近年急増する難治性呼吸器感染症、肺MAC症の発症に関わる遺伝子を発見

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ゲノムワイド関連解析による世界初の報告

2021-04-26 慶應義塾大学医学部,国立国際医療研究センター,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部感染症学教室の南宮湖専任講師(発表時:日本学術振興会特別研究員、米国国立衛生研究所博士研究員)、長谷川直樹教授、国立国際医療研究センターゲノム医科学プロジェクト(戸山)の大前陽輔上級研究員、徳永勝士プロジェクト長らの研究グループは、近年急増する難治性呼吸器感染症、肺MAC症(注1)に対して、世界で初めてゲノムワイド関連解析(注2)を実施したことを報告しました。

非結核性抗酸菌(NTM;注3)は、肺に感染し、慢性呼吸器感染症を引き起こします。南宮湖専任講師らは、肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)が、近年急増しており、公衆衛生上、重要な感染症であることを報告してきました。また、肺NTM症を根治する有効な治療法はほとんどなく、肺NTM症について更なる研究および対策の必要性が指摘されていました。NTMは約200種類以上の菌種から構成され、その中でもMAC菌は感染症を引き起こす頻度が最も高く、日本では肺NTM症の内、肺MAC症が約9割を占めています。

MAC菌を含めNTMは水や土壌等の環境中に常在する弱毒菌であるにも関わらず、主に中高年以降の痩せ型の女性等に好発することから、疾患感受性遺伝子の存在が示唆されていました。今回、南宮湖専任講師らの研究グループは、世界で初めて、肺MAC症患者と対照者との遺伝子型を網羅的に比較するゲノムワイド関連解析を実施し、細胞内外のイオンやpHの調整に重要な役割を担うCalcineurin B homologous protein2(CHP2;注4)領域の遺伝的変異が発症リスクと高い関連性を示すことを確認しました。さらに、韓国サムスンメディカルセンターや米国国立衛生研究所との国際共同研究により、この遺伝的変異が日本人集団のみならず、韓国人集団やヨーロッパ人集団においても関連していることを示しました。これまで不明であった肺MAC症の疾患感受性遺伝子の一部を明らかにすることにより、新たな治療戦略の開発および臨床現場における遺伝子型に基づく個別化医療にも役立つことが期待されます。

本研究成果は、2021年2月4日に『European Respiratory Journal』にオンライン掲載されました。

研究の背景

非結核性抗酸菌(NTM)症は結核菌群とらい菌以外の抗酸菌による感染症であり、主に中高年以降の女性や既存肺疾患のある患者に難治性の慢性進行性呼吸器感染症を引き起こします。肺NTM症の罹患率は世界中で上昇しており、日本でも急激に上昇しています。すでに肺結核の罹患率を超え(参考文献)、本疾患に対する包括的対策の社会的重要性が高まっています(図1)。


図1 肺NTM症に対する包括的対策の社会的重要性

肺NTM症に対する現在の標準治療は長期間に及ぶ複数の抗菌薬治療ですが、現行の抗菌薬治療では効果が限られ、投薬中止後も高い確率で再発し、中には一生涯抗菌薬を要する患者もいます。さらに、抗菌薬の副作用や菌の抗菌薬に対する耐性獲得が起こると難治化し、死亡に至る例も多いです。つまり、肺NTM症は治癒が困難な疾患であり、現行抗菌薬の効果が十分でなく、新規抗菌薬開発も危機的状態にあります。また、長期抗菌薬使用に伴い出現する菌の薬剤耐性(Antimicrobial. Resistance: AMR)化対策の観点からも、抗菌薬以外の新たな着想による治療戦略の創出が求められてきました。(図1)。

NTMは水や土壌等の環境中に常在する弱毒菌であるにも関わらず、アジア人集団の罹患率が他の集団に比較して高いこと、家族集積性があること、やせ型の中高年女性に好発すること、などから疾患感受性遺伝子の存在が強く示唆されていました。しかし、これまでに肺NTM症や肺NTM症のうち約90%を占める肺MAC症において、どのような疾患感受性遺伝子が存在するかを調べた大規模な研究は報告されていませんでした。

研究の成果と意義・今後の展開

南宮湖専任講師らの研究グループは、肺MAC症の発症に関連する遺伝的変異を探索するために、慶應義塾大学病院、複十字病院を中心とする関東近郊の医療機関の協力により、1,066名の肺MAC症患者コホートと対照群について世界で初めて本疾患のゲノムワイド関連解析を実施し、rs109592という一塩基多型(SNP;注5)が発症リスクと髙い関連性を示したことを確認しました(図2)。さらに、韓国サムスンメディカルセンターや米国国立衛生研究所との国際共同研究により、この遺伝的変異は、日本人集団のみならず、韓国人集団やヨーロッパ人集団においても関連していることを示しました。このSNPは、体内においてイオンやpHの調整に重要な役割を担うCalcineurin B homologous protein 2(CHP2)領域に存在しておりました。


