海底生態系の回復を導く細菌のパートナーシップを発見~沿岸域海底の環境保全に役立てる~

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2021-06-03 産業技術総合研究所

ポイント

  • 津波に起因する海底堆積物を試料にして生態系機能回復のメカニズムを解明
  • 硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌の炭素伝達を介した協力関係(パートナーシップ)が、生態系機能回復の駆動力となる
  • 沿岸域における海底堆積物生態系の新しい保全・管理技術の開発に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)環境創生研究部門【研究部門長 鳥村 政基】環境生理生態研究グループ 青柳 智 研究員、堀 知行 主任研究員は、学校法人専修大学 石巻専修大学【学長 尾池 守】理工学部 高崎 みつる 教授と国立大学法人 東京農工大学【学長 千葉 一裕】片山 葉子 名誉教授と協力し、東日本大震災の津波によって打ち上げられた海底堆積物を試料に、硫黄成分のやり取りに関わる細菌同士の協力関係(パートナーシップ)を明らかにし、海底の嫌気生態系が持つ有機物の分解機能が回復していく過程を解明した。

海底に堆積した有機物層では、上層のごく一部分を除いて酸素が枯渇しているため、嫌気性微生物が有機物の分解を担っている。しかし、過剰な有機物の流入が原因で、嫌気生態系が十分に機能せず、海底環境が悪化することがある(概略図左端)。

本研究は、分解機能が低下した海底堆積物に硝酸塩を添加することで(概略図中央左)、硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌の間で炭素源の伝達を介した協力関係が形成され(概略図中央右)、その結果生じる多様な嫌気分解微生物の活性化(概略図右端)を明らかにした。

今回の成果は、海底堆積物の嫌気生態系機能が回復する過程を初めて解明したことで、沿岸域海底の新しい保全・管理技術の確立に大きく貢献することが期待される。

なお、この成果の詳細は、2021年6月3日(米国時間)に国際学術誌「Environmental Science & Technology」にオンライン掲載される。

概要図

本研究で明らかにした、海底堆積物の嫌気生態系機能回復メカニズムの概略図

開発の社会的背景

沿岸域における浅い海底では、陸上の社会活動や大規模養殖などに伴う高濃度有機物が流入することにより、汚濁有機物が堆積し、海底環境が悪化することがある。海底環境を改善するため、浚渫工事などで堆積物を取り除く方法があるが、すべての堆積物を取り除くのはきわめて難しい。また、取り除いた堆積物の廃棄処理だけでなく、沿岸海域の生態系や物質循環の回復にも時間を要する。

海底に堆積した有機物層は、海水と接する上層のごく一部分を除いて酸素が枯渇しているため、嫌気性微生物がその分解に重要な役割を担うと推察されている。しかし、嫌気性微生物の実体や嫌気生態系の機能回復メカニズムは解明されていなかった。

東日本大震災の津波によって海底堆積物が広範囲にわたって打ち上げられた。その一部は分解機能が低下した状態の堆積物であった。この津波で打ち上げられた有機性の堆積物を詳細に解析することは、嫌気微生物の実体や嫌気生態系機能回復メカニズムの解明に寄与し、今後、沿岸域海底に汚濁有機物を蓄積させないような環境保全・管理技術を確立する上で有益である。

研究の経緯

産総研では、水資源循環利用技術の開発を目指したアジア戦略「水プロジェクト」の中で微生物学的知見に基づいた廃水処理・再資源化に関する研究を進めており、難分解性有害物質の安定処理機構解明(2018年6月15日産総研プレス発表)や重金属類の不溶化技術の開発(2020年9月15日産総研プレス発表)などに取り組んできた(産総研プレス発表については本リリース最後の【関連記事】を参照)。その一環として、世界的に深刻化する養殖漁場や閉鎖海域における有機性の海底堆積物の蓄積に対し、嫌気性微生物分解機能の評価や嫌気生態系機能回復のメカニズム解明を目指して研究を進めた。

本成果は、産総研における高感度同位体追跡法や次世代シーケンサー解析などを利用した微生物生理生態研究、有機性海底堆積物の減容化に関わる石巻専修大学の研究、東京農工大学の環境微生物研究の連携により得られたものである。

なお、本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費助成事業による支援を受けた。

研究の内容

堆積物試料に、嫌気性微生物の生育を促す硝酸塩と通常の炭素12C(原子量12)より重い炭素の安定同位体13C(原子量13)で標識された炭酸水素塩を添加し、堆積物試料を嫌気的に静置した。

培養4日目に、硝酸イオンの消失とN2Oの生成(脱窒反応)、硫酸イオンの生成(硫黄酸化反応)および13CO2の減少(CO2固定反応)が同時に観察された(図1)。硝酸塩を添加しない場合には、これらの反応は観察されなかった。

図1

図1 堆積物中の化学種の濃度変化

培養4、9、14日目の堆積物試料から抽出した微生物のRNA解析をしたところ、炭酸水素塩由来の炭素の安定同位体13Cを取り込んだ微生物33種を同定した。そのうち、培養4日で特に代謝活性が高かったのは、脱窒反応と対となる硫黄酸化反応を担う硫黄酸化細菌と硫酸還元反応を担う硫酸還元細菌であった(図2)。硫黄酸化細菌はCO2を自身の生体成分の合成に必要な炭素源として利用する化学合成独立栄養性(CO2固定能)を持ち、一方の硫酸還元細菌は自身の生育のために有機物を必要とする従属栄養性を持つ。堆積物中には、硫黄酸化細菌の合成した13Cを含む有機物を利用し得る多種多様な従属栄養微生物が存在したが、硫酸還元細菌以外は13Cを取り込まなかった。これらの結果は、堆積物において硫黄酸化細菌がまず13CO2を固定して生育し、次に硫黄酸化細菌によって固定された13Cを含む有機物が硫酸還元細菌に伝達されて分解されることを示している。

