スーパー作物キヌアの遺伝子機能解明への道を切り拓く

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優れた環境適応性や栄養特性の謎を解き、作物開発を加速化

2021-03-18 国際農研,京都大学,岩手大学,株式会社アクトリー,科学技術振興機構,国際協力機構

ポイント

  • キヌアにおける遺伝子機能の解析技術を世界で初めて開発
  • 開発した遺伝子制御技術により、キヌアの色や形をコントロールすることに成功
  • 過酷な環境に適応し、優れた栄養特性を持つ作物開発の加速化に期待

概要

国際農研は、岩手大学、京都大学および株式会社アクトリーと共同で、キヌアにおける遺伝子機能の解析技術を世界で初めて開発しました。南米アンデス原産のキヌアは、栄養バランスに優れているため、米国航空宇宙局(NASA)は、宇宙飛行士の食料として注目してきましたが、近年、世界中でスーパーフードとして人気が高まっています。また、干ばつなどの過酷な環境でも栽培できることから、国際連合食糧農業機関(FAO)は、世界の食料・栄養問題解決の切り札になり得る作物として注目しています。しかし、ゲノム構造が複雑であることなどの理由により、これまでキヌアの遺伝子レベルでの解析は、あまり進んでいませんでした。国際農研などの共同研究グループは、2016年に世界で初めてキヌアのゲノムを解読し、2020年には、キヌア系統の多様性を明らかにしました。これらの成果をもとに、本研究では、新手法を用いて、キヌア遺伝子の働きを調節することにより、キヌアの葉や茎などの色や背丈、花の形などを制御することに成功しました。この技術の開発によって、個々のキヌアの遺伝子の機能や役割を調べることが可能になり、キヌアの持つ優れた栄養特性や高い環境適応性に関わる機構の解明に道が拓かれました。本研究の成果により、原産国のボリビアなどの南米諸国のみならず、我が国を含む100カ国以上に普及しつつあるキヌアの栽培国において、優れた栄養特性を持ち過酷な環境に適応できるスーパー作物キヌアの品種開発が加速化し、世界の食料安全保障や栄養改善、飢餓の撲滅(SDGs目標2「飢餓をゼロに」)に貢献することが期待されます。

本研究成果は、国際科学専門誌「Frontiers in Plant Science」電子版(日本時間2021年3月18日14時)に掲載されました。

関連情報
本研究は、株式会社アクトリーからの資金提供による産官学共同研究、および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学協力プログラム(SATREPS)「高栄養価作物キヌアのレジリエンス強化生産技術の開発と普及」(研究代表者:藤田泰成)の支援により行われました。
発表論文
論文著者
Ogata, T., Toyoshima, M., Yamamizo-Oda, C., Kobayashi, Y., Fujii, K., Tanaka, K., Tanaka, T., Mizukoshi, H., Yasui, Y., Nagatoshi, Y., Yoshikawa, N., Fujita, Y.
論文タイトル
Virus-mediated transient expression techniques enable functional genomics studies and modulations of betalain biosynthesis and plant height in quinoa.
雑誌
Frontiers in Plant Science (2021). DOI: https://doi.org/10.3389/fpls.2021.643499<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />
問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 中島 一雄
研究担当者:生物資源・利用領域 藤田 泰成
広報担当者:企画連携部 情報広報室長 中本 和夫

岩手大学(岩手県盛岡市)
研究担当者:次世代アグリイノベーション研究センター センター長 吉川 信幸

京都大学(京都府京都市)
研究担当者:大学院農学研究科 助教 安井 康夫

株式会社アクトリー(石川県白山市)
研究担当者:技術開発 田中 努

科学技術振興機構(東京都千代田区)
事業担当者:国際部 SATREPS グループ
広報担当者:広報課

国際協力機構(東京都千代田区)
担当者:経済開発部 農業・農村開発第一グループ 第三チーム長 畔上 智洋

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会、岩手県庁教育記者クラブ、京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会に配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。

