骨格筋再生時の骨格筋 -マクロファージ相互作用を評価する簡便なモデルの確立に成功

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2023-05-24 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. マウス初代培養注1)細胞により、特殊な培養条件に依存しない骨格筋再生モデルを確立した。
  2. 本モデルによる骨格筋の再生には、マクロファージ注2)が大きく寄与した。
  3. リポ多糖 (LPS)注3)で前刺激をしたマクロファージは、未処理のマクロファージに比べ、本モデルによる骨格筋再生効率を低下させた。

1. 要旨
 加瀨直也 特定研究員(CiRA臨床応用研究部門)、齋藤潤 教授(CiRA同部門)らの研究グループは、特殊な培養条件に依存しない簡便な培養方法により、骨格筋再生効率とそれに対するマクロファージの寄与を評価することのできるモデルの確立に成功しました。
この研究成果は、2023年5月18日にスイス科学誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」に掲載されました。

2. 研究の背景
 骨格筋は高度な再生能力を有する組織として知られています。骨格筋の再生には免疫細胞の一種であるマクロファージが大きく寄与することが知られていますが、その詳細なメカニズムについては未だ全貌が明らかとなっていません。骨格筋再生とそれに対するマクロファージの寄与を試験管内で再現する方法はいくつか報告されていますが、いずれも特殊な培養条件に依存しており、広範な利用が難しいものでした。
そこで本研究グループは、簡便な平面培養により骨格筋再生とそれに対するマクロファージの寄与を評価可能な新たなモデルを確立するため研究を実施しました。

3. 研究結果
(1) マウス骨格筋由来の初代培養細胞は培養皿上で骨格筋再生を示す
骨格筋再生の簡便なモデルを確立するため、マウス骨格筋由来の初代培養細胞が培養皿上で再生能力を有するかを確かめました。新生児マウスより採取した骨格筋由来細胞を平面培養で骨格筋へ分化させた後、塩化バリウムの処理により傷害を与えると骨格筋構造が破壊されました (図1 損傷6時間後)。しかし、その後6日間培養を続けると破壊された骨格筋が再生されることを確認しました (図1 損傷6日後)。以上の結果は、マウス骨格筋由来初代培養細胞が、平面培養においても骨格筋の再生能力を有し、骨格筋再生を評価するモデルとなることが示されました。

骨格筋再生時の骨格筋 -マクロファージ相互作用を評価する簡便なモデルの確立に成功

図1 平面培養による骨格筋の再生過程
青色:細胞核 赤色:骨格筋細胞

(2)マクロファージは、平面培養における骨格筋再生効率に寄与する
上記のマウス骨格筋由来の初代培養細胞は、骨格筋の基となる筋芽細胞の他に、免疫細胞などを含んでいる可能性がありました。解析の結果、マクロファージが塩化バリウムによる骨格筋傷害直前及び再生完了後のいずれにおいても培養環境中に存在していることがわかりました (図2)。そこで、培養環境中のマクロファージが骨格筋再生効率に寄与したかを確かめるため、培養環境からマクロファージを除去した条件と、それに対し骨髄由来マクロファージ注4)を追加した条件を用意し、再生効率を評価しました。その結果、マクロファージを除去すると骨格筋の再生効率が有意に低下し、そこへ骨髄由来マクロファージが加わるとその再生効率は有意に回復することがわかりました (図3)。以上の結果から、本モデルの骨格筋再生効率にマクロファージが寄与していることが明らかとなりました。