図2

図2 13Cを取り込んだ微生物のRNA発現量(代謝活性)の変化

また、硝酸塩を添加した場合、嫌気有機物分解の最終段階を担うメタン生成古細菌と有機酸酸化共生細菌の代謝活性化が培養21日目に観察された(図3)。これは、停滞していた物質分解が硝酸塩を添加した堆積物において再開し、嫌気生態系機能が回復していくことを示している。活性化したこれら嫌気性微生物は、13Cの取り込みが見られなかった。そのため、この活性化は、硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌の協力関係が形成された結果であると考えられる。

図3

図3 培養21日目に代謝活性化した最終嫌気分解を担う微生物

本研究で得られた結果は、海底堆積物における硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌の炭素伝達を介した協力関係と、その結果生じる多様な嫌気性微生物の代謝活性化を示しており、沿岸域海底の嫌気生態系機能回復メカニズムの一端を明らかにしたものである。

今後の予定

今後は、今回明らかになった硫黄酸化細菌や硫酸還元細菌の協力関係を基に、実際の海底環境により近い状態で有機物の分解の促進を検証し、沿岸域海底堆積物生態系の保全や管理に向けた新たな技術の確立・開発を目指す。

用語の説明
◆嫌気生態系
生育に酸素を必要としない嫌気性微生物(下記参照)で主に構成されている生態系。地球上では、ほとんどが嫌気環境であり、好気環境は大気と接触する範囲および水に酸素が浸透する範囲に限られる。
◆嫌気性微生物
生育に酸素を必要としない微生物。
◆硫黄酸化(反応)(細菌)
硫黄や無機硫黄化合物を酸化してエネルギーを得る微生物による反応。この反応により、硫黄や無機硫黄化合物は硫酸イオンにまで酸化され、それを担う細菌を「硫黄酸化細菌」と呼ぶ。
◆硫酸還元(反応)(細菌)
嫌気環境で有機物を酸化分解し、そこで生じた電子を用いて硫酸塩を還元する微生物による反応。この反応により、硫酸塩は硫化物イオンにまで還元され、硫化水素や金属イオンと反応して硫化物等を生成する。この反応を担う細菌を「硫酸還元細菌」と呼ぶ。
◆汚濁有機物
微生物による自浄作用の範囲を超えてしまい、水が濁るような高濃度の有機物のこと。
◆浚渫(しゅんせつ)工事
河川・海底などの底に溜まった土砂や泥などを取り去る土木工事のこと。この作業を行うことで、悪臭の減少や水質改善の効果が期待される。
◆アジア戦略「水プロジェクト」
水資源の安全確保と有効利用に関するグローバル技術開発の拠点化を目指し、2012年に産総研で立ち上げられた研究プロジェクト。現在、産総研内の7つの研究ユニットが一体となり活動を推進している。https://unit.aist.go.jp/env-mri/water/
◆高感度同位体追跡法
原子番号は同じで、質量数が異なる元素を「同位体」と総称する。環境試料に、炭素の安定同位体13Cで標識された化合物を加えて一定期間培養した後、13Cを取り込んで重くなった微生物のリボ核酸(RNA)を超遠心で分離する。次世代シーケンサー(下記参照)を用いて、このRNAの塩基配列を決定して、13Cを取り込んだ微生物種を高感度に同定する方法。「高感度Stable Isotope Probing(SIP)法」ともいう。
◆次世代シーケンサー
従来に比べ、飛躍的に解析速度が向上した、遺伝子の塩基配列の解読装置。複数の試料に含まれる微生物の種類を1試料あたり数万から十数万、合計で数千万種の微生物を同時並行的に同定できる。
◆減容化
廃棄物などの容積を減らすために行う処理のことを指す。焼却、破砕、圧縮、溶融などの手法がある。
◆炭素の安定同位体
炭素は原子量が12であるが、安定同位体炭素は原子量13。同じ性質を持った元素で原子量が異なるものを同位体と呼び、さらに、放射能を持たず、半永久的に安定な同位体を安定同位体という。
◆脱窒反応
酸素のない嫌気条件で硝酸イオンまたは亜硝酸イオンを還元し、最終的にN2OガスやN2ガスとして放出する反応。
◆CO2固定
気相中などから取り込んだCO2を自身の生体成分(炭素化合物)として留めておくことのできる機能。植物や一部の微生物がこの機能を有する。
◆化学合成独立栄養
独立栄養は、CO2を自身の生体成分の合成に必要な炭素源として利用する生物の性質。合成に必要なエネルギーの獲得方法として、無機物の酸化反応を利用する場合は、化学合成独立栄養という。光エネルギーを使用する場合は、光合成独立栄養という。
◆従属栄養
生育に必要な炭素を他の動植物がつくった有機物に依存する性質のことを指す。動物、原生生物、微生物の多くが従属栄養の性質を示す。
◆古細菌
生物は真正細菌、古細菌、真核生物の3つに分類され、そのうちの一つ。なお、動物、原生生物、藻類、菌類、植物は真核生物に分類される。
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生物環境工学
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