他人の選択を考慮する意思決定の脳回路~他人のありそうな選択となさそうな選択を区別する脳の仕組み~

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2024-08-24 理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 学習理論・社会脳研究チームの中原 裕之 チームリーダー、ニン・マ 研究員(研究当時、現 客員研究員)らの研究チームは、他人の選択を予測して自らの意思決定に生かす脳回路の働きを明らかにしました。

本研究成果は、他者を考慮する社会的な意思決定の脳の働き、その脳内情報処理の理解、ひいては社会性脳機能に関わる脳疾患の機序の解明と治療法開発あるいは社会知性を持つエージェントの実現を目指すAI研究の基礎に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)[1]を用いた実験を行い、その実験データを意思決定に関する脳計算モデル[2]を使って解析することで、他人の選択を予測し、意思決定を行う主要な脳回路を特定しました。特に、他者の選択の予測において、ありそうな他者選択にもとづく自らの意思決定と、なさそうな他者選択にもとづく自らの意思決定がそれぞれ別の脳部位で処理されること、その両者から最終的な自らの意思決定に至るまでに、両者の働きを他者予測の確からしさに応じて調整が自動的に働いていることを見いだしました。

本研究は、科学雑誌『The Journal of Neuroscience』オンライン版(8月23日付:日本時間8月24日)に掲載されました。

背景

私たちの日常の社会生活で、他者の行動や選択を予測した上で自らの意思決定を行う場面は多岐にわたります。しかも、当たり前のことですが、他者の選択を事前に完璧に予測することは不可能です。すなわち、そのような意思決定において、実は私たちの脳は他者選択の予測を一つだけでなく複数(たとえば、「ありそうな選択」と「なさそうな選択」)行い、それらを自らの意思決定に生かしているはずです。今までも、社会脳の研究において、他者行動の予測に関わる脳の働きは調べられてきましたが、この複数の他者選択の予測を生かした意思決定の神経メカニズムについてはよく分かっていませんでした。この神経メカニズムは、私たちの社会行動の土台であり、人間の社会性を理解する上で極めて重要であると考えられます。

そこで、研究チームは、他者の選択が自らの選択の良し悪しに影響を与えるような意思決定課題を作成しました。その課題をfMRI(機能的磁気共鳴画像測定)スキャナーの中で実験の被験者に行ってもらいました。その行動データと脳活動データを、意思決定に関する脳計算モデルにより統合して解析する「脳計算モデル化解析」という手法で解析しました。これにより、他者の選択を考慮する意思決定の脳回路を調べました。

研究手法と成果

実験では、実験参加者(被験者:20~28歳の男女48人)に、fMRIスキャナーの中で以下の3種類の選択課題を行ってもらいました。すべての課題で、左右に提示される二つのくじから一つを選択することになります(図1)。それぞれの選択肢には、当たりやすさと当たった場合の報酬量が示されています。3種類の課題のうち、一つがメイン課題で残りの二つはコントロール課題です。コントロール課題の一つ「選択課題」では、実験参加者は自分の報酬を最大化するように、くじを選択しました。もう一つのコントロール課題は「他者課題」で、他者がそのくじで選択をするときに実験参加者はその他者の選択を予測して、くじを選択しました(その予測が当たっていたら報酬がもらえます)。そして、「メイン課題」では、これらの選択課題と他者課題が組み合わされています。この課題では、他者の選択により自分の報酬量が変化します。そのため、実験参加者は他者の選択を予測することで自分の報酬を最大化するように、くじを選択しました。

これら三つの課題での実験参加者の選択行動を意思決定の脳計算モデルで解析し、そのモデルの主要変数を用いて脳活動を調べることで、他者の選択予測にもとづく意思決定の脳回路を調べました。

他人の選択を考慮する意思決定の脳回路~他人のありそうな選択となさそうな選択を区別する脳の仕組み~
図1 実験の概要

実験参加者(被験者)48人は、fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)の中で三つの課題を行う。全ての課題では二つのくじ(選択肢)が示され、実験参加者は課題に応じて、自己の報酬を最大化するように二つのうちから一つのくじを選択する。上の図は、提示される二つのくじ(選択肢)を示す。三つの課題は、コントロール課題の「選択課題」、「他者課題」の二つと、メイン課題(「選択課題」と「他者課題」の組み合わせ)であり、上図のように選択肢の提示画面は共通しているが、各課題で利用する情報が異なる(図中の説明を参照)。なお、実験では、各試行で三つの課題のうちからランダムに一つの課題が示される。そして多数の試行が行われることで、実験参加者はまんべんなく三つの課題を行った。

