里山の赤トンボが生息地ネットワークを形成するための地理的条件を解明~保全に必要な生息地同士のつながりを再生するために~

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2024-03-05 森林総合研究所

ポイント

  • 里山に生息する赤トンボの一種ミヤマアカネは近年全国的に激減しており、各生息地における集団の孤立が懸念されています。
  • 保全に必要な生息地同士のつながり(生息地ネットワーク)が各地でどれだけ劣化・消失しているかを、ゲノムワイドなDNA解析により確かめました。
  • 成虫が移住できる距離は約5km以内であり、生息地の周囲1km以内に草地が多いほど、移入してきた個体が定着しやすいことが示されました。
  • 本成果は、ミヤマアカネの保全に必要な生息地ネットワークを再生する際の指標となります。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所らの研究グループは、近年全国的に激減している里山の希少種ミヤマアカネ(トンボ目:トンボ科)のDNAをゲノムワイドに解析することで、保全に必要な生息地同士のつながり(生息地ネットワーク)が全国各地でどれだけ劣化・消失しているのかを確かめ、つながりの再生に必要な地理的条件を解明しました。具体的には、(1)過去には全国の生息地が広くつながっていたが、現在ではほとんどの生息地において集団が孤立していること、(2)成虫は約5km以内の距離を移住でき、生息地の周囲1km以内に草地が多いほど、移入してきた個体が定着しやすいこと(図1)を遺伝的な証拠に基づいて示しました。本成果は、本種の保全に必要な生息地ネットワークを里山空間で再生する際の指標となります。ただし、生息地ネットワークの再生においては、地域固有の集団を他の集団と混在させないよう、遺伝的多様性の保全に配慮することも必要です。

本研究成果は、2023年12月8日に保全生物学分野の国際科学誌Conservation Geneticsのオンライン版に公開されました。

背景

里山に生息する赤トンボの一種ミヤマアカネは、草地に囲まれた小川や水田水路の緩やかな流れに生活する水辺の昆虫です(図2)。かつては全国の水田地帯にごく普通に見られましたが、水田の圃場整備や河川改修によって幼虫(ヤゴ)の生息に必要な緩やかな流れが失われ、本種は1970年代以降、全国各地で激減しています。本種は赤トンボの中でも移動性が低いとされており、各地域の生息地において集団の縮小・孤立が懸念されます。

集団が縮小・孤立した場合、遺伝的多様性の低下が急速に進むことで、集団を存続できずに絶滅してしまうリスクが高まります。そのリスクを軽減するためには、生息地同士のつながり(生息地ネットワーク)を再生し、生息地の間を個体が行き来できるようにすることが重要と考えられます。しかし、本種の生息地ネットワークが過去からどれだけ劣化・消失したのか、またどのような条件でつながりが形成されるのかは解明されていませんでした。

そこで本研究では、次世代シーケンサーを使ったゲノムワイドな遺伝解析手法を利用して、ミヤマアカネの遺伝的多様性を評価し、国内における生息地ネットワークの歴史的な変遷や、生息地ネットワークを形成するための地理的条件を調べました。

里山の赤トンボが生息地ネットワークを形成するための地理的条件を解明~保全に必要な生息地同士のつながりを再生するために~

図1.本研究で明らかとなったミヤマアカネの生息地ネットワーク形成のための地理的条件。成虫が移住できる約5km以内の距離に他の集団があり、かつ多くの草地(水田やゴルフ場を含む)に囲まれた生息水域を保全・創出することで、生息地ネットワークの再生が期待できる。

左、里山に生息する赤トンボの一種ミヤマアカネと、右、本流脇にある丈の低い草地、流れ際の水たまりなどの生息環境の写真

図2. ミヤマアカネの雄成虫(a)とミヤマアカネの生息環境(b)。

内容

本州~九州で発見したミヤマアカネの23集団(図3a)について、RADSeq1)という手法で集団遺伝解析を実施して遺伝的多様性を評価し、国内における生息地ネットワークの歴史的な変遷や、生息地ネットワークを形成するための地理的条件について解析しました。

【過去の生息地ネットワークは全国規模だった!一部地域の遺伝的固有性も明らかに】

図3bには、集団間の遺伝的な違いを平面上の距離として表現したグラフを示しています。図の右下部分には、遠く離れた東北、北陸、中部、九州の集団が集合していることから、これらの集団は遺伝的に近いことが分かりました。かつて全国に多数の生息地が存在していた時代には、遠く離れた集団同士であっても、何世代にもわたる移住の連鎖によって遺伝的につながっていたのだろうと考えられます。一方、意外なことに、兵庫県の一部の集団(図3b左中央)と滋賀県の集団(図3b右上)は、地理的には近いのに遺伝的には最も離れているという興味深い結果も得られました。これらの集団は、近畿地域で50万年ほど前に起こった地殻変動(六甲変動および琵琶湖形成)の中で、隆起した山地等に囲まれて長く隔離されたことにより、固有性が高まった集団(地域固有の遺伝集団)と考えられます。

