ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド内部に胆管構造を再現~ヒト臓器創出技術の開発やヒト胆道疾患モデルの構築に期待~

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2024-08-30 東京大学

発表のポイント

  • ヒトiPS細胞を用いて、従来よりも太い大血管と胆管を含む新たなヒト肝臓オルガノイド(ミニ肝臓)の開発に成功しました。
  • 従来の培養方法では不可能であった血管と上皮組織の空間配置を人為的にコントロールする手法を開発し、肝臓内の胆管系に近似した組織構造を生体外において再現しました。
  • ヒト肝臓発生の理解が進むことでヒト臓器(肝臓)創出法の開発が加速するとともに、ヒト胆管疾患モデルを用いて難治性胆管疾患の機序解明を進めることで革新的治療法の開発につながることが期待されます。ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド内部に胆管構造を再現~ヒト臓器創出技術の開発やヒト胆道疾患モデルの構築に期待~
    大血管と胆管を含むヒトiPS細胞由来の新規肝臓オルガノイドの創出
 概要

東京大学医科学研究所 再生医学分野の大学院生(博士課程)の奥村歩さん、谷水直樹准教授、谷口英樹教授らによる研究グループは、ヒトiPS細胞を用いて作製した従来よりも太いヒトiPS細胞由来の人工血管とヒトiPS細胞由来の未熟な肝臓組織を3次元的に共培養することで、内部に胆管構造(注1)を有する新たな肝臓オルガノイド(注2)(ミニ肝臓):Blood vessel incorporated liver organoid (BVLO)の開発に成功しました(図1)。
従来の肝臓オルガノイドには機能的な胆管構造が存在せず、肝臓組織内で産生される細胞毒性を持つ胆汁が蓄積してしまうことが危惧されていました。そのため、オルガノイドの肝臓としての機能を長期維持するためにヒトの胆管構造を人為的に再構成することが重要な開発目標となっていました。
血管は体中に血液を循環させる機能を持ちますが、本研究では、臓器内の複雑な構造が作られる“場”を提供するという、血管が有する他の側面に着目することで、肝臓の機能にとって欠かせない胆管構造を誘導しました。すなわち、従来よりも格段に太いヒトiPS細胞由来の人工血管(外径が1mm程度であり外科的な血管吻合が可能)の周囲に胆管構造を有する肝臓オルガノイドを構築しました。これは、ヒトiPS細胞からの臓器創出という目標を達成するための大きな一歩となる研究成果であり、ヒトの肝臓発生についての基礎的研究にとどまらず、難治性のヒト胆管関連疾患モデル開発やヒト臓器創出技術開発にも大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は2024年8月28日、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。


図1:ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド内での胆管構造の誘導
ヒトiPS細胞を用いて作製した人工血管をシリコンモールドに設置し、シート状に成型したヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドを巻き付けて培養を行った(コントロールは人工血管の代わりにコラーゲンスキャホールドのみを使用)。2週間後には細胞の凝集が見られる。コントロールではHNF4A陽性の肝細胞が多くみられるのに対して、BVLOでは血管周囲にCK19陽性の胆管構造が形成された。

発表内容

ヒトiPS細胞を用いたオルガノイド研究では、一般的に細胞の自律的な凝集能力を利用して3次元的形態を誘導します。しかしながら、ヒトiPS細胞を用いたヒト臓器の創出を実現するためには、血管と上皮組織の空間配置や隣接する組織間の接続など、秩序だった臓器内部の構造を生体外で人為的に再現することや、生体に導入する際に血管吻合を可能にする大血管の導入など、新たなアイデアと技術開発が求められています。
本研究チームはマウスおよびヒト胎児肝臓での解析結果に着想を得て、ヒトiPS細胞を用いて作製した大血管と肝臓組織の相互作用を人為的に再現する培養系を新たにデザインすることで、チューブ状の胆管構造を備えた肝臓オルガノイドであるBlood vessel incorporated liver organoid (BVLO) を創出しました(図2)。


図2:ヒトiPS細胞由来のチューブ状の胆管構造
BVLOを胆管のマーカーであるCK19(赤)と上皮細胞間接着装置であるOccludin(シアン)に対する抗体で染色して3次元イメージを取得した。


胆管は肝細胞が産生する胆汁を肝臓から小腸へ輸送する流路ですが、水分や炭酸イオンを分泌して胆汁が持つ細胞毒性を緩和する役割も担っています。BVLO内の胆管はチューブ状構造を形成しているだけなく、トランスポーターを発現することで水やイオンの分泌能を備えるなど、胆管として機能するために必要な能力を獲得していました(図3A)。BVLOを胆管疾患モデルマウスの肝臓に移植すると、胆汁うっ滞(注3)(肝臓組織に細胞毒性を持つ胆汁が滞留する病態)が改善することも明らかになりました(図3B)。


