小児悪性脳腫瘍の進展に関わる鍵となる遺伝子を発見~がん化にともなうゲノム構造変化の理解からの治療戦略づくり~

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2024-06-04 国立精神・神経医療研究センター,キュリー研究所,公益財団法人がん研究会,名古屋市立大学

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 病態生化学研究部(部長・星野幹雄)の川内大輔室長(現・名古屋市立大学大学院 医学研究科 脳神経科学研究所・教授)と、フランスのキュリー研究所Olivier Ayrault博士、および公益財団法人 がん研究会がん研究所の丸山玲緒プロジェクトリーダーとの国際共同研究により、代表的な小児悪性脳腫瘍の一つである『髄芽腫』において、起源細胞とがんの間でゲノム構造の変化を比較することで、髄芽腫がん遺伝子の発現を制御する新たな分子NFIBを同定しました。さらに、この分子を薬理的に阻害することで、腫瘍の増殖を効果的に抑制できることが示されました。この発見は、髄芽腫の治療法の開発に大きく寄与するものです。
がんは様々な要因で細胞の遺伝子が傷つき、変化することで増殖が制御できなくなった結果生じる疾患です。小児脳腫瘍は脳ができる発生の過程で脳細胞の遺伝子(ゲノム)情報に異変が生じると考えられています。これらの細胞は、それぞれが独自の遺伝子活動パターンを持っており、それによって細胞の成長や発達の違いが生まれます。これらの遺伝子活動の違いを引き起こす主な要因は、「エピゲノム」と呼ばれる遺伝情報の修飾です。このゲノム修飾メカニズムが破綻することにより、個々の細胞は増殖や分化に異常をきたすことが報告されています。これは正常細胞だけに起こるものではなく、がん細胞特有のエピゲノム形成機序の破綻は逆にがん細胞の増殖と生存に影響を与える可能性が考えられます。このエピゲノムのメカニズムを理解することで、新しいがん治療のターゲットを見つけることが期待されています。
脳腫瘍においてもがんの種類に応じて共通するDNAのメチル化修飾などエピゲノムが報告され、診断に利用されるようになりました。しかしながら、特定のがんの細胞特有のエピゲノムの特徴を捉えるのは、がん細胞の元の細胞のエピゲノム情報が必要であるため、ヒト検体を用いた研究では解決が困難でした。
そこで本研究では上記の国際共同研究により、ソニックヘッジホッグ(SHH)型髄芽腫マウスモデルを用いて、髄芽腫細胞とその起源細胞である小脳顆粒細胞前駆体(GNP)、そこから派生する前がん病変(Preneoplastic cell: PNC)のヒストンに巻き付いたDNA(クロマチン)の状態を解析し、PNCおよびがん細胞で特異的にヒストンへの巻きつきが解け遺伝子の転写が可能になる(オープン)クロマチン領域を同定しました。この領域では、特にNFIファミリー転写因子の結合ドメインが濃縮しており、ファミリーに属するNFIAやNFIBの発現が確認されました。髄芽腫モデル動物において、この分子の発現を抑制するとPNCや腫瘍の形成が阻害されました。また分子レベルの解析から、NFIAやNFIBはがん細胞で特異的にオープンである領域に結合することで、髄芽腫の増殖に必須の遺伝子群を制御していることが明らかになりました。さらに、ヒト患者由来腫瘍移植(PDX)モデルに対しても、NFIファミリー分子の発現を阻害することで抗腫瘍効果が観察されNFIファミリー分子は髄芽腫の治療標的の候補と考えられます。実際、最近報告されたNFIBの機能阻害剤がSHH阻害剤との併用で髄芽腫の増殖を抑制することも見出しました。以上の結果は、これまで治療が困難であったタイプのSHH型髄芽腫に対しての新しい治療戦略を確立する一助となることが期待されます。
本研究成果は、科学誌「Developmental Cell」オンライン版に、米国東部標準時・夏時間2024年6月3日午前11時(日本時間2024年6月4日午前0時)に掲載されました。

研究の背景

髄芽腫は代表的な小児悪性脳腫瘍であり、最も多角的にがんの詳細な解析(オミクス解析)が進んでいます。この腫瘍は大きく4つの亜群に分類され、その中のSHH型髄芽腫は全髄芽腫の約30%を占めます。この腫瘍の起源細胞であるGNPの増殖はSHHシグナルにより刺激されますが、遺伝子変異によるこのシグナルの異常な活性化により、腫瘍形成が開始されることがわかってきています。しかしながら、近年の研究からSHHシグナルに加え、新たな二次的変異ががんの悪性転換を促進することが知られ、ゲノム構造に変化をもたらす因子(クロマチン制御因子)群に多くの変異が発見されています。このことから、がん特有のゲノム構造を作り出すことががんの進展に重要であり、それを壊すアプローチがより広い亜群を対象とした新たな治療戦略となりうることが考えられます。しかし、これまでに髄芽腫特有のゲノム構造を作り出す機構はほぼ知られていません。このため、がんのエピゲノム形成機構を基盤とした治療標的の探索が期待されています。

