特殊な網膜剥離の発症に関わる遺伝子変異を発見~中心性漿液性脈絡網膜症のゲノムワイド関連解析~

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2019-12-13 京都大学

三宅正裕 医学研究科特定助教、辻川明孝 同教授、細田祥勝 同博士課程学生、山城健児 大津赤十字病院眼科部長らの研究グループは、10,476人の日本人データと4,098人の欧州人データを解析することにより、人種を越えて中心性漿液性脈絡網膜症に強く関与する2つの遺伝子(TNFRSF10AGATA5)を同定しました。

中心性漿液性脈絡網膜症は、ものを見るための中心部分(黄斑部)に網膜剥離が起こる疾患で、40代から50代の男性によく見られます。この網膜剥離は自然に軽快することが多いため、かつては良性の疾患と考えられていましたが、近年、この疾患の一部は、長期経過で、通常は存在しない血管が黄斑部に生じ(パキコロイド新生血管)、恒久的な視力障害を引き起こすことが分かってきました。これらは、先進国の主要失明原因の一つである加齢黄斑変性と類似する所見を示し区別が難しいため、これまで加齢黄斑変性と診断されてきたもののうちの一部は中心性漿液性脈絡網膜症由来のパキコロイド新生血管であったのではないかと考えられ始めており、その病態解明は重要な課題の一つとなっています。

本研究において同定した中心性漿液性脈絡網膜症に強く関与する2つの遺伝子のうちTNFRSF10Aは、過去に加齢黄斑変性に関与する遺伝子として報告されていますが、今回の研究成果からはむしろ、パキコロイド新生血管と関連する遺伝子であった可能性が考えられます。今後規模を拡大した解析を行うことで、真の加齢黄斑変性とパキコロイド新生血管を精緻に切り分けることが可能となり、より個別化した医療の提供が可能になると考えられます。

本研究成果は、2019年12月12日に、国際学術誌「Communications Biology」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図

詳しい研究内容について

特殊な網膜剥離の発症に関わる遺伝子変異を発見
―中心性漿液性脈絡網膜症のゲノムワイド関連解析―

概要
中心性漿液性脈絡網膜症は、ものを見るための中心部分(黄斑部)に網膜剥離が起こる疾患で、40 代から50 代の男性によく見られます。この網膜剥離は自然に軽快することが多いため、かつては良性の疾患と考えられていましたが、近年、この疾患の一部は、長期経過で、通常は存在しない血管が黄斑部に生じ((パキコロイド新生血管)、恒久的な視力障害を引き起こすことが分かってきました。これらは、先進国の主要失明原因の一つである加齢黄斑変性と類似する所見を示し区別が難しいため、これまで加齢黄斑変性と診断されてきたもののうちの一部は中心性漿液性脈絡網膜症由来のパキコロイド新生血管であったのではないかと考えられ始めており、その病態解明は重要な課題の一つとなっています。
京都大学大学院医学研究科眼科学 三宅正裕 特定助教、辻川明孝 同教授、細田祥勝 同博士課程学生及び大津赤十字病院 山城健児 眼科部長を中心とした研究グループは、10,476 人の日本人データと 4,098 人の欧州人データを解析することにより、人種を越えて中心性漿液性脈絡網膜症に強く関与する 2 つの遺伝子(TNFRSF10、AGATA5)を同定しました。このうち TNFRSF10A は、過去に加齢黄斑変性に関与する遺伝子として報告されていますが、今回の研究成果からはむしろ、パキコロイド新生血管と関連する遺伝子であった可能性が考えられます。今後規模を拡大した解析を行うことで、真の加齢黄斑変性とパキコロイド新生血管を
精緻に切り分けることが可能となり、より個別化した医療の提供が可能になると考えられます。
本研究成果は、2019 年 12 月 12 日に英国の国際学術誌「Communications Biology」にオンライン掲載されました。

1.背景
中心性漿液性脈絡網膜症は、ものを見るための中心部分(黄斑部)に網膜剥離が起こる疾患で、40 代から50 代の男性によく見られます。この網膜剥離は自然に軽快することが多いため、かつては良性の疾患と考えられていましたが、近年、この疾患の一部は長期経過で悪い血管((パキコロイド新生血管)を併発して恒久的な視力障害を引き起こすことが分かってきました。これらは、先進国の主要失明原因の一つである加齢黄斑変性と類似する所見を示し区別が難しいため、これまで加齢黄斑変性と診断されてきたもののうちの一部((19.5〜44.5%)は中心性漿液性脈絡網膜症由来のパキコロイド新生血管であったのではないかと考えられ始めており、その病態解明は重要な課題の一つとなっています。
京都大学医学研究科眼科学教室は、これまで、加齢黄斑変性の臨床研究及びゲノム研究に力を入れてきました。この中で、中心性漿液性脈絡網膜症の特徴を持つ加齢黄斑変性の存在に古くから気付き、精力的に研究を進めてきました。これらは近年パキコロイド新生血管と命名され、最先端の研究分野となっています。しかしこれまでの研究は現象論的な研究が主体で、その分子生物学的な機序や病態はほとんど解明されていません。今回我々は、分子生物学的な機序や病態にせまる手がかりを得るため、ゲノム疫学の手法を用いました。