実験参加者の選択行動の解析[3]で特筆すべきは、メイン課題の結果です。このメイン課題では、他者の選択の予測が必要ですが、このとき他者の選択は二択です。予測が簡単なときには、その予測にもとづいた自分の報酬を最大化するような自己選択をする傾向を確認しました。その一方で、他者の選択を予測するのが難しいときには、他者の両方の選択それぞれに応じた自己選択の傾向がともに(ただしともに傾向の程度は弱まった状態で)観察されました。さらに、この実験課題の特徴――他者の選択は自分の選択肢の報酬の大きさに変更を加えるが、報酬そのものの当たりやすさ(報酬確率)には影響しないこと――を利用した解析を行いました。その結果、他者予測が困難なときには、自らの報酬量にもとづいた意思決定の変数が、他者のありそうな選択となさそうな選択の両方に影響されているという裏付けを確認できました。なお、反対に報酬確率にもとづいた意思決定は、他者のありそうな選択となさそうな選択には影響を受けないことも確認できました。

これらの行動データの解析にもとづいて、他者選択の予測を反映する意思決定の脳計算モデルを構築し、その脳計算モデルの主要変数の変化と脳活動の変化の対応を調べることで、他者選択の予測にもとづく意思決定の脳回路を調べました。

他者がどちらの選択をするのかを予測した「他者の選択の(予測)確率」に関する脳活動を左半球の扁桃体(へんとうたい)[4]に発見しました。二択の他者の選択のうち、他者のありそうな選択の予測から自己の報酬量にもとづいて自らの選択の判断に関する脳活動が後帯状皮質(こうたいじょうひしつ)[5]、その一方で他者のなさそうな選択の予測にもとづいて判断する脳活動が、右背外側前頭前野(みぎはいがいそくぜんとうぜんや)[6]、でそれぞれに見つかりました。そして、自己の報酬量だけではなくそれぞれの選択肢での報酬の実現確率も踏えた、最終選択に関わる主観的価値は内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)[7]の活動が対応することを発見しました。このように、他者選択を予測し、そのありそうな選択となさそうな選択、それぞれの選択にもとづいて行う自らの意思決定が後帯状皮質と右背外側前頭前野に分化されることを見いだしたのは初めてのことです。

その上で、これらの脳活動の関係を調べるコネクティビティ分析[8]を行い、(左半球の)扁桃体→後帯状皮質と右背外側前頭前野→内側前頭前野の3段階のステージのように脳活動が順次影響を及ぼす脳回路を同定しました(図2赤矢印)。さらに、扁桃体の活動が後帯状皮質の活動に及ぼす影響がプラスの方向であるのに対し、右背外側前頭前野の活動に及ぼす影響はマイナスの方向であることも分かりました。

他者の選択肢を予測して自らの意思決定を行う脳回路の図
図2 他者の選択肢を予測して自らの意思決定を行う脳回路
コネクティビティ分析によると、他者選択の予想の確からしさ(左半球の偏桃体)に応じて、二つの意思決定――「ありそうな」他者選択にもとづく意思決定(後帯状皮質)と「なさそうな」他者選択にもとづく意思決定(右背外側前頭前野)――が最終的な意思決定(内側前頭前野)に及ぼす影響を調整する脳回路がある。


これらの発見された脳回路は、私たちの直観的な理解にも整合します。たとえば、他者の選択に対する予測が比較的確信が持てるとき(他者選択の予測確率が高いということなので扁桃体の活動が上昇します)には、後帯状皮質(他者のありそうな選択にもとづく意思決定)の脳活動が促進され、右背外側前頭前野(他者のなさそうな選択にもとづく意思決定)の脳活動が抑えられることを意味します。つまり他者選択の予測に確信が持てるときには、扁桃体→後帯状皮質→内側前頭前野で主導される情報処理が相対的に促進されて意思決定が行われます。反対に、他者選択の予測に確信が持てないとき(扁桃体の脳活動がそこまで上昇しないとき)には、他者のありそうな選択にもとづく意思決定(後帯状皮質)だけではなく、他者のなさそうな選択にもとづく意思決定(右背外側前頭前野)も相対的に勘案されるような調整が回路に働いていることが分かります。つまり、扁桃体→後帯状皮質→内側前頭前野の経路だけではなく、扁桃体→右背外側前頭前野→内側前頭前野も相対的に利用する度合いが高まって、この二つの意思決定を最終的に統合して意思決定が行われます(内側前頭前野)。

