2022-12-21 東京大学
嶋屋 拓朗(物理学専攻 博士課程(研究当時))
竹内 一将(物理学専攻 准教授)
発表のポイント
- 非運動性細菌のコロニー成長過程において、「トポロジカル欠陥」とよばれる、細胞の向きが揃わない点があると、その点でコロニーの三次元成長が促進されることを発見した。
- トポロジカル欠陥は、巻き数という指標が+1/2のものと-1/2のものに分類される。運動性細胞に関する従来の知見と異なり、非運動性細菌では、±1/2の双方が細胞を引き寄せることがわかった。また、細胞の三次元的な傾きが生む極性秩序に基づき、本現象を説明した。
- 細菌の三次元的な塊であるバイオフィルムは、日常生活や、医療、産業の様々な場面で発生する。本成果は、バイオフィルム形成過程の理解や制御に向けた一助となる可能性がある。
発表概要
細菌は、しばしば固体表面に付着し、バイオフィルム(注1)と呼ばれる三次元的な塊を形成します。排水溝の“ぬめり”や歯垢などが身近な例ですが、医療器具では細菌感染、産業では腐食などの原因となるため、バイオフィルム形成過程の理解と制御は重要な課題です。一般に、細菌が固体表面上で増殖する際、コロニーと呼ばれる細菌の塊は、はじめは表面上を二次元的に成長し、ある程度細菌が密集すると三次元的な成長に切り替わります。この過程は、従来は力学的な観点から考察されてきました。
東京大学大学院理学系研究科の嶋屋拓朗大学院生(研究当時)と竹内一将准教授は、非運動性の大腸菌を用いて、表面を一様に覆うコロニーが三次元成長する際の初期過程を観察し、細菌細胞の向きの秩序が三次元成長に影響を及ぼすことを見出しました(図1)。
大腸菌などの多くの細菌は棒状の形をしており、密集すると棒の向きが揃いますが、ところどころ向きを揃えられない点が生じてしまい、その点は「トポロジカル欠陥」 (注2) と呼ばれています(図2)。
図1:本研究成果の概略図。トポロジカル欠陥の箇所に細菌が引き寄せられ、コロニーが局所的に隆起する。実際に隆起を観察したのは多層コロニーだが、本イラストでは簡略化して描いている。(イラスト:奈良島知行)。
図2:大腸菌コロニー最下層の共焦点顕微鏡写真(左)と2種類のトポロジカル欠陥(右)。中央の点の周りを時計回りに一周する際、+1/2欠陥では棒が時計回りに半回転するのに対し、-1/2欠陥では反時計回りに半回転する。
本研究により、トポロジカル欠陥が生じた箇所ではコロニーが僅かに隆起して高くなることが明らかとなり、それは欠陥が周囲の細胞を引き寄せるからだとわかりました。細胞を引き寄せる機構についても、細胞が基板に対して傾くことで生じる極性秩序(注3)に基づき、説明に成功しています。このように、細菌のコロニー成長を支える物理法則の理解を深めることで、バイオフィルム形成過程の理解や制御に近づけると期待されます。
発表内容
研究の背景
細胞には様々な種類がありますが、長細い形状を持つものも珍しくありません。真核細胞では、上皮細胞や神経幹細胞をはじめ多くの例がありますし、原核細胞では、大腸菌や枯草菌などの形状は棒そのものであり、桿菌と呼ばれています。このような異方的細胞は、密集すると棒同士の向きが揃い(図2)、これを配向秩序といいます。このように、数多くの棒が向きを揃えた状態は、物理学では液晶がその代表例として詳しく研究されています。もちろん、液晶分子と細胞には大きな違いがあり、中でも、細胞は自分自身で動き、成長し、増殖できる点は重要です。通常の分子にはない、これら「アクティブな」要素を加味して液晶の物理学を拡張した学問体系は、「アクティブ液晶」(注4) と呼ばれています。これが実は、細胞や細胞集団の理解に役立つことが近年相次いで報告されていて、大きな潮流となっています。中でも大事な概念が「トポロジカル欠陥」(図2)です。トポロジカル欠陥は、通常の液晶でも重要な存在で、多くの研究が行われてきました。