左、本州~九州で発見したミヤマアカネの23集団と、右、集団間の遺伝的な違いを平面上の距離として表現したグラフ

図3. (a) ミヤマアカネの集団が発見された東北から九州の23地点の地図。

(b) 集団間の遺伝的な違い(距離)を2次元平面上に表す主成分分析2)のプロット。第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)にはそれぞれ全体の遺伝的なばらつきの9.66%、7.95%が要約されている。記号のアルファベットは県名の頭文字を表している。

【現在の生息地ネットワークは分断されている!生息地のつながりを再生する条件の提案】

調査した23集団の間では、移住の遺伝的な証拠となる「遺伝子流動3)」が距離約5km以内の生息地間でわずかに認められましたが、全体としてはほとんど移住が起こっておらず、多くの生息地において集団が孤立していることが明らかになりました。一方で、個体の移住の程度や集団の安定性などを指標する「塩基多様度4)」の値は、生息地の周囲1km以内の草地(水田やゴルフ場を含む)の面積と正に相関しました(図4)。このことは、生息地の周囲に草地が多いほど、移入してきた個体が定着しやすいことを示唆しています。その他、森林面積や標高、河川密度などは移住・定着のしやすさに影響しないことも分かりました。

以上の結果から、生息地が激減している現在、各地で消失したミヤマアカネの生息地ネットワークを再生し、かつての移住の連鎖が再現されるようにするためには、(1)5km以内に他の集団が存在し、(2)周囲1km以内に草地が多い場所で生息水域を保全・創出するのが効果的であると言えます(図1)。ただし、近畿地域に見られるような地域固有の集団は保全単位として重要であるため、ネットワークの再生を地域内にとどめておくなど、遺伝的多様性の保全に配慮することが必要です。

個体の移住の程度や集団の安定性などを指標する値と、生息地の周囲1km以内の草地の面積の関係を示すグラフ

図4. 塩基多様度4)と周囲1km以内における草地面積の関係。

灰色の点は実際のデータ(個体数が4以上の17集団)を、黒色の線は統計モデルによる推定を示している。

今後の展開

今回、赤トンボの一種ミヤマアカネが生息地ネットワークを形成するための地理的条件を具体的に示すことができました。赤トンボは身近で親しみやすい昆虫であるため、本成果による生息地ネットワークの再生は、行政や企業、市民による生物多様性の回復や環境保全の取り組みなどにも取り入れやすいものと考えられます。また、本研究の成果は、個体数を増やすために他地域の赤トンボを人が持ち込んで放すような取り組みが、長い時間をかけて蓄積された地域の遺伝的固有性や生息地ネットワークそのものを破壊しかねない行為であることも示しています。

近畿地域では地史との関連が示唆される地域固有の集団が見つかりました。今後は、当該地域における移動性の低い水辺生物の遺伝的固有性に関するさらなる研究が必要です。

論文

論文名:Conservation genomics of an endangered floodplain dragonfly, Sympetrum pedemontanum elatum (Selys), in Japan(氾濫原性の希少種ミヤマアカネの保全遺伝学的研究)

著者名:Wataru Higashikawa, Mayumi Yoshimura, Atsushi J. Nagano(龍谷大学・慶応義塾大学), Kaoru Maeto(神戸大学)

掲載誌:Conservation Genetics

DOI:10.1007/s10592-023-01595-2

研究費:科学研究費補助金(17J00154, 23K17071)、河川基金(2021-5211-009)

用語解説

*1 )RADSeq(Restriction-site Associated DNA Sequencing)

ゲノムDNAの特定の塩基配列を制限酵素によって切断し、切断部位の近傍に見られる一塩基多型(Single nucleotide polymorphism, SNP)と呼ばれる変異を多数抽出する手法です。集団間におけるSNPの類似性をもとにして、集団同士の遺伝的な違いを分析することができます。本研究では、約20,000個のSNPsを参照しました。

*2 主成分分析

データのばらつきに多くの要因(変数)が関与するとき、それらの要因を要約した主成分(Principal Component, PC)を用いて、主成分を軸とする空間上にデータを並べる分析手法です。図3bでは2つの主成分(PC1, PC2)による2次元平面上に調査した集団を並べています。

*3 遺伝子流動

ある集団から別の集団へ遺伝子が移動すること。遺伝子の移動は個体の移動を示すことから、遺伝子流動は集団間における個体の移住を示す指標として用いられます。

*4 塩基多様度

ランダムに抽出した2つの塩基配列の間で異なっている塩基の割合のこと。2つの塩基配列の間で異なる塩基の割合を、すべての組み合わせに対して計算した際の平均値として表され、個体の移住の程度や集団の安定性などを示す指標として用いられます。

お問い合わせ先

研究担当者:

森林総合研究所 九州支所 研究員 東川航

広報担当者:

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

Tel: 029-829-8372

E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

関連資料
生物環境工学
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