRIM28を欠損させたマウスでは、過剰なT細胞の活性化と炎症性細胞への分化が起こり、自己免疫疾患モデルにおいて重篤な病勢を示すことを見出しました。TRIM28が欠損した樹状細胞のゲノムを網羅解析したところ、ゲノム上に散在する内在性レトロウイルス(ERV:注2)の一部が本来の抑制を受けずにRNAとして転写されること、これらのERVは、「異物抗原」として発現したり、近傍の免疫関連遺伝子を発現誘導したりすることにより、体内の免疫系を炎症状態へ導くことがわかりました。

また、自然老化マウスの免疫系細胞においても、TRIM28の機能低下とERV発現が見られ、当研究より、多くの老化個体に起こる、炎症形質の一端が明らかになりました。

本研究成果は、2021年2月22日(米国東部時間)、米国免疫学会誌『The Journal of Immunology』に掲載されました。

研究の背景

私たちの体に備わる免疫系は、Tリンパ球(T細胞)によって指揮され、COVID-19を始めとするウイルス感染症、細菌感染、がんに対する抵抗力として必須のシステムです。T細胞は、抗原を取り込んだ一部の樹状細胞から抗原提示を受け、自ら増殖するとともに、免疫反応の指揮官(ヘルパーT細胞)や兵隊(キラーT細胞)へと分化して、免疫反応を起こし、病原体を排除した後も記憶(メモリー)細胞として体内に残り、生涯にわたって生体を守ります。

免疫反応の開始点である「抗原提示」は、その後の免疫反応の規模や質を左右するため、強すぎる活性化は炎症や自己免疫疾患の原因となります。そのため、抗原提示を行う樹状細胞の機能は厳しく調節される必要があります。

TRIM28は、細胞核において転写因子との相互作用を通じて、外的因子の刺激によって起こるクロマチン調節を担う分子です。免疫細胞において、TRIM28を欠損したT細胞が自己組織を攻撃する、自己免疫疾患との関連が報告されていましたが、樹状細胞の抗原提示能に関する機能との関連は不明でした。

研究内容

研究グループは、老化マウスの樹状細胞に起こる変化を解析する過程で、TRIM28分子の特定のアミノ酸に起こるリン酸化修飾が、老化によって弱まっていることに気づきました。これが、老化における免疫系の不具合を説明しうるのではないかと考え、TRIM28を樹状細胞のみで欠損させた遺伝子改変マウス(DCKOマウス)を作成しました。

DCKOマウスでは、樹状細胞の数が増加し、DCKOマウスより単離した樹状細胞は、試験管内で、抗原特異的なT細胞をより強く増殖させ、炎症性細胞である1型や17型ヘルパーT細胞(それぞれ、Th1およびTh17)をより多く産生させることを見出しました。

行き過ぎた免疫活性化は自己免疫反応を起こすことが知られています。実験的に自己抗原を免疫して誘導する「自己免疫性脳脊髄炎」のモデルにおいて、DCKOマウスは、TRIM28を正常に発現する兄弟のマウス(littermate control)より、はるかに強いT細胞性の自己免疫症状を攻撃するT細胞の浸潤を示すことがわかりました(図1)。


図1 樹状細胞が発現するTRIM28は、T細胞の過剰な活性化を抑える右図は、マウスに自己抗原を免疫した際に惹起される、免疫後日数をX軸に表し、マウスに表れるまひ症状の重さを、平均してY軸に表したものである。TRIM28を、樹状細胞で欠損したマウスでは、TRIM28を正常に発現する兄弟に比べてより強いまひ症状があらわれていることを示している。


TRIM28は、ゲノム上でヒストン末端を、H3K9トリメチル化し、周囲の遺伝子発現を抑制する機能があることが知られています。RNAシークエンス法、クロマチン免疫沈降法、およびゲノム上のすべてのERVの配列情報を複合させたバイオインフォマティクス解析から、TRIM28欠損樹状細胞では、①ある特定のERV配列付近でH3K9トリメチル化修飾が低下すること、②このような領域で特定のERV配列の転写が起こること、③転写が起こったERVの近傍にあるマウスの免疫関連遺伝子が転写発現すること、の3つの相関が見られました。

以上のデータより、ゲノム上のレトロウイルスが抗原提示能を狂わせ、T細胞性の炎症を起こす可能性があるため、TRIM28が常に抑制を行っている、ということが明らかになりました(図2)。


図2 TRIM28は、ERV配列の抑制によって免疫の過剰活性化を抑える正常な樹状細胞ではTRIM28の作用によってヒストン末端の、H3K9トリメチル化が起こり、クロマチン凝集による遺伝子サイレンシングが行われる。この機構がはたらかないと、ゲノム上のERVが発現し、近傍にある免疫関連遺伝子の転写が起こされる。

今後の展開

今回の研究より、老化マウスでTRIM28の機能が実際に低下し、ERV発現が起こってマウスに免疫反応を起こしていることも明らかになりました(図3)。今後はヒトの研究にも発展させ、個体老化におけるERVの機能を明らかにしていきます。また、低分子化合物などによって人為的にTRIM28の機能を阻害するとERV機能が向上することを利用して、がんなどに対するT細胞免疫を一時的に増強できると考え、今後の研究へと生かしていく予定です。


図3 老化マウスではTRIM28の発現低下と、ERVに対する免疫が活性化している

特記事項

本研究はJSPS科研費JP19H04816・JP19H05431・JP19K07488・JP17H05801・JP17H06175、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人ヤクルト・バイオサイエンス研究財団、福澤基金(慶應義塾)、学事振興資金(慶應義塾)、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域の支援によって行われました。

論文
英文タイトル
TRIM28 expression on dendritic cells prevents excessive T cell priming by silencing endogenous retrovirus
タイトル和訳
樹状細胞に発現するTRIM28は、内在性レトロウイルスをサイレンシングしてT細胞の過剰な活性化を抑制する
著者名
竹馬俊介、山中総一郎、中川草、上田真保子、早渕帆高、時藤夕紀子、金山剛士、岡村匡史、荒瀬尚、吉村昭彦
掲載誌
The Journal of Immunology
DOI
10.4049/jimmunol.2001003
用語解説
(注1)樹状細胞
免疫反応の初期に、外来抗原を補足し、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)分子に乗せてT細胞への抗原提示を行う細胞。ノーベル賞受賞者の、Ralph Steinman博士によって発見された。
(注2)内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus:ERV)
進化の過程で感染したレトロウイルスが、ゲノム上にDNAとして残存した配列。ERVを含むLTRレトロトランスポゾンは、ヒト、マウスにおいてゲノム配列の10%ほどを占め、遺伝子サイレンシングを受けている。

本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部 微生物学免疫学教室
講師 竹馬俊介(ちくましゅんすけ)

本リリースの配信元
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚

AMED事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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