非必須栄養素が寿命や代謝生理を制御する~チロシンの摂取制限で寿命延長~

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2024-08-31 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 栄養応答研究チームの小坂元 陽奈 基礎科学特別研究員、小幡 史明 チームリーダーらの共同研究チームは、食餌に含まれる10種類の非必須アミノ酸が個体の健康状態に与える影響をショウジョウバエ[1]を用いて網羅的に解析し、チロシンの欠乏が寿命や代謝生理に関わることを発見しました。

本研究成果は、栄養素が持つ生理機能の基礎的理解につながり、また健康寿命の延長に向けた栄養介入法の開発に貢献すると期待できます。

近年、タンパク質や特定のアミノ酸の摂取制限が、健康寿命の延長に効果的であることがさまざまな動物種で報告されています。しかし、そのメカニズムには不明な点が多くあります。特に非必須アミノ酸[2]は、体内で十分合成されるため、その摂取制限による影響については見過ごされてきました。

今回、共同研究チームは、ショウジョウバエを使った実験から、非必須アミノ酸を一つずつ欠乏させた合成餌[3]を用い、寿命や代謝生理に与える影響を詳細に解析しました。その結果、チロシンが栄養シグナル[4]を刺激し、食欲や生殖能力、個体寿命に影響を及ぼすことを明らかにしました。また、チロシン摂取の影響は、動物個体の生合成や消費の状況により異なることを示しました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(8月30日付:日本時間8月31日)に掲載されました。

非必須栄養素が寿命や代謝生理を制御する~チロシンの摂取制限で寿命延長~
チロシン制限によるショウジョウバエ成虫の寿命延長

背景

食環境はヒトの健康寿命に大きな影響を及ぼしますが、どのような栄養素をどのような状況で摂取することが、寿命の伸縮につながるかについては不明な点が数多く残されています。多くのモデル動物を用いた研究から、食事量を制限すること(腹八分目)により健康寿命を延長できることが明らかとなっています。特にタンパク質の制限が、個体寿命を延ばすことが分かっていますが、そのメカニズムはよく解明されていませんでした。

タンパク質は20種類のアミノ酸から構成され、摂取したタンパク質は消化され、アミノ酸(あるいは短いペプチド)として吸収されます。アミノ酸は、生体内で十分合成可能であり食事からの摂取を必要としない非必須アミノ酸と、十分に生合成できない必須アミノ酸に分類できます。非必須アミノ酸が欠乏しても個体の栄養不良は誘発されないため、タンパク質の摂取制限による効果の多くは、必須アミノ酸の不足によるものと考えられがちです。そのため、食事に含まれる非必須アミノ酸の不足が個体にとってどのような影響を及ぼすかについての研究は遅れています。小幡チームリーダーらは以前の研究で、成長中のショウジョウバエ幼虫では非必須アミノ酸のチロシンが栄養適応に重要であることを見いだしていました注1)が、成虫の代謝生理や寿命への影響は調べられていませんでした。

そこで共同研究チームは、非必須アミノ酸を一つずつ欠乏させた合成餌を利用し、タンパク質制限と同様に寿命や代謝生理に影響する「非必須栄養素」が存在するかどうかを、ショウジョウバエの成虫を用いて検証しました。

注1)2022年7月26日プレスリリース「タンパク質欠乏をしのぐ栄養適応の新機構

研究手法と成果

共同研究チームはまず、単一の非必須アミノ酸(10種類)をそれぞれ欠乏させた合成餌を作出しました。この合成餌では、栄養制限の影響が見やすいように、全体のアミノ酸量を標準餌の40%に抑えたものを利用しました。これらをショウジョウバエのメスの成虫に摂食させ、寿命を測定しました。その結果、システインやアスパラギンを欠乏させた場合には寿命が短縮したものの、アラニン、アスパラギン酸、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、プロリン、セリンなどを欠乏させても寿命にはほとんど影響しませんでした。興味深いことに、チロシンを欠乏させた餌では、寿命が延長することが明らかとなりました(図1A)。

タンパク質制限により寿命が延長したメス個体では、産卵数が低下することが知られています(トレードオフ効果[5])。またタンパク質制限は、タンパク質に対する摂食を促進することも知られています。本研究でチロシンを欠乏させたショウジョウバエでも、産卵数の低下やタンパク質摂食の増加が認められ、典型的なタンパク質制限様の応答が起こっていることが分かりました。