研究の内容

(1)SHH型髄芽腫モデルにおけるゲノム解析からNFIファミリーが腫瘍進展に関わることを発見
SHH型髄芽腫はPtch1遺伝子の欠損によってトリガーされることが知られています。そこで研究グループは、マウス個体の小脳表層に存在する小脳顆粒細胞に対して、電気穿孔法によりsgPtch1spCas9遺伝子を導入してPtch1遺伝子をノックアウトし、腫瘍を誘導する系を確立しました。特にこの系で腫瘍の進展を時間経過とともに観察しやすくするためにAtoh1EGFPマウスを利用して、変異細胞をEGFPで遺伝学的に標識し、生後7日目、生後28日目、成獣マウスの時期に、それぞれEGFP陽性のGNP、PNCおよびがん細胞をFACSにより回収しました(図1A)。これらの細胞のオープンクロマチン状態を解析したところ、PNCおよびがん細胞でクロマチンが開いている領域にはNFIファミリータンパク質の結合ドメインが有意に多く存在していることがわかりました (図1B)。この結果から「NFIファミリー分子が髄芽腫の形成過程で重要な役割を担っている」との仮説を立て、sgPtch1spCas9遺伝子に加え、sgNfiaやsgNfibを同時に遺伝子導入してノックアウトした結果、前がん形成が阻害されることが明らかになりました(図1C)。さらに、マウス髄芽腫細胞において短ヘアピンRNAによりNfiaあるいはNfib遺伝子の発現を阻害すると、腫瘍を移植された免疫不全マウスの寿命が伸びることが明らかになりました(図1D)。以上のことから、NFIファミリータンパクがSHH型髄芽腫の腫瘍形成の初期過程だけでなく腫瘍進展にも重要であることがわかりました。
小児悪性脳腫瘍の進展に関わる鍵となる遺伝子を発見~がん化にともなうゲノム構造変化の理解からの治療戦略づくり~
図1: (A)SHH型髄芽腫の発達過程の模式図。(B) 各段階で特異的なオープンクロマチン領域を示したヒートマップ。 (C)生後5日目に電気穿孔法で遺伝子導入した生後28日目のAtoh1EGFPマウスの小脳に生じたEGFP+前がん病変。スケールバー=1mm。 (D)マウス髄芽腫細胞に短ヘアピンRNAを発現させたのち移植した免疫不全マウスの生存曲線。***p < 0.001。

(2)NFIファミリー転写因子ががんゲノムに特徴的な領域に結合して、がん遺伝子を調節することを発見
次に本研究グループはGNP、PNCおよびがん細胞におけるNFIA、NFIBの実際の結合部位を解析し、PNCおよびがん細胞でNFIA、NFIBが結合している領域と、クロマチンが開いている領域とが有意に重なることを明らかにしました(図2A)。これらの領域は、Sox1Atoh1といったがん遺伝子のプロモータ領域を含んでおり、NFIファミリー因子ががん遺伝子を調節している可能性が示唆されました。さらに、GNP、PNCおよびがん細胞のシングルセル解析を行い、各遺伝子とそれぞれの遺伝子発現を調節する制御領域を明らかにしました。その結果、PNCおよびがん細胞でクロマチンが開き、かつNFIファミリー転写因子が結合しているゲノム領域は、細胞周期に関連する遺伝子の発現制御領域であることがわかりました(図2B)。以上から、NFIファミリー転写因子が、がんゲノムに特徴的な領域に結合することで、がん遺伝子の発現を促進していることがわかりました。

図2: (A)各段階で特異的にNFIファミリー転写因子が結合しているゲノム領域を示したヒートマップ(左)と、それらの領域と各段階に特異的なオープンクロマチン領域との重なりを示したヒートマップ(右)(B)シングルセル解析により同定した遺伝子発現制御領域と、各段階でのNFI転写因子が結合かつオープンな領域との重なりを示したベン図(左)と、その標的遺伝子を対象としたKEGG解析(右)。