それがアクティブ液晶では、単に欠陥が存在するだけでなく、細胞や生物に対して直接的な役割をすることが相次いで報告され、注目されています。例えば、神経幹細胞や、Myxococcus xanthusという細菌細胞の集団では、+1/2という種類の欠陥には細胞が集まり、-1/2という種類の欠陥からは細胞が逃げていくことが報告されています。一方で、従来のアクティブ液晶の研究は、活発に運動する細胞を対象とすることが多く、コロニーやバイオフィルムを形成する細菌細胞集団のように、運動より成長や増殖が支配的な対象で、配向秩序やトポロジカル欠陥が果たす役割については理解が進んでいませんでした。
研究内容
今回、非運動性の大腸菌を用い、基板表面を一様に覆うコロニーが三次元成長する際の初期過程を観察して、最下層の細胞集団に生じるトポロジカル欠陥(図2)と、コロニーの三次元形状との関係を調査しました。その結果、トポロジカル欠陥が生じている箇所では、コロニーの局所的な高さが僅かながら有意に高く、欠陥がコロニーの三次元形状に影響を及ぼすことがわかりました(図1イラスト参照)。そこで、欠陥が、周囲の細胞集団の流動に及ぼす影響を調べたところ、+1/2欠陥だけでなく-1/2欠陥も細胞を引き寄せる効果があるとわかりました。これは、神経幹細胞やMyxococcus xanthusのような運動性細胞集団で報告されていた従来知見と異なる結果であり、成長が支配的な非運動性の細胞集団に特有の性質である可能性があるため、アクティブ液晶の観点から仕組みを理解することが重要です。
本研究では、細胞成長の影響など、様々な観点から-1/2欠陥への細胞流入の仕組みの理解を試みました。結果、増殖による細胞数密度の上昇は重要でなく、むしろ細胞がひしめき合うことで水平面から向きが傾くこと(図3)、それによって「棒の両端のどちらが上か」という極性を棒が持つようになり、その向きが揃った極性秩序(注3)が出現することが本質であることを見出しました。極性秩序があると、その向きに応じて新たな力、極性駆動力が発生します。そこで、共焦点顕微鏡を用いた観察で極性秩序の向きと強さを実験的に測定し、欠陥の周りに働く極性駆動力を評価すると、-1/2欠陥に対しては欠陥に向かう内向きの力が発生していることがわかりました(図3)。そして、この極性駆動力を従来のアクティブ液晶理論に取り入れることで、-1/2欠陥に対する細胞流入や、欠陥周りの細胞流動の特徴などを説明することに成功しました。
図3:細胞の傾きに起因する極性秩序の概略(左)と、±1/2欠陥の周りに発生する極性駆動力(中央・右)。2通りの傾き方は、基板と棒のなす符号付角度θを測ることで識別できる。実際は様々なθの細胞が混在しているが、平均値が非ゼロとなっており、その意味で極性秩序が出現している。それに基づいて、±1/2欠陥周りに発生する極性駆動力を評価した結果が中央・右の図である。赤は外向き、青は内向きの力を表し、矢印は力の向きの全体的な傾向を表す。細胞には、極性駆動力のほか、アクティブさに由来する力と基板との摩擦力が働いており、これらの寄与を併せると、±1/2どちらの場合も(条件により)内向きの細胞流が生じることがわかった。
今後の展望
本成果は、細胞集団の挙動を、物理学、特にアクティブ液晶の立場から理解を試みる最近の世界的な潮流において、非運動性の細胞集団に適用対象を広げるとともに、その新奇な特徴を報告した点で興味深いものです。本研究で明らかになった極性秩序の出現と極性駆動力の発生は、細胞同士が互いに乗り上げるような混雑した細胞集団などで比較的一般に出現する可能性があり、今後の研究の進展が期待されます。また、細菌細胞集団のコロニー、バイオフィルム形成や、真核細胞組織なども含めた複雑な細胞集団の挙動について、トポロジカル欠陥のような物理学・数学の概念で理解できる側面があることは、生命現象を支える物理法則の理解を深め、それに基づいた制御の可能性を考えるうえでも大変示唆的であり、今回の成果はそのような科学的展開に貢献するものです。
