加齢やサイトメガロウイルス感染が新型コロナウイルス反応性キラーT細胞に与える影響

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2021-08-23 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. 新型コロナウイルスに反応する記憶型T細胞注1)(交差反応性T細胞)注2)が未感染の日本人においても確認された
  2. 未感染者がもつ新型コロナウイルス反応性ヘルパーT細胞注3)のほとんどは交差反応性T細胞であり、その数や機能性は、高齢者と若齢者で大きな違いは認められなかった
  3. 高齢者では、新型コロナウイルス反応性キラーT細胞注4)のうち、ナイーブ型T細胞注1)が若齢者に比べて少なく、老化したT細胞注5)が多かった
  4. サイトメガロウイルス注6)に感染した若齢者では、老化した新型コロナウイルス反応性キラーT細胞が増加していた
  5. 新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」)の症状の個人差や年齢差について、その要因を理解し、高齢者への治療法やワクチン戦略を立てる上で参考になる知見が得られた

1. 要旨

城 憲秀 特定助教(CiRA未来生命科学開拓部門/京都大学大学院医学研究科)および濵﨑洋子 教授(CiRA未来生命科学開拓部門)らの研究グループは、高齢者では、新型コロナウイルスに反応するナイーブ型のキラーT細胞が少なく、老化したキラーT細胞が増えていることを明らかにしました。
COVID-19では、高齢者が重症化しやすいことから、加齢によるリスクファクターがあるのではないかと考えられています。しかし、その実態は必ずしも十分に理解されていません。一般的にウイルスに対する免疫応答はT細胞が中心的な役割を果たし、ヘルパーT細胞とキラーT細胞が協調して働くことが、新型コロナウイルスの制御と排除に重要であると考えられています。そこで研究グループは、新型コロナウイルス未感染者がもともと持っている新型コロナウイルス反応性T細胞について、若齢者(20代前半)と高齢者(70代前半)を比較しました。その結果、新型コロナウイルス反応性T細胞のうち、ヘルパーT細胞については、若齢者と高齢者との間で数や分化段階について大きな違いは見られませんでした。また、その大部分がすでに記憶型T細胞になっていたことから、私たちの体内にある新型コロナウイルスに反応できるヘルパーT細胞は、過去に感冒コロナウイルスなどへの感染により、交差反応性T細胞として体内に存在していることが分かりました。一方、キラーT細胞においては、ナイーブ型T細胞が若齢者に比べて高齢者で有意に少なく、増殖能を失い最終分化した細胞(TEMRA)注1)や組織傷害をおこす可能性のある老化したT細胞の数が多いことが分かりました。また、新型コロナウイルス反応性T細胞の数や機能は、大きな個人差があることも明らかになりました。さらに、サイトメガロウイルスに感染した若齢者では、非感染者と比べて老化したキラーT細胞の数が多くなっていました。これらの結果から、予め体内に存在する新型コロナウイルスに反応性を持つナイーブ型のキラーT細胞が加齢に伴い少なくなり、老化したキラーT細胞が増えてしまうことが、高齢の患者で重症化しやすい理由の一つである可能性が考えられました。また、サイトメガロウイルスへの感染の有無が、新型コロナウイルスに対する免疫応答に影響する可能性が示唆されました。今回の結果は、新型コロナウイルス感染後の症状の大きな年齢差と個人差を説明できる可能性があり、高齢者への治療法やワクチン戦略の参考になると期待できます。
この研究成果は2021年8月10日に「Frontiers in Aging」で公開されました。

