腎移植でHTLV-1ウイルスに感染すると、関連難病を発症するリスクが高いことが判明

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ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)に感染したドナーから腎移植を受けた非感染者は高頻度で難病HAMを発症することが判明

2019-01-17  国立病院機構 水戸医療センター,聖マリアンナ医科大学 難病治療研究センター,
日本医療研究開発機構

研究成果のポイント
  • 腎移植におけるヒトT細胞白血病ウイルスI型(以下、HTLV-1)感染症の危険性に関する全国調査を実施しました。
  • HTLV-1に感染していない人が、HTLV-1に感染しているドナーから腎移植を受けると、高頻度でHTLV-1に感染するだけでなく、神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)を移植後数年の間に高い頻度で発症する危険性があることがわかりました。
  • HTLV-1感染者は日本に約100万人いると言われます。今回の調査により腎移植の前にHTLV-1感染について確認することの重要性が示され、腎移植医療の安全性向上に寄与すると期待されます。
要旨

国立病院機構水戸医療センター 臨床研究部 湯沢賢治部長、聖マリアンナ医科大学 難病治療研究センター&先端医療開発学 山野嘉久教授、山内淳司助教らの研究グループは、腎移植におけるヒトT細胞白血病ウイルスI型(以下、HTLV-1)※1感染症の危険性に関する全国調査を行いました。HTLV-1感染者は日本に約100万人いると言われ、大変感染者の多いウイルスです。HTLV-1に感染していない移植を受ける人(臓器を受け取る人、以下、レシピエント)が、HTLV-1に感染しているドナー(臓器を提供する人、以下、ドナー)から腎移植を受けた場合、高い頻度でHTLV-1に感染し、更に神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HAM)※2を移植後早期に高い頻度で発症する危険性があることがわかりました。

一方で、既にHTLV-1に感染しているレシピエントは、腎移植を受けてもHAMを発症する危険性は高くないことも示されました。

この全国調査により、ドナーとレシピエントのHTLV-1感染状態を踏まえて腎移植の可否を判断することが、腎移植後のHAMの発症を予防し、より安全な腎移植の実施に重要であることがわかりました。また、腎移植前にHTLV-1感染検査を実施することの重要性が示されました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「HAM・HTLV-1陽性難治性疾患の診療ガイドラインに資する統合的レジストリの構築によるエビデンスの創出」および厚生労働科学研究費補助金「難治性疾患等克服研究事業」・「難治性疾患等政策研究事業」の支援を受けて実施されました。

研究成果は、国際医学雑誌The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)に、2019年1月17日午前7時(日本時間)発表されます。

背景

腎移植を含む臓器移植では、感染症が時に重大な合併症を引き起こします。ドナーに感染していた病原体が移植によってレシピエントに感染する危険性や、拒絶反応を抑えるために必要な免疫抑制薬によって、感染症の発症や重症化が起きやすくなる危険性があります。そのため、一部の感染症については、移植を行う前に検査を行って感染の有無を確認します。病原体の種類によっては移植が禁止されているものもあります。

今回調査を実施したヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)は、日本全国で約100万人が感染していると言われており、世界の中でも特に日本に感染者が多いウイルスです。HTLV-1は、特に合併症等のない感染者の場合、約0.3%に重篤な神経難病であるHTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-Associated Myelopathy、HAM)を、約5.0%に致死率の高い成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma:ATL)※3を引き起こします(これらの疾患はHTLV-1関連疾患と呼ばれています)。残念ながら、現在のところこれらの疾患に対する有効な治療薬や発症予防法は確立されていません。

これまで腎移植におけるHTLV-1のリスクについては、腎移植後にHAMやATLを発症した症例の報告はあるものの、HTLV-1による関連疾患の一般人口における発症率は5%以下とそれほど高くなく、また感染から発症までに数十年単位という長期間を要するのが一般的であるため、それほど注目されてきませんでした。また腎移植によるHTLV-1の感染率やHTLV-1関連疾患の発症率を調査した報告が存在しなかったため、腎移植患者においてHTLV-1感染がどの程度危険であるのか不明でした。そのため、移植前のHTLV-1感染検査の必要性や、HTLV-1感染者の移植可否についてエビデンスに基づく判断が困難であり、日本の腎移植ガイドラインには記載されておらず、また世界の腎移植ガイドラインにおいても一定の見解が得られていないのが現状です。

しかしながら、2014年に厚生労働科学研究委託費難治性疾患実用化研究事業(研究代表者:山野嘉久)によって、HTLV-1感染者をドナーとする生体腎移植により未感染レシピエントが新規に感染し、腎移植後早期にHAMを通常よりも高い確率で発症していること、さらに腎移植後HAMは発症後に急速に重篤な状態に進行する特徴があることが報告されました。これを受け、腎移植におけるHTLV-1のリスクを正確に把握してその対策の必要性を検討することが重要と判断され、厚生労働科学研究費難治性疾患等克服研究事業(研究代表者:湯沢賢治)にて、日本移植学会の協力を得たうえで、腎移植患者のHTLV-1感染症に関する危険性を明らかにするための全国調査を実施し、AMED難治性疾患実用化研究事業にてデータクリーニング及び論文化して報告しました。

