2024-03-18 東京大学
チグリアンジテルペンはトウダイグサ科およびジンチョウゲ科の植物から単離される天然物です。この天然物群に属する化合物は、高度に縮環した5/7/6/3員環(ABCD環)からなる複雑な炭素骨格上に多数の酸素官能基を有しています。化合物ごとにB環の酸化様式およびC環のアシル化様式が異なっており、これがチグリアンジテルペン類に多様な生物活性をもたらします。特にヒト免疫不全ウイルス(HIV)潜伏感染細胞を再活性化する能力は、今なお世界規模で蔓延しているHIV感染症の根治に向けた新規治療戦略の根幹をなすものとして注目を集めています。今日実用化されている抗HIV薬は高い抗ウイルス活性を示しますが、潜伏期HIVを排除できないため、HIV感染者は生涯にわたって薬剤を服用する必要があります。したがって、HIV潜伏感染細胞を再活性化剤で活性化させたのち排除する「Shock and kill」アプローチは、HIVを体内から完全に排除できる可能性を持っています。また、複雑な三次元構造を有するチグリアンジテルペン類を有機合成化学によって網羅的に合成することは、有機合成化学上、極めて挑戦的な課題であるとともに、天然物を基盤とした未踏創薬領域の開拓に大きく貢献します。
今回、東京大学大学院薬学系研究科の渡邉歩 大学院生(研究当時)、長友優典 講師(研究当時)、廣瀬哲 大学院生(研究当時)、彦根悠人 大学院生、井上将行 教授の研究グループは、環縮小反応による三員環形成によりチグリアンジテルペンであるホルボールの全合成を達成しました。続いて、ヒドロキシ基の反応性の違いを利用したアシル化、一重項酸素を用いた位置・立体選択的な酸化、基質の三次元構造の精密な制御によるエポキシ化を組み合わせることにより、ホルボールからアセリフォリンAを含む11種類のチグリアンジテルペンの世界初となる網羅的全合成を実現しました。さらに、熊本大学大学院生命科学研究部の岸本直樹 助教、三隅将吾 教授らの研究グループとの共同研究により、全合成した12種類のチグリアンジテルペンのうち7種類が強力なヒト免疫不全ウイルス(HIV)潜伏感染細胞の再活性化能を示すことを見出しました。そのうちの5種類は、HIV再活性化剤として知られるプロストラチンよりも200から300倍の強力な再活性化能を有します。
高度に縮環した炭素骨格の構築と、合理的な酸素官能基導入法を駆使して今回確立された本全合成法は、有機合成化学の発展に寄与します。さらに本戦略の応用により、チグリアンジテルペンを基盤とした多種多様な誘導体の合成が可能となり、「Shock and kill」アプローチを一層推進させる創薬シード化合物の創出が期待されます。
論文情報
Ayumu Watanabe, Masanori Nagatomo, Akira Hirose, Yuto Hikone, Naoki Kishimoto, Satoshi Miura, Tae Yasutake, Towa Abe, Shogo Misumi, and Masayuki Inoue*, “Total Syntheses of Phorbol and 11 Tigliane Diterpenoids and Their Evaluation as HIV Latency-Reversing Agents,” Journal of the American Chemical Society: 2024年3月14日, doi:10.1021/jacs.4c01589.
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