背景

気候変動による極端気象の頻発や急激な人口増加に伴う地球規模の環境劣化などによって、作物生産が不安定化し、世界の食料供給が脅かされています。また、飢餓人口の増加に加えて、近年、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素が不足している「隠れた飢餓」と呼ばれる栄養不良も世界的に深刻な問題となっています。このような世界の食料・栄養安全保障に関する地球規模課題の解決策の一つとして、レジリエンス1) を強化した栄養価の高い作物の開発が急務となっています。

経緯

国際農研は、これまでイネやダイズなどの主要作物についてレジリエンスや栄養価を高める研究を行ってきました。一方で、作物の多様性向上の観点から、低利用作物2) の活用を目指す研究にも意欲的に取り組んできました。近年、国際農研は、低利用作物のうち、干ばつなどの過酷環境に対して高い適応性を持ち、必須アミノ酸やミネラル、ビタミンなどをバランスよく豊富に含む優れた栄養特性を持つキヌアに注目しています。これまでに、産官学連携などの共同研究を通して、世界に先駆けてゲノムを解読し、その多様性を解明してきました。しかしながら、これまでキヌアにおいてキヌアの遺伝子がどのような機能や役割を持っているのかを調べる方法がなかったため、キヌア研究を進める上で大きな障壁となっていました。

内容

  1. リンゴ由来の無害なウイルスであるリンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)3) をウイルスベクター4) として用いることにより、キヌアのカロテノイド5) 生合成に関わるCqPDS1遺伝子6) の働きを抑制した葉・茎・花などの組織では、白化症状が見られました(図1)。この白化症状は、カロテノイド生合成量が減少した時に見られるため、この結果は、CqPDS1遺伝子の働きを抑制することができたことを示しています。
  2. 世界の主要な3種類のキヌア系統である北部高地型、南部高地型および低地型から選んだ19の自殖系統7) においても同様に、ALSVベクターによりCqPDS1遺伝子の働きを抑制したキヌアの葉・茎・花などの組織では、白化症状が見られました。
  3. キヌアのCqDODA1CqCYP76AD1遺伝子8) の働きをALSVベクターで抑制すると、葉や茎の赤紫色のベタレイン9) 色素量が顕著に減少しました(図2)。この結果から、CqDODA1CqCYP76AD1遺伝子が、ベタレイン生合成に関与していることが示唆されました。
  4. ALSVベクターを用いて、CqRHT1遺伝子10) の働きを抑制したキヌアでは、背丈が伸び、分岐の多い花序の形成などが見られました(図3)。この結果から、CqRHT1遺伝子が、キヌアの形態形成11) に関与していることが示唆されました。
  5. ALSVベクターによる遺伝子の働きを抑制する性質は、低い頻度ではありますが、種子を介して、次代の植物に伝播することを見いだしました。
  6. ALSVベクターを用いて、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質をキヌアの根で光らせることができました。

意義

実験に用いたすべてのキヌア系統において、内在性遺伝子12) の働きをALSVベクターにより抑制できることを示しました。また、ALSVベクターを導入した植物だけでなく、その次代の植物においても、キヌア遺伝子の機能解析ができることを示しました。さらに、ALSVベクターを用いて、外来遺伝子13) をキヌアの根で働かせることができることも示しました。一連の研究を通して、キヌアにおける遺伝子機能の解析技術を開発したことにより、ゲノム解析などで同定したキヌアの遺伝子の機能や役割を調べることが可能になり、キヌアの優れた栄養特性や高い環境適応性を支える分子機構の解明への道を切り拓くことができました。

今後の予定・期待

本研究で開発した遺伝子機能の解析技術により、キヌアの高い環境適応性や優れた栄養特性を支える遺伝子機能や分子機構の解明が一気に進むことが期待されます。また、開花期、草丈、収量、栄養価の農業形質の改良に有用な遺伝子の解析にも貢献できます。今後、遺伝子機能やゲノム情報を活用した分子育種研究が進展することにより、栽培地域の環境や消費者のニーズに適した優れたキヌア品種の育成が加速し、レジリエンスを強化した栄養価の高い作物の開発に貢献することが期待されます。