また、タンパク質制限中の動物においては、アミノ酸によって制御されるさまざまな「栄養シグナル応答」が起こります。例えば、インスリン/IGFシグナル[6]、mTORC1シグナル[7]、ATF4シグナル[8]などが主要な栄養応答性のシグナルとして知られていますが、チロシン制限ではこれら三つの全てが脂肪体[9]と呼ばれる組織で変化していることが明らかとなりました(図1B)。従って、チロシンのみが低下したことによって、タンパク質全体の不足と同様の生体応答が引き起こされていることが分かりました。さらに遺伝学的な解析から、チロシン制限による寿命延長については、特にインスリン/IGFシグナルの影響が大きいことも明らかになりました。

チロシン制限による寿命延長と栄養シグナルの変化の図
図1 チロシン制限による寿命延長と栄養シグナルの変化
A)10種類の非必須アミノ酸を一つずつ制限したときのショウジョウバエのメスの50%生存期間(中間寿命。その集団の個体数が50%に半減したときの日数)。標準餌を与えた対照群に対して、チロシン制限によって寿命が有意に延長した。
B)チロシンを制限したときの①ATF4シグナル、②インスリン/IGFシグナル、③mTORC1シグナルの変化。①はATF4の標的遺伝子4E-BPのエンハンサー部分を用いたレポーター系統である4E-BPintron-dsRedの蛍光を指標にしている。②はインスリン受容体とその下流の転写因子FoxOによって制御されるタンパク質充足ホルモンをコードする遺伝子fitの発現をモニターするfit>GFPの蛍光を指標にしている。③はmTORC1の活性化によってリン酸化されるribosomal protein S6のリン酸化の程度を、タンパク質解析法の一つであるウエスタンブロット法で定量している。チロシン制限によって、ATF4シグナルの活性化、インスリン/IGFシグナルの不活性化、mTORC1シグナルの不活性化が見られた。


興味深いことに、産卵数の低下は、寿命を延長させないアスパラギン欠乏やアラニン欠乏においても認められました。これは、タンパク質制限とは異なり、非必須アミノ酸制限では必ずしもトレードオフ効果が成り立つわけではないことを示しています。一方、栄養応答性のシグナルのうちATF4シグナルやインスリン/IGFシグナルについては、弱いながらもアスパラギン摂食の有無によっても変化しており、非必須アミノ酸の効果が複雑かつ多様であることが理解できます。

なお、必須アミノ酸の場合は、特定のアミノ酸を餌から欠乏させるとその体内アミノ酸量が大きく低下します。今回、非必須アミノ酸をそれぞれ欠乏させた餌では、アスパラギン、セリン、チロシンのみ体内アミノ酸量が低下しました。このことは、これら三つは非必須アミノ酸であるにもかかわらず、生体内での合成のみではその量が十分維持できないことを意味します。この結果は、小幡チームリーダーらが以前、ショウジョウバエの幼虫で行った研究注1)と一致するため、個体が成長中かどうかにかかわらず適用されるルールであることが分かりました。そのため共同研究チームは、これら三つのアミノ酸を「栄養維持性アミノ酸(Nutritionally-maintained amino acids)」と定義することを提案します(図2)。

非必須アミノ酸の中に含まれる一部の栄養維持性アミノ酸の図
図2 非必須アミノ酸の中に含まれる一部の栄養維持性アミノ酸
ショウジョウバエの幼虫と成虫において共通して、アスパラギン・セリン・チロシンの三つは非必須アミノ酸の中でも食餌からの供給がないと体内量を保てなかった。これらを栄養維持性アミノ酸と位置付けている。


以上の実験は生殖能力のあるメスの成虫で行ったものですが、同様の実験を産卵不全のメスや正常なオスの成虫で行ったところ、チロシン制限による寿命延長はほとんど見られませんでした。また、合成餌の全体のアミノ酸量を40%ではなく標準餌と同じ100%にした場合や、チロシンの前駆体となる(必須アミノ酸の)フェニルアラニンが豊富なときも、チロシンの食餌制限の効果はほとんど認められませんでした。従って、食餌中チロシンの増減の効果は、アミノ酸の使用量や合成量、性差など個体の状況に依存することが分かりました。このように状況に依存する効果であるため、チロシン欠乏の影響はこれまで現象として見えにくかったといえます(図3)。