今後の期待

本研究成果により、私たちの社会行動のもとになる神経基盤の一つが特定されました。他者の選択を予測するのは私たちの日常の社会行動の根幹であり、その他者の選択の予測を踏まえて意思決定を行うことは、社会性を実現する脳機能の本質的な機能です。さらに他者の行動を完全に予測することが不可能であることを鑑みれば、他者にありそうな選択とありそうにない選択とのそれぞれに応じた自らの意思決定の「案」があり、それらの全ての案を踏まえて最終的な意思決定が行われることは理にかなっています。その脳機能を実現する脳回路を本研究は同定しました。

この成果は、社会性脳機能に関わる基礎研究や社会性に関わる脳疾患の機序の解明と治療法開発、社会知性を人工的に実現しようとするAI研究のそれぞれの分野で生かされることが期待されます。

補足説明

1.fMRI(機能的磁気共鳴画像測定)
核磁気共鳴画像法(MRI)によって血流動態反応を検知することで、脳の神経活動を非侵襲的に計測する方法の一つ。

2.意思決定に関する脳計算モデル
人工知能の研究などにも用いられる強化学習の数理モデルをベースにした意思決定に関する数理モデルのこと。脳研究では「価値に基づく意思決定」(value-based decision-making)と呼ばれる脳計算モデルとして、人間や動物の意思決定に関して広く適用されている。そのモデルを他者の行動予測を含めた脳計算モデルに拡張して、この研究では用いている。

3.選択行動の解析
二つの選択肢からの選択のような、2値の目的変数を予測するためのロジスティック回帰分析と似た形式の数理モデル。今回の研究では、価値にもとづく意思決定における選択行動の解析を行った。

4.扁桃体(へんとうたい)
側頭葉内側の奥にあるアーモンド(扁桃)の形状の複数の神経核群のこと。情動の処理(情動反応と情動記憶)において主要な役割を持つとされる脳部位。大脳辺縁系の一部と考えられている。扁桃体はAmygdalaのこと。

5.後帯状皮質(こうたいじょうひしつ)
大脳内側の脳梁(のうりょう)の辺縁の前後方向にある帯状皮質の最後部に当たる領域。情動・意思決定および心の理論などの社会認知にも関係が深いとされる脳部位。後帯状皮質はposterior cingulate cortex(PCC)のこと。

6.右背外側前頭前野(みぎはいがいそくぜんとうぜんや)
前頭前野の背外側に当たる領域で、自制心などの高次認知操作に関わるとされる脳部位。右背外側前頭前野はright dorsolateral prefrontal cortex(rdlPFC)のこと。

7.内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや)
前頭前野の内側に当たる領域で、意思決定における主観的価値や選択に関わるとされる脳部位。内側前頭前野はmedial prefrontal cortex(mPFC)のこと。

8.コネクティビティ分析
脳内の各部位の情報処理のネットワークを推定するために行われるfMRIの解析方法。本研究では、Psychophysiological interaction analysis(PPI)と呼ばれる方法を用いた。

研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター
学習理論・社会脳研究チーム
チームリーダー 中原 裕之(ナカハラ・ヒロユキ)
研究員(研究当時)ニン・マ(Ning Ma)
(現 客員研究員、現 之江実験室(中国)生命科学計算研究中心 研究エキスパート)
テクニカルスタッフⅠ 原澤 寛浩(ハラサワ・ノリヒロ)
研究基盤開発部門 機能的磁気共鳴画像測定支援ユニット
ユニットリーダー(研究当時)カン・チェン(Kang Cheng)
技師 上野 賢一(ウエノ・ケンイチ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「人工知能と脳科学の対照と融合(領域代表者:銅谷賢治)」の「人工知能と脳科学の融合研究の推進(研究代表者:銅谷賢治)」「意思決定のための価値の生成と統合の脳機能:数理モデルの提案とその実験検証(研究代表者:中原裕之)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Ning Ma, Norihiro Harasawa, Kenichi Ueno, Kang Cheng, Hiroyuki Nakahara, “Decision-Making with Predictions of Others’ Likely and Unlikely Choices in the Human Brain”, The Journal of Neuroscience, 10.1523/JNEUROSCI.2236-23.2024

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 学習理論・社会脳研究チーム
チームリーダー 中原 裕之(ナカハラ・ヒロユキ)
研究員(研究当時)ニン・マ(Ning Ma)
(現 客員研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物工学一般
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