本研究は、日本学術振興会による新学術領域研究(研究領域提案型)「情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理(領域代表:岡田康志)」における研究課題「高密度細菌集団の秩序創発・状態制御を司る熱統計力学原理の探求」(課題番号JP19H05800)、および科学技術振興機構(JST)さきがけ「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(研究総括:村上 修一)」研究領域における研究課題「液晶トポロジカル乱流の構造決定と負粘性材料科学の開拓(課題番号JPMJPR18L6)」のほか、日本学術振興会による科研費(課題番号JP20H00128, JP20J10682)の支援により実施されました。
発表雑誌
- 雑誌名
PNAS Nexus
論文タイトル
Tilt-induced polar order and topological defects in growing bacterial populations
著者
Takuro Shimaya and Kazumasa A. Takeuchi*
DOI番号
用語解説
注1 バイオフィルム
細菌は固体表面に付着して増殖し、無数の菌体が分泌物の膜に包まれた塊を作る。これをバイオフィルムという。日常生活や医療・産業分野で様々な問題を引き起こす厄介な存在であるが、生態系の重要な一角でもある。自然に生じるバイオフィルムは、多種多様な細菌や真菌等の微生物からなり、細菌の形状も棒状、球形、螺旋形など様々である。このように、バイオフィルムは本来きわめて複雑な対象であるが、本研究ではモデル実験系として、単一種の大腸菌によるコロニー成長過程を扱った。
注2 トポロジカル欠陥
ネマチック液晶と呼ばれる典型的なタイプの液晶は、通常棒状の分子で構成され、隣り合う棒が互いに向きを揃える配向秩序を持つ。ところが、必ずしも全ての棒が同じ向きを向くわけではない。図2右のように、ある点の周りで棒の向きが回転してしまうと、中央の点では棒の向きが定まらず、局所的に配向秩序が壊れた点が生じてしまう。これをトポロジカル欠陥と呼ぶ。二次元的な液晶のトポロジカル欠陥は、欠陥の周りで棒がどちら向きに何回転したかを表す「巻き数」という指標で分類でき、特に+1/2と-1/2のものが重要である(図2)。棒の向きの連続的な変化では巻き数は変わらず、トポロジカル欠陥は解消されないという特徴があり、連続変形では変わらない性質を扱う数学分野であるトポロジーの概念で記述される。
注3 極性秩序
通常の液晶は、細長い分子を棒とみなして記述する。棒には、矢印と違って頭と尻尾がなく、180°ひっくり返しても同じ状態とみなせる。その意味で、通常の液晶は非極性であり、これが液晶の物理学理論の重要な前提となっている。一方で、本研究では、棒状の細菌細胞が水平面に対して傾いて配向することを発見した(図3左のイラスト参照)。傾きがあると、棒の両端のどちらが上向きかによって、図3左の上下2状態が区別できるようになる。この2状態が等確率で実現していれば、全体としては相変わらず非極性だが、本研究の実験では一方の傾き方に偏っていることが明らかとなった。それをここでは極性秩序と呼んでいる。
注4 アクティブ液晶
液晶と同様の配向秩序を示しつつ、個々の粒子が自発的に運動したり、成長や分裂をしたりといった「アクティブ」な要素を併せもつような物質を、アクティブ液晶という。特に、最も基本的な種類の液晶であるネマチック液晶に対応するものはactive nematics と呼ばれ、本研究で扱った大腸菌などの細菌細胞集団のほか、上皮細胞組織、神経幹細胞集団、細胞骨格繊維など、様々な例が知られている。