図1, 図2, 図3

図1.ALSVベクターにより、キヌアの遺伝子発現を抑制することができる
ALSVベクターを用いて、キヌアのカロテノイド色素合成に関わるCqPDS1 遺伝子の働きを抑制したキヌアでは、葉や茎や花に白化症状が生じました。この白化症状は、CqPDS1 遺伝子の働きを抑制できたことを示しています。発芽後12日目のキヌア(Iw系統)にウイルスベクターを接種し、接種後18日目のキヌア(左側)および接種後8週目の花序(右側)を示しました。

図2.キヌアのCqDODA1 あるいはCqCYP76AD1 遺伝子の働きを抑制すると、ベタレイン色素含量が減少する
ALSVベクターを用いて、CqDODA1 あるいはCqCYP76AD1 遺伝子の働きを抑制したキヌアでは、赤紫色のベタレイン色素が顕著に減少しました。発芽後14日目のベタレイン高蓄積系統(J056系統)のキヌアにウイルスベクターを接種し、接種後21日目に撮影しました。

図3.キヌアのCqRHT1 遺伝子の働きを抑制すると、形態形成に異常が見られる
ALSVベクターを用いて、CqRHT1 遺伝子の働きを抑制したキヌアでは、背丈が伸び、分岐の多い花序の形成が見られました。発芽後12日目のキヌア(J082系統)にウイルスベクターを接種し、接種後37日目のキヌア(左側)および花序(右側)を示しました。

用語の解説
1)レジリエンス
干ばつや高温によるストレスなど、作物生産にマイナスに作用するさまざまな外的な要因に耐える力と、そこから回復する力のことです。
2)低利用作物
アマランサスやヤムイモなど、特定の地域においては重要な作物であるが、地域を越えた普及につながる育種や生産技術の改善が十分行われてこなかった作物。孤児作物と呼ばれることもあります。
3)リンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)
岩手県のリンゴの木で見つかった病原性のないCheravirus属のウイルスです。岩手大学が、ALSVを元にして、リンゴだけでなくバラ科、ウリ科、マメ科、ナス科などの幅広い植物種にも利用できるウイルスベクターとして、ALSVベクターを開発しました。
4)ウイルスベクター
ウイルスの感染・増殖能力を利用して外来遺伝子を細胞内に運ぶウイルスのことです。ウイルスベクターに外来遺伝子の一部を組み込むことにより、ウイルス感染に対する植物側の防御反応を活性化させ、植物の内在性の遺伝子の働きを抑制することができます。
5)カロテノイド
動植物に広く存在する赤色や黄色などの色素。植物では、光合成の補助色素であり、酸化的障害から細胞を守る機能を持ちます。
6)CqPDS1遺伝子
フィトエン不飽和化酵素遺伝子。カロテノイド生合成に関わるこの遺伝子の働きが抑制されると、酸化的障害により葉が白化するため、この遺伝子の働きが抑制された時に見られる指標として使われています。
7)自殖系統
自家花粉のみを用いた継代自殖により得られる遺伝的に均一化された個体群のことです。
8)CqDODA1およびCqCYP76AD1遺伝子
それぞれ、DOPA二酸化酵素およびチロシン水酸化酵素をコードする遺伝子。ともに、ベタレイン生合成の出発物質であるアミノ酸の一種チロシンからベタレインが生合成される経路で働きます。
9)ベタレイン
キヌアやテンサイなどの植物と一部の真菌にのみ存在する赤色および黄色の色素で、強い抗酸化作用を持ちます。
10)CqRHT1遺伝子
「緑の革命」で使われた多収性コムギ品種の草丈などの調節に関わるRht-1遺伝子のキヌアにおける相同遺伝子。
11)形態形成
生物として固有の形づくり。
12)内在性遺伝子
「キヌア自体が持つ遺伝子」という意味で使われています。
13)外来遺伝子
他の生物由来の遺伝子。
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細胞遺伝子工学
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