2. 研究の背景

免疫応答の能力は一般的に加齢に伴って徐々に弱くなり、その一方で炎症反応が起こりやすくなることが知られています。ウイルスに感染した細胞をウイルスごと排除できるキラーT細胞は、免疫細胞の中でも感染症の遷延や重篤化を防ぐ上で主要な役割を果たしています。
免疫系は、異なる特異性を持つ抗原受容体を発現するT細胞集団を一定数準備しておくことで、未知の抗原に対する反応性を保証しています。胸腺という免疫臓器から産生され、反応する抗原にまだ遭遇していないT細胞をナイーブ(型)T細胞といい、この分画の割合が高いことは一般に、新型コロナウイルスなどの新しい病原体をT細胞が認識できる可能性が高いことを意味します。しかし、胸腺組織は思春期以降に 機能低下を来すため、ナイーブ(型)T細胞の割合は加齢とともに徐々に低下します。一方、特定のウイルスに一度感染すると、記憶細胞を体内に残すことで過去に遭遇したウイルスの情報を記憶することができます。同じウイルスに遭遇した場合にはその記憶細胞が素早く増殖して対応し、感染を未然に防いだり症状の悪化を抑えたりします。この記憶細胞を人為的に誘導するのがワクチンです。 新型コロナウイルスは私たちがはじめて遭遇するウイルスですが、風邪の原因のひとつであるコロナウイルスによく似ているため、こうしたウイルスに対する記憶細胞の一部が新型コロナウイルスにも反応しうる(=交差反応)という報告があります。すなわち、未感染の人でも新型コロナウイルスに対する免疫記憶をすでに一定程度もっていると考えられます。こうした背景から、加齢や、過去の感染によって既に獲得した新型コロナウイルス反応性記憶型T細胞(交差反応性T細胞)の数や機能の違いが、COVID-19の重症化の年齢差や個人差に影響を与えている可能性が指摘されています。
一方、サイトメガロウイルスなどの潜伏感染ウイルスへの感染が、T細胞の構成を大きく変化させることが知られており、またワクチン効果にも影響するという報告があります。サイトメガロウイルスは健常な人でも多くの人が感染しているウイルスであり、このウイルスに感染しているか否かが、新型コロナウイルスに対するT細胞の応答性にも影響を及ぼす可能性が考えられました。
そこで我々は、新型コロナウイルスに感染していない若齢者と高齢者が体内にもつ新型コロナウイルス反応性T細胞の数や性質を調べることで、これらの可能性を検討しました。

3. 研究結果

1. 新型コロナウイルス反応性ヘルパーT細胞は、若齢者と高齢者とで差がみられない
若齢者と高齢者から採取した血液のなかから、新型コロナウイルスと反応するヘルパーT細胞を選別し、分化段階の異なる4つの種類(NP、CM、EM、TEMRA)注1)、さらに老化したT細胞に分けました。その結果、新型コロナウイルスに反応できるT細胞は、若齢者(青丸)と高齢者(赤丸)ともに、主に記憶型(特にCM分画)に検出されることが分かりました。また、どの分画においても若齢者と高齢者との間に有意な差は見られませんでした。

加齢やサイトメガロウイルス感染が新型コロナウイルス反応性キラーT細胞に与える影響

図1 新型コロナウイルスに反応するヘルパーT細胞の割合と分化段階(左図)および老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合(右図)
丸1つは1人のデータを示す。

2. 高齢者の新型コロナ反応性キラーT細胞ではナイーブ型は少なく、老化した細胞を含む最終分化したT細胞が多い
ヘルパーT細胞と同様に、新型コロナウイルスと反応するキラーT細胞を選別して4つの分化段階に分け、若齢者(青丸)と高齢者(赤丸)を比較しました。新型コロナウイルス反応性キラーT細胞のうち、ナイーブ型(NP)キラーT細胞は高齢者で有意に少ない値となりましたが、最終分化したキラー細胞(TEMRA)や老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合は多くなりました。また、キラーT細胞はヘルパーT細胞(図1)に比べると、個人差間での表現型のばらつきが大きい傾向にあることが明らかになりました。

図2 新型コロナウイルスに反応するキラーT細胞の割合と分化段階(左図)および老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合(右図)
丸1つは1人のデータを示す。

3. 若齢者において、サイトメガロウイルス感染歴のある人では老化したキラーT細胞の割合が増えた
今回の研究協力者のうち、高齢者ではすべての人で、若齢者ではおよそ半分の人で、サイトメガロウイルスに感染していました。そこで、若齢者のうち、サイトメガロウイルス非感染者(黄丸)と感染者(緑丸)とで、新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の割合を調べた結果、感染者では、より高齢者に近い傾向、すなわち、ナイーブ型(NP)の割合が低下し、最終分化したT細胞(TEMRA)や老化したT細胞(CD57を発現する細胞)の割合が高くなる傾向がみられました。

図3 若齢者におけるサイトメガロウイルス感染の有無によるキラーT細胞の割合と分化段階(左図)および老化したT細胞(CD57発現細胞)の割合(右図)
丸1つは1人のデータを示す。

4. まとめ

本研究により、高齢者では新型コロナウイルスに対する免疫応答のうち、ヘルパーT細胞が関与する応答(抗体産生など)と比較して、ウイルス感染細胞を直接殺傷し排除するキラーT細胞の機能低下がより顕著であることが明らかとなりました。このことから、高齢の患者で重症化しやすい理由の1つが、体内に予め存在する新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の加齢に伴う変化である可能性が考えられます。また、サイトメガロウイルスに感染した若齢者の新型コロナウイルス反応性キラーT細胞の表現型は、非感染の若齢者のそれに比べてより高齢者に近かったことから、サイトメガロウイルスの感染が、COVID-19の症状の著しい個人差を説明する一因となる可能性があります。これらのことは、新型コロナウイルスに対する高齢者のT細胞応答を増強するためには、キラーT細胞を標的とすることがより効果的である可能性を示唆しています。以上、本研究はCOVID-19の高齢者への治療法やワクチン戦略の参考になると期待できます。