(3)NFIファミリー転写因子がヒト髄芽腫の治療標的になりうる
次に本研究グループはマウスモデルで観察されたNFIファミリータンパク質のshRNAノックダウンによる抗腫瘍効果がヒト腫瘍でも観察されるかどうかを検証しました。ヒト腫瘍モデルとして、SHH型髄芽腫の患者由来腫瘍移植(PDX)モデルを用いました。マウスの場合と同様にヒト腫瘍でもNFIファミリータンパク質をshRNAで阻害すると、特にNFIBで顕著にクロマチンの開閉状態が変化しました(図3A)。このことからNFIBががんのエピゲノム維持に大きく関わっていることが示唆されます。また、ヒト細胞の場合もNFIファミリータンパク質のshRNAノックダウン後に免疫不全マウスに移植すると、腫瘍進展が阻害されました (図3B)。以上の観察から、NFIファミリータンパク質がSHH型髄芽腫の治療標的となりうることが示唆されました。

図3: (A)ヒトPDX細胞及びマウスがん細胞株でNFIファミリー転写因子をノックダウンした際に、クロマチン状態が変化する領域数。 (B) ヒトPDX細胞に短ヘアピンRNAを発現させたのち移植した免疫不全マウスの生存曲線。****p < 0.0001。

(4)NFIB機能阻害剤がSHH型髄芽腫に対して抗腫瘍効果を持つ
最後に本研究グループはNFIファミリータンパク質を薬理的に阻害して抗腫瘍効果を引き起こせる可能性を検証しました。最新の研究で、NFIBの388番目のアルギニン残基のメチル化がNFIBの機能に必須であることが報告されていることから、アルギニン残基のメチル化酵素CARM 1の阻害剤であるTP064の抗腫瘍効果を解析しました。その結果、マウスの腫瘍モデルでSHH阻害剤と組み合わせた際に相乗効果による強力な抗腫瘍効果が確認されました(図4A)。また、興味深いことに、単独ではSHH阻害剤とTP064に対して抵抗性を示すヒトのSHH型髄芽腫も、これらを併用することで抗腫瘍効果が得られることが明らかになりました(図4B)。これらの結果から、エピジェネティック薬と分子標的薬の併用療法の有効性が示され、エピゲノムの理解から導かれた新しい治療戦略が開発されることが期待されます(図4C)。

図4: (A)SHH阻害剤(GDC)とCARM1阻害剤(TP064)の薬剤併用によるマウス髄芽腫細胞の抗腫瘍効果を表すヒートマップ。*p <0.05; **p < 0.001; ***p < 0.0001。(B) GDC-0449とTP064存在下でのヒトPDXモデルの細胞増殖曲線。****p < 0.0001。(C)本研究での発見の概念図。

今後の研究展開および波及効果

本研究では、SHH型髄芽腫における新しい治療標的候補分子としてNFIファミリーを報告しました。また、同時にエピゲノムの理解により、遺伝子変異によらないがんに重要な治療標的の同定に成功したマイルストーンとなる研究といえます。この研究アプローチは、SHH型髄芽腫だけではなく、異なるタイプのがんに対しても有効なため、今後、様々ながん種で新しい治療標的の同定が加速することが期待されます。

掲載雑誌名・DOI

掲載誌: Developmental Cell
DOI:10.1016/j.devcel.2024.05.013

論文タイトル・著者

タイトル: Cancer-Specific Epigenome Identifies Oncogenic Hijacking by Nuclear Factor I Family Proteins for Medulloblastoma Progression
著者:白石椋*、Gabriele Cancila*、粂川昂平*、Jacob Torrejon、Irene Basili、Flavia Bernardi、Patricia Benites Goncalves da Silva、Wanchen Wang、Owen Chapman、Liying Yang、蛇見真紀、西谷佳代、新井幸美、Zhize Xiao、Hua Yu、Valentina Lo Re、Véronique Marsaud、Julie Talbot、Bérangère Lombard、Damarys Loew、神宮真歩、Konstantin Okonechnikov、曽根雅紀、本橋紀夫、青木吉継、Stefan M. Pfister、Lukas Chavez、星野幹雄、丸山玲緒**、Olivier Ayrault**、川内大輔**
* 筆頭著者、** 責任著者

主な競争的研究資金

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業(JP22ck0106534 川内)、次世代がん医療創生研究事業(JP23ama221129 川内、丸山)の支援を受けました。

お問い合わせ

「研究内容に関するお問い合わせ」
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
公立大学法人 名古屋市立大学大学院医学研究科
教授 川内大輔(かわうち だいすけ)

公益財団法人 がん研究会
がん研究所がんエピゲノムプロジェクト
NEXT-Gankenプログラム
プロジェクトリーダー 丸山玲緒(まるやま れお)

「取材に関するお問い合わせ」
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室

公益財団法人 がん研究会
社会連携部 広報課

名古屋市立大学 病院管理部経営課

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