2.研究手法・成果
今回我々は、京都大学医学部附属病院で遺伝子解析の同意を得た 610 名の中心性漿液性脈絡網膜症罹患者と、2,850 人の対照群に対して、ゲノム全体にある約 300 万個の一塩基多型(SNP)1)の頻度情報をもとにゲノムワイド関連解析 2)を行いました。関連を示唆する結果が得られた 2 つの SNP は、更に他の 2 つの日本人集団のデータと 1 つの欧州人集団のデータを用いて再現性を評価しました。トータルで10,476 人の日本人データと 4,098 人の欧州人データが解析に用いられ、遺伝子 TNFRSF10A 中の rs13278062 と遺伝子 GATA5 の近傍の rs6061548 が、再現性をもって中心性漿液性脈絡網膜症に関連していることが確認されました。
正常眼組織におけるこれら 2 つの遺伝子の発現を確認したところ、いずれも網膜と網膜色素上皮/脈絡膜の双方に発現が見られました。特に、中心性漿液性脈絡網膜症の病態に関与すると考えられている網膜色素上皮/脈絡膜における発現が強く、これらの発現の変化が病態に関連している可能性が示唆されました。
本研究結果は、ゲノムワイド関連解析 2)の結果の再現性を、他人種を含む複数の集団のデータで確認しており、信頼性は高いと考えています。これまであまり研究が進んでいなかった中心性漿液性脈絡網膜症の分子生物学的な機序や病態に光を当てるものであり、今後のこの分野の進展が強く期待されます。

3.波及効果、今後の予定
面白いことに、TNFRSF10A 中の rs13278062 は、過去の信頼性の高い論文で、加齢黄斑変性に関与する SNPとして報告されています。しかし、過去の論文に用いられた加齢黄斑変性の一部(19.5〜44.5%)が中心性漿液性脈絡網膜症由来のパキコロイド新生血管であったと考える((当時はパキコロイド新生血管という概念はあ
りませんでした)と、今回中心性漿液性脈絡網膜症と強い関連を示した TNFRSF10A 中の rs13278062 と全く同じ SNP が過去に加齢黄斑変性に関与すると報告されていたことの説明が付きます。
今後、他施設とのメタ・ゲノムワイド関連解析により中心性漿液性脈絡網膜症と関連する変異を更に同定することで、中心性漿液性脈絡網膜症の更なる病態解明につなげるほか、中心性漿液性脈絡網膜症からパキコロイド新生血管が生じることに関連する遺伝子も探索し、これらの取り組みにより、パキコロイド新生血管と加齢黄斑変性の病態解明にもつなげていきたいと考えています。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、以下の施設の共同研究で行われました。
京都大学医学研究科 眼科学教室
特定助教 三宅正裕
教授 辻川明孝
博士課程学生 細田祥勝

京都大学附属ゲノム医学センター
教授 松田文彦
教授 山田亮

大津赤十字病院
眼科部長 山城健児
Radboud 大学
教授 Anneke(I.(den(Hollander
助教 Eiko(K.(de(Jong

Leiden 大学
教授 Camiel(J.F.(Boon

大阪市立大学
教授 本田茂

神戸大学
助教 三木明子

横浜市立大学
特任准教授 目黒明
教授 水木信久

東京女子医科大学
教授 飯田知弘

香川大学
准教授 白神千恵子

山梨大学
講師 櫻田庸一

シンガポール国立眼研究所

<研究者のコメント>
臨床検体は一朝一夕には集まりません。私がかつて博士課程在籍時に収集を開始した中心性漿液性脈絡網膜症が、数年の時を経てこのような形にまとまり嬉しく思うとともに、検体をご提供下さったみなさまに篤く御礼申し上げます。ご厚意を最大限に活かすべく、今後も研究を続け、病態解明に取り組んでまいります。
京都大学医学部附属病院には、私の知る限りでは世界唯一の、中心性漿液性脈絡網膜症専門外来を設けておりますので、受診を希望される場合は主治医の先生とご相談下さい。

<用語解説>
1) 一塩基多型(SNP):ヒトゲノムは約 30 億塩基対からなるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で 1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基違いの SNP である。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。SNP は Single Nucleotide Polymorphism の略。rs から始まる番号はRS 番号」といい、個々の SNP に割り振られた識別番号である。

2) ゲノムワイド関連解析: 一塩基多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の一つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイド関連解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような 数十〜数百万カ所の SNP について検討し、ゲノム全体から疾患と関連する領域や遺伝子を同定する。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Genome-wide  association  analyses  identify  two  susceptibility  loci  for  pachychoroid  disease
central  serous  chorioretinopathy (ゲノムワイド関連解析により、パキコロイド疾患である中心性漿液性脈絡網膜症の疾患感受性遺伝子を 2 つ特定した)
著 者:Yoshikatsu Hosoda, Masahiro Miyake, Rosa L. Schellevis, Camiel J.F.Boon, Carel B Hoyng, Akiko Miki, Akira Meguro, Yoichi Sakurada, Yoneyama Seigo, Yukari Takasago, Masayuki Hata, Yuki Muraoka,  Hideo  Nakanishi,  Akio  Oishi,  Sotaro  Ooto,  Hiroshi Tamura, Akihito  Uji,  Manabu
Miyata,  Ayako Takahashi, Naoko Ueda-Arakawa,  Atsushi  Tajima, Takehiro  Sato,  Nobuhisa Mizuki,  Chieko Shiragami,  Tomohiro  Iida, Chiea  Chuen  Khor,  Tien  Yin  Wong,  Ryo  Yamada, Shigeru Honda, Eiko K. de Jong, Anneke I. den Hollander, Fumihiko Matsuda, Kenji Yamashiro,
& Akitaka Tsujikawa
掲 載 誌:Communications Biology  DOI:

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