図3:BVLOの分泌機能と移植後の障害改善効果
A. BVLO内の胆管はトランスポーターMDR1(緑)を発現し、その基質であるRho123をチューブ構造の内側に取り込む能力を示した。Rho123の輸送はMDR1阻害剤であるVerapamilの添加によって抑制され、細胞質での蓄積が見られた。
B. 免疫不全マウスの総胆管を結紮することで胆汁うっ滞を誘導すると同時にBVLOを移植した。移植によって血中の総ビリルビンの値が改善し、生存の延長が認められた。


肝臓の胆管には、原発性胆汁性胆管炎(Primary biliary cholangitis:PBC)や原発性硬化性胆管炎(Primary Scleosis cholangitis:PSC)など原因が解明されていない難病が多くあります。ヒトiPS細胞を用いた疾患モデル作製が可能になれば、詳しい病態解明に役立ちます。また、膜タンパク質JAGGED1 (JAG1)の変異によって引き起こされる遺伝病であるアラジール症候群も胆管が形成されない難病です。本研究グループはJAG1を欠損したヒトiPS細胞(共同研究者から入手)を含む人工血管を用いてBVLOを構築すると、胆管が形成されなくなることを確認しました(図4)。この結果は、血管と胆管を含むBVLOが、ヒト胆管疾患モデルを作製するための基本技術として利用価値が非常に高いことを示しています。


図4:BVLOを用いたアラジール症候群モデル
JAG1を欠損したヒトiPS細胞から誘導した血管平滑筋を用いて人工血管を作成し、BVLOを誘導した。コントロールでは血管周囲に胆管が形成されていたが、JAG1-KOサンプルでは胆管形成が認められなかった。


本研究では、肝臓オルガノイド内の血管構造による胆管形成誘導に注目してきました。一方、BVLOには肝臓の代謝機能を担う肝細胞も存在しています。今後、オルガノイド内の肝細胞や胆管の“形”と”機能“をより生体内に近似させ、高度な肝機能の長期間維持を可能にすることで、生体外での人工的なヒト臓器(肝臓)の創出に近づくことが期待できます。以上のように、本研究は胆管疾患についての理解や治療法開発、さらにはヒトiPS細胞を駆使したヒト臓器の創出という究極の目標達成のための大きな一歩となる研究成果です。

発表者・研究者等情報

東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野
谷口 英樹 教授
谷水 直樹 准教授
エリカ カロリナ 研究当時:博士課程
奥村 歩 博士課程
久世 祥己 研究当時:特任研究員

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Generation of human iPSC-derived 3D bile duct within liver organoid by incorporating human iPSC-derived blood vessel
著者名:Erica Carolina, Yoshiki Kuse, Ayumu Okumura, Kenji Aoshima, Tomomi Tadokoro, Shinya Matsumoto, Eriko Kanai, Takashi Okumura, Toshiharu Kasai, Souichiro Yamabe Yuji Nishikawa, Kiyoshi Yamaguchi, Yoichi Furukawa, Naoki Tanimizu*, Hideki Taniguchi*
DOI: 10.1038/s41467-024-51487-3
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-024-51487-3

研究助成

本研究は、AMED PRIME「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「胆汁輸送路を備えた肝オルガノイドを用いた胆汁うっ滞性肝障害モデルの構築と疾患発症機序の解明」(代表:谷水直樹)(課題番号:20gm6210029)、AMED「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B)」(代表:谷口英樹)(課題番号JP13bm0304002)、AMED「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(非臨床PoC取得研究課題)」(代表:谷口英樹)(課題番号JP23bm1223007)、科研費基盤研究(B)「ヒトiPS細胞からの胆道を備えた肝臓オルガノイドの創出と疾患モデルの構築」(代表:谷水直樹)(課題番号:23H02967)、北海道B型肝炎訴訟オレンジ基金助成金(代表:谷水直樹)などの支援により実施されました。

 用語解説

(注1)胆管
肝細胞が産生する胆汁は、毛細胆管、肝内胆管、肝外胆管から構成される胆道を通って小腸に輸送される。今回の研究では「肝内胆管」に相当する組織をヒトiPS細胞より作製した。

(注2)オルガノイド
幹細胞を特定の条件下で培養することにより増殖・分化を進め、臓器の組織構造や機能の一部を再現した細胞構造体を指す。

(注3)胆汁うっ滞
胆道の構造や機能に異常が生じると、胆汁の細胞毒性が高くなったり、肝臓内に胆汁が滞ったりするために、肝臓組織が障害される。このような病態を胆汁うっ滞と総称する。

 問合せ先

〈研究に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野
准教授 谷水 直樹(たにみず なおき)

〈報道に関する問合せ〉
国立大学法人東京大学医科学研究所 プロジェクトコーディネーター室(広報)

生物工学一般
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