5. 論文名と著者

〇論文名
Aging and CMV infection affect pre-existing SARS-CoV-2-reactive CD8+ T cells in unexposed individuals
doi: 10.3389/fragi.2021.719342

〇ジャーナル名
Frontiers in Aging

〇著者
Norihide Jo1,2, Rui Zhang1, Hideki Ueno3,4, Takuya Yamamoto1,4, Daniela Weiskopf5, Miki Nagao6, Shinya Yamanaka1,7, and Yoko Hamazaki1,8*
*責任著者

〇著者の所属機関

    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院医学研究科 先端医療基盤共同研究講座
    3. 京都大学大学院医学研究科 免疫細胞生物学
    4. 京都大学ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    5. La Jolla Institute for Immunology, La Jolla, USA
    6. 京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
    7. Gladstone Institute of Cardiovascular Disease, San Francisco, CA, USA
    8. 京都大学大学院医学研究科 免疫生物学

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

●AMED新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP20fk0108265)

●COVID-19の重症化を阻止し反復パンデミックを防止する免疫制御治療薬の開発

●研究開発代表者:本庶佑(京都大学医学研究科・特別教授)

●AMED老化メカニズムの解明・制御プロジェクト(JP21gm5010001)

●文部科学省/日本学術振興会(19K23862)

●iPS細胞研究基金

●京都大学iPS細胞研究所山中伸弥研究室への新型コロナウイルス特別研究助成

●公益財団法人 関西経済連合会

●公益財団法人 武田科学振興財団

●NIH(75N9301900065)

7. 用語説明

注1) ナイーブ型T細胞、記憶型T細胞
ヘルパーT細胞、キラーT細胞はそれぞれ、分化段階や機能性によりいくつかの分画に分かれる。反応する抗原(病原体など)にまだ遭遇していないT細胞集団はナイーブ(型)(naïve phenotype: NP)と呼ばれ、体内をパトロールしている。ナイーブ(型)T細胞が抗原刺激を受けると活性化して増殖し、侵入してきた病原体と戦う多くのエフェクターT細胞や二度目の感染に対して強く速い応答を起こす記憶T細胞などへと分化する。これら抗原刺激後のT細胞は記憶(型)T細胞と総称され、Central memory(CM)、Effector memory(EM)、Terminally differentiated effector memory T cells re-expressing CD45RA(TEMRA)などに分類される。たとえば、CMは抗原刺激後の高い増殖能を維持しており、多くのエフェクターT細胞をつくることができる。TEMRAは最終分化したT細胞で、エフェクター機能は高いが増殖能は失いつつあり、感染後すぐに機能できる可能性が高いが、やがて死んでしまうと考えられる。

注2) 交差反応性T細胞
新型コロナウイルスなど初めて我々が遭遇する病原体に対する記憶型細胞注1)は、未感染者には通常存在しないと考えられる。しかし、風邪症状を起こす他のコロナウイルスの記憶型T細胞の一部が、新型コロナウイルスにも反応しうる(=交差反応)ことが報告されている。未感染者がもともと持っているこの交差反応性T細胞の数や性質の違いが、COVID-19の症状の地域差、年齢差、個体差を生む一因となる可能性が指摘されている。

注3) ヘルパーT細胞
様々なサイトカインの産生を介して抗体産生や貪食細胞の活性化を制御するCD4陽性T細胞。

注4) キラーT細胞
ウイルス感染細胞やがん細胞などを直接殺傷することができるCD8陽性T細胞。

注5) 老化したT細胞
主にTEMRAに含まれCD57を発現するT細胞として同定され、抗原刺激後の増殖能を失っているものの高いエフェクター機能を維持している。抗原刺激非依存性の細胞傷害活性も有するため、組織傷害や炎症の増悪に関与する可能性も指摘されている。

注6) サイトメガロウイルス(CMV) 多くの人が知らないうちに感染し、生涯体の中に潜伏しているウイルス。幼少時に初めて感染した場合は殆ど症状がでないことが多い。普段は免疫機能により抑えられ無症状で潜伏しているが、著しい免疫の低下が起こると再活性化し重篤な症状が出ることがある。

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