栄養状態や生殖能力、性別に依存して変化するチロシン制限の効果の図
図3 栄養状態や生殖能力、性別に依存して変化するチロシン制限の効果
チロシン制限による種々のタンパク質制限様の表現型は、通常のメスで見られた一方、チロシンの前駆体となるフェニルアラニンの供給量が多い場合や、不妊のメスでは見られなかった。このことは体内でのチロシン生合成量が多いときあるいは消費量が少ないときにはチロシン制限の効果が表れにくいことを示唆している。オスの場合は産卵というチロシン消費がないことに加え、その他未知の要因によってチロシン制限の効果が表れにくいと考えられる。


以上のことから、チロシン制限によって栄養シグナルが変動し、タンパク質を制限したときと同様の表現型が表れること、またその効果は個体によって異なるチロシンの産生・消費状況に依存していることが明らかとなりました(図4)。

チロシン制限による栄養シグナルの変化とタンパク質制限様の表現型の図
図4 チロシン制限による栄養シグナルの変化とタンパク質制限様の表現型
非必須アミノ酸であるチロシンの制限により、タンパク質制限時と同様の寿命延長・産卵数低下(トレードオフ効果)・飢餓耐性向上・タンパク質嗜好(しこう)性上昇といった表現型が表れる。このとき脂肪体では栄養シグナルの変化が起こり、タンパク質充足ホルモンの発現低下が起こっている。

今後の期待

今回、非必須アミノ酸の摂取量が低下した場合の生体応答を網羅的かつ詳細に解析したところ、チロシンをはじめ個々の栄養素の影響を記述することができました。その結果、チロシンの摂食量が個体寿命に影響する可能性が示されました。

ヒトの健康寿命を延長させるための方策として、食事制限は最も簡便かつ確実で、経済的効果の大きい有力な介入法であると考えられています。しかし、どの栄養素がどのような状況でどの程度低下すれば、生体の寿命延長シグナルがONになるかは不明な点が多く、まだまだ研究が必要です。タンパク質は健康維持に重要な栄養であり、一定以上の摂取制限は逆効果です。特に必須アミノ酸は、欠乏によって栄養不良になってしまうため注意しなければなりません。その意味で、チロシンのような非必須アミノ酸の摂取制限は、餌からの摂食量を低下させた場合にも生体内で合成されるため、副作用が少ない寿命延長法として現実的に利用することが可能かもしれません。

とはいえ、チロシンはドーパミンやアドレナリンなどの神経伝達物質[10]などの前駆体であり、メラニンの合成にも関わる重要なアミノ酸であるため、一概に摂取制限が推奨されるものではありません。当然ながら、今回のショウジョウバエの研究では、そのような副作用の全てを評価できておらず、ヒトや哺乳類への効果も含めて今後さらなる検証が必要です。

補足説明

1.ショウジョウバエ
ショウジョウバエは、体長2~3mm前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に優れていることから、さまざまな研究分野でモデル生物として用いられている。合成餌の利用が可能であり、栄養代謝生理学のモデルとしても重宝されている。

2.非必須アミノ酸
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、動物が合成できないアミノ酸を必須アミノ酸と呼び、ヒトではフェニルアラニンなど9種類、ショウジョウバエではヒトの必須アミノ酸にアルギニンを加えた10種類である。これに対して、食餌から摂取しなくても炭水化物や必須アミノ酸から合成できるアミノ酸を非必須(可欠)アミノ酸と呼ぶ。

3.合成餌
約40種類の精製された原料のみを用いて作る人工的な餌。イーストやコーンミールなどの生物由来飼料を用いないため、餌中の栄養組成が完全に明確になっており、そこから単一栄養素を除去することなどによって精緻な栄養操作が可能となる。ショウジョウバエが必要とする個々のアミノ酸の比率に合わせて配合比を決めており、アミノ酸バランスが取れた状態になるよう工夫している。

4.栄養シグナル
アミノ酸や糖の多寡によって制御されることが知られる細胞内シグナル。インスリン/IGFシグナル経路、TORシグナル経路、GCN2-ATF4シグナル経路などがあり、細胞および個体の同化・異化反応やストレス応答などをつかさどることで変化する栄養環境への適応を可能にする。