図2 肺MAC症のGWASを実施し、16番染色体のCHP2遺伝子領域にゲノムワイド有意水準を満たす疾患感受性遺伝子変異を同定した。


これらの結果から、肺MAC症の疾患感受性遺伝子の一部が明らかになり、新たな治療戦略の開発および疾患感受性臨床現場における遺伝子型に基づいた個別化医療にも役立つことが期待されます。

特記事項

本研究は、JSPS科研費JP19H03704、JP15H06590、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「非結核性抗酸菌症の発生動向の把握および病原体ゲノム・臨床情報に基づいた予防・診断・治療法に関する研究」、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「日本人大規模全ゲノム情報を基盤とした多因子疾患関連遺伝子の同定を加速する情報解析技術の開発と応用」、医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 戦略的国際共同研究プログラム(日米医学協力計画の若手・女性育成のための日米共同研究公募)「Identification of host factors of NTM diseases in the Asia Pacific region」、福澤諭吉記念慶應義塾学事振興基金の支援によって行われました。

論文
英文タイトル:
Genome-wide association study in patients with pulmonary Mycobacterium avium complex disease
タイトル和訳:
肺MAC症のゲノムワイド関連解析
著者名:
南宮湖 1)2)3)、大前陽輔 4)、朝倉崇徳 1)、石井誠 1)、鈴木翔二 1)、森本耕三 5)、河合洋介 4) 、 江本桂 1)、Andrew J. Oler 2)、Eva P. Szymanski 2)、吉田光範 6)、松田周一 5)、八木一馬 1)、 長谷衣佐乃7)、西村知泰 1)、佐々木結花 8)、浅見貴弘 1)、塩見哲也 9)、松原弘明 10)、島田尚登 11)、浜本純子 1)、Byung Woo Jhun 12)、Su-Young Kim 12)、Hee Jae Huh 12)、 Hong-Hee Won 12)、阿戸学 6)、小崎健次郎 1)、別役智子 1)、福永興壱 1)、倉島篤行 5)、Hervé Tettelin 13)、野内英樹 5)、Surakameth Mahasirimongkol 14)、Kenneth N. Olivier 2)、 星野仁彦 6)、Won-Jung Koh 12)、Steven M. Holland 2)、徳永勝士 4)、長谷川直樹 1)
所属:
  1. 慶應義塾大学医学部
  2. 米国国立衛生研究所
  3. 日本学術振興会
  4. 国立国際医療研究センター
  5. 結核予防会
  6. 国立感染症研究所ハンセン病研究センター
  7. 国立病院機構 宇都宮病院
  8. 国立病院機構 東京病院
  9. けいゆう病院
  10. 公立福生病院
  11. 川崎市立井田病院
  12. Samsung Medical Center, Seoul, South Korea
  13. Institute for Genome Sciences, School of Medicine, University of Maryland, Maryland, USA
  14. Medical Genetics Center, Medical Life Sciences Institute, Department of Medical Sciences, Ministry of Public Health, Nonthaburi, Thailand
掲載誌:
European Respiratory Journal(オンライン版)
DOI:
10.1183/13993003.02269-2019
参考文献
タイトル:
Epidemiology of Pulmonary Nontuberculous Mycobacterial Disease, Japan
掲載誌:
Emerging Infectious Diseases
DOI:
10.3201/eid2206.151086
用語解説
(注1)MAC:
MACはMycobacterium avium complexの略称で、主にMycobacterium aviumとMycobacterium intracellulareの二つから構成され、全世界で最も多い非 結核性抗酸菌です。
(注2)ゲノムワイド関連解析(GWAS):
ヒトゲノム配列上に存在する数百万か所の遺伝子多型とヒト疾患との発症の関係を網羅的に検討する遺伝統計解析手法です。GWASはGenome-Wide Association Studyの略。
(注3)非結核性抗酸菌(NTM):
結核菌・らい菌を除く抗酸菌の総称を非結核性抗酸菌(NTM) といい、水や土などの環境中に存在する菌で、200種類以上発見されています。結核 菌のようにヒトからヒトへは感染せず、また、菌の種類によって病原性はさまざまです。 NTMはNontuberculous Mycobacteriaの略。
(注4)Calcineurin B homologous protein 2(CHP2):
CHP2がNa+/H+交換輸送体で あるNHEのC末端に結合することで、NHE の輸送活性を制御することが報告さ れている。
(注5)一塩基多型(SNP):
ヒトゲノムを構成している塩基配列の個体差で、配列上の一カ 所が変化して生じるもの。SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。
お問い合わせ

研究に関するお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部 感染症学教室
専任講師 南宮 湖(なむぐん ほう)

国立国際医療研究センター ゲノム医科学プロジェクト(戸山)
上級研究員 大前 陽輔(おおまえ ようすけ)

報道に関するお問い合わせ先
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚

国立国際医療研究センター 広報企画室
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター(NCGM)
企画戦略局広報企画室 広報係長
担当:西澤 樹生(にしざわ たつき)

AMED事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部創薬企画・評価課

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