図2 培養環境中のマクロファージの検出
赤枠内の細胞がマクロファージ

図3 マクロファージ有無による骨格筋再生効率の変化
青色:細胞核 赤色:骨格筋細胞

(3) マクロファージに対するLPSの前刺激は、平面培養における骨格筋再生効率を低下させる
研究グループは、本モデルがマクロファージの表現型の違いによる骨格筋再生効率への影響を評価するのに妥当なモデルかを確かめました。LPSは、マクロファージを活性化する代表的な分子であり、多くの遺伝子発現に変化をもたらすことが知られています。刺激を与えていないマクロファージとLPSで前刺激をしたマクロファージを用意し、両者を本モデルに加えることで、その再生効率への寄与を確かめました。その結果、LPSで前処理をしたマクロファージは、未処理ものに比べその骨格筋再生効率への寄与が有意に低下していることがわかりました (図4)。さらに、その遺伝子発現をトランスクリプトーム解析注5)により調べると、LPSで前処理をしたマクロファージは、未処理のものに加え細胞外マトリクス注6)の産生が増加していることがわかりました (図5)。以上の結果から、LPSで前処理をしたマクロファージは、過剰な細胞外マトリクスの産生により、骨格筋再生効率の低下に寄与したことが示唆されました。

図4 LPSの前処理による骨格筋再生効率の変化
青色:細胞核 赤色:骨格筋細胞

図5 トランスクリプトーム解析による発現変動遺伝子の検出

LPSで前処理をしたマクロファージで発現が上昇した遺伝子群。赤枠が細胞外マトリクスの関連遺伝子。

4. まとめ
 本研究では、マウス骨格筋由来の初代培養細胞を用いることで、簡便な平面培養により骨格筋再生モデルを確立することに成功しました。また本モデルは、さまざまな表現型を持つマクロファージに対し、その骨格筋再生効率への寄与を評価することが可能であることがわかりました。特に、LPSで前処理をしたマクロファージにおいては、未処理のものに加え骨格筋再生効率への寄与が低下し、その原因として過剰な細胞外マトリクスの産生が示唆されました。
本研究で確立されたモデルは平面培養という簡便な方法で骨格筋再生を評価できるため、さまざまな疾患解析や創薬スクリーニング注7)などに応用されることが期待されます。また、本モデルで明らかとなったように、マクロファージの種々の刺激による表現型の変化は、骨格筋再生効率への寄与を変化させる可能性があります。今後詳細な研究が進むことにより、マクロファージが骨格筋関連疾患の有効な治療標的となる可能性が示唆されます。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    A concise in vitro model for evaluating interactions between macrophage and skeletal muscle cells during muscle regeneration.

  2. ジャーナル名
    Frontiers in Cell and Developmental Biology
  3. 著者
    Naoya Kase1*, Yohko Kitagawa1, Akihiro Ikenaka1, Akira Niwa1, and Megumu K. Saito1**
    * 筆頭著者
    ** 責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門

6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 科学技術振興機構「次世代研究者挑戦的研究プログラム」 (JPMJSP2110)
  2. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」(JP21bm0104001)
  3. AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム」(JP21bm0804004)
  4. 公益財団法人テルモ生命科学振興財団「研究開発助成」
  5. iPS細胞研究基金

7. 用語説明
注1) 初代培養
生体から得られた細胞や組織を試験管内で増殖させる最初の培養のこと。

注2) マクロファージ
白血球の一種であり、全身の組織に広く分布している。食作用や抗原提示による免疫機能を担う他、組織の修復に重要な役割を果たすことが知られている。

注3) リポ多糖 (LPS)
グラム陰性細菌の細胞壁に存在しており、糖と脂質が結合した構造をしている。マクロファージを活性化させる。

注4) 骨髄由来マクロファージ
骨髄より採取した細胞から、培養皿上で分化させたマクロファージ

注5) トランスクリプトーム解析
細胞内の遺伝子発現を網羅的に把握するための手法。

注6) 細胞外マトリクス
組織において細胞と細胞の隙間を埋める不溶性の生体高分子。組織や臓器を支える役割や、細胞に対して生理活性作用を有する。

注7) 創薬スクリーニング
疾患の治療薬の探索のため、大量の化合物をロボットなどの自動化技術により網羅的且つ効率的に評価する方法。

細胞遺伝子工学
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