5.トレードオフ効果
食事制限や寿命遺伝子の変異により寿命が延長した個体で、生殖能力が低下する現象。これは、生殖細胞の維持に有利な遺伝子が体細胞の維持に対しては不利に働く場合や、生殖年齢を過ぎてから個体の生存率を下げるような有害な変異に自然選択が働きにくい、などの理由が考えられている。

6.インスリン/IGFシグナル
進化的に保存された糖代謝および成長シグナルであり、細胞内シグナル伝達経路PI3K/Aktを介して転写因子FoxOを制御している。哺乳類においてはIGFの産生が、ショウジョウバエにおいてはインスリン様ペプチドの産生や分泌が、アミノ酸によって促進される。

7.mTORC1シグナル
アミノ酸をはじめとした栄養素と成長因子によって制御されるセリン/スレオニンプロテインキナーゼであるTORを含む複合体を指す。活性化されると翻訳開始因子4E結合タンパク質やS6キナーゼのリン酸化を促進することで翻訳を制御する。mTORC1はmechanistic Target Of Rapamycin Complex 1の略。

8.ATF4シグナル
ATF4は、アミノ酸飢餓時に活性化するGCN2と呼ばれるキナーゼによって誘導される転写因子。ATF4は翻訳開始因子4E結合タンパク質や代謝酵素、トランスポーターの発現を誘導することで、翻訳の抑制やアミノ酸の取り込み・生合成促進を引き起こす。

9.脂肪体
ショウジョウバエにおける主要な代謝器官であり、哺乳類の白色脂肪組織と肝臓の機能を併せ持つ。脂肪体における栄養感知は種々のホルモンの放出を促し、遠隔組織へと栄養状態を伝達し、適応応答を引き起こす。

10.神経伝達物質
シナプスにおいて神経細胞の興奮、抑制を伝える物質。グルタミン酸などのアミノ酸、ドーパミン、セロトニンなどのモノアミン類、アセチルコリンなどが含まれる。ドーパミンやアドレナリンはチロシンから生合成される。

共同研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 栄養応答研究チーム
基礎科学特別研究員 小坂元 陽奈(コサカモト・ヒナ)
上級研究員 佐久間 知佐子(サクマ・チサコ)
テクニカルスタッフⅠ 岡田 莉奈(オカダ・リナ)
チームリーダー 小幡 史明(オバタ・フミアキ)

東京大学 大学院薬学系研究科 遺伝学教室
教授 三浦 正幸(ミウラ・マサユキ)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、主に日本医療研究開発機構(AMED)健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明「発生期環境による寿命制御機構の解明(研究開発代表者:小幡史明)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「神経の栄養プログラミング機構の解明(研究代表者:小幡史明)」、同研究活動スタート支援「タンパク質飢餓への適応を可能とするチロシンセンシングの分子機構の解明(研究代表者:小坂元陽奈)」、科学技術振興機構(JST)ACT-X「内在及び人工アミノ酸センサーの同定と開発(研究代表者:小坂元陽奈)」の助成により行われました。また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「排出を起点とした代謝恒常性制御機構の遺伝学的解析(研究代表者:小幡史明)」、同挑戦的研究(萌芽)「遺伝情報を拡大する翻訳時のタンパク質多様性産生のメカニズムと生理機能(研究代表者:三浦正幸)」、同学術変革領域研究(A)「無脊椎動物免疫センサーTollによる自己免疫応答の分子機構と生理機能(研究代表者:三浦正幸)」、同基盤研究(A)「個体差を生み出す表現度制御の分子基盤解明(研究代表者:三浦正幸)」からの支援を受けました。また、上原記念生命科学財団による若手研究助成の支援を受けて行いました。

原論文情報

Hina Kosakamoto, Chisako Sakuma, Rina Okada, Masayuki Miura, Fumiaki Obata, “Context-dependent impact of the dietary non-essential amino acid tyrosine on Drosophila physiology and longevity”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adn7167

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 栄養応答研究チーム
基礎科学特別研究員 小坂元 陽奈(コサカモト・ヒナ)
チームリーダー 小幡 史明(オバタ・フミアキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

医療・健康
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