研究成果の要点
  1. HTLV-1感染ドナーからの腎移植を受けたHTLV-1未感染レシピエントは、高い頻度でHTLV-1に感染し(感染率87.5%)、更に移植後早期に高頻度にHAMを発症した(発症率40%)。
  2. 腎移植前からHTLV-1に感染しているレシピエントにおける、移植後のHTLV-1関連疾患の発症頻度は高くなかった。

HTLV-1に感染していないレシピエントが、HTLV-1に感染しているドナーから腎移植を受けると、高頻度でHTLV-1に感染するだけでなく、神経難病であるHAMを移植後数年の間に高い頻度で発症する。

本研究では、信頼性の高い腎移植後のHTLV-1関連疾患発症率を明らかにするために、日本臨床腎移植学会・日本移植学会がまとめている腎移植臨床登録を用いて全国調査を実施しました。まず、腎移植臨床登録からドナー、レシピエントの一方または両方がHTLV-1に感染していることが判明している腎移植症例を抽出し、次に当該患者の移植を実施した各医療機関にアンケートを送付してHAMおよびATLの発症に関する情報を収集しました。

その結果、HTLV-1感染ドナーから腎移植を受けたHTLV-1未感染レシピエント10名のうち4名(40%)がHAMを発症していました。移植からHAM発症までの期間中央値は3.8年で、移植後早期に発症することも判明しました。なお、この調査ではATLを発症したレシピエントはいませんでした。

また、このHTLV-1未感染レシピエントのうち、腎移植後に感染検査を実施した8名中7名(87.5%)がHTLV-1に新規に感染しており、感染ドナーからの腎移植によってHTLV-1に高率で感染することも確認されました。

一方、移植前からHTLV-1に感染していたレシピエントに関しては、HTLV-1感染ドナーから腎移植を行った30名でHAM・ATLの発症を認めず、またHTLV-1非感染ドナーから腎移植を行った59名では1名(1.7%)にHAMとATLを合併した症例を認めました。

以上の結果から、HTLV-1感染ドナーから非感染レシピエントへの腎移植は、レシピエントがHTLV-1に高率に新規感染しHAMを発症する危険性が極めて高いことが明らかになりました。一方で、HTLV-1感染レシピエントへの腎移植は、たとえHTLV-1感染ドナーからの腎移植であっても、HTLV-1関連疾患の危険性は高いとはいえないことが確認できました。これまで腎移植におけるHTLV-1感染の危険性に関する研究は、症例報告や症例集積報告しかなく、その発症リスクが不明であったため、ガイドライン等に指針を示すことができませんでしたが、本研究でHTLV-1関連疾患の発症率を明らかにしました。

今後の期待

今回の全国調査により、HTLV-1感染ドナーから非感染レシピエントへの腎移植の危険性が、信頼性の高い情報によって明らかになりました。日本は世界的にもHTLV-1感染率の非常に高い地域なので、HTLV-1感染の危険性に関する情報は極めて重要です。今回の結果は腎臓を始め、各臓器の移植ガイドラインにも大きな影響を及ぼすと考えられ、より安全な移植医療の整備に貢献することが期待されます。

また先進国でHTLV-1感染率が高い国は日本だけであり、腎移植におけるHTLV-1感染に関するエビデンスを創出することは日本以外では困難で、日本の国際的責務とも考えられます。現在のところ、世界的にも移植におけるHTLV-1感染への対応は確立されておらず、今回の結果が世界の移植ガイドラインにも大きく影響することが予想され、国際貢献にもつながります。

今回の調査では、移植から調査までの期間の中央値が約4.5年と短く、長期的な安全性については十分に確認されていないので、腎移植の長期的安全性を調査するため、HTLV-1感染レシピエントのレジストリを構築し、前向きの長期観察研究を実施することが望まれます。また、これほど高頻度にHAMを発症するのは他に例がなく、腎移植後HAMの病態解析研究を行うことで、HAMの発症メカニズムの解明につながることが期待されます。

論文情報
タイトル:Risk of Human T-cell leukemia virus type 1 infection in kidney transplantation
DOI:10.1056/NEJMc1809779
著者名:Junji Yamauchi, Yoshihisa Yamano, Kenji Yuzawa
掲載誌:The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE 2019 Jan 17; 380(3): 296-298.
用語解説
※1 ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1):
日本全国で約100万人、世界では最低でも500万人から1千万人に感染していると言われており、世界の中でも特に日本に感染者が多いウイルス
※2 HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-Associated Myelopathy、略してHAM):
HTLV-1感染者の約0.3%に発症する神経難病。歩行困難、排尿・排便障害、足のしびれや痛みなどの症状を引き起こし、最終的には車いすや寝たきりの生活を余儀なくされる。
※3 成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma, 略してATL):
HAMと同じくHTLV-1によって引き起こされる、致死率の高い生命予後不良の白血病・リンパ腫
お問い合わせ先
研究内容について

独立行政法人 国立病院機構 水戸医療センター 臨床研究部
湯沢 賢治

学校法人 聖マリアンナ医科大学 難病治療研究センター 病因・病態解析部門
山野 嘉久、山内 淳司

AMED事業について

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
戦略推進部 難病研究課

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