卵巣がん患者由来の3 次元培養細胞を⽤いた新たな解析⼿法に基づく成果
2021-08-30 国⽴がん研究センター
新潟⼤学⼤学院医⻭学総合研究科産科婦⼈科学分野の榎本隆之教授、同⼤学医⻭学総合病院総合周産期⺟⼦医療センターの⼭脇芳助教らの研究グループは、国⽴がん研究センター研究所がん分化制御解析分野の岡本康司分野⻑らとの共同研究により、卵巣がん患者腹⽔中のがん細胞から作成した3 次元培養細胞(スフェロイド細胞)(注1)を⽤いた新たな解析⼿法を駆使し、再発卵巣がんで問題となるプラチナ製剤に対する耐性化の機序に関与する分⼦を同定しました。本研究結果はElsevier 社の科学雑誌Cancer Letters 誌に掲載されました。
本研究成果のポイント
- 卵巣がん患者の腹⽔より、3 次元培養細胞である卵巣がんスフェロイド細胞を複数作成しました。
- 卵巣がんスフェロイド細胞の抗がん剤感受性の違いに着⽬した新しい解析⼿法により、プラチナ製剤の耐性機序に関与する分⼦として、グルコース-6-リン酸脱⽔素酵素(G6PD)とそれに関与する⼀群の酸化還元酵素を同定しました。
- プラチナ製剤の⼀種である抗がん剤シスプラチンとG6PD の阻害剤を併⽤することで、プラチナ製剤への耐性を克服できることを細胞増殖実験およびマウス実験の結果より⾒出しました。
1.研究の背景
卵巣がんを中⼼とした⼥性特有のがんは増加傾向にあり、我が国での卵巣がんの死亡数は増加の⼀途をたどっています。卵巣がんはプラチナ製剤を中⼼とする抗がん剤治療に対して⾼い効果を⽰すものの、多くの症例でその後に再発を認め、とくにプラチナ製剤に対して耐性を⽰した場合には「プラチナ抵抗性再発」として有効な治療に乏しいのが現状です。プラチナ製剤に対する耐性機序の解明と、新たな治療戦略の構築は喫緊の課題であると⾔えます。
2.研究の概要
本研究グループはこれまでに、卵巣がん患者より提供いただいた腹⽔中のがん細胞を⽤いて、3 次元培養細胞(注1)の⼀種である卵巣がんスフェロイド細胞を作成し、解析をすすめてきました(図1)。卵巣がんスフェロイド細胞は培養液中で球状の3 次元構造を保って増殖をし、⽣体内に近い状態を保持していると考えられます。今回の研究では、新たに10 種類の卵巣がんスフェロイド細胞の樹⽴に成功し、それらの網羅的な遺伝⼦発現解析と抗がん剤感受性試験を併⽤することで、卵巣がんの抗がん剤耐性機序に関与する分⼦の同定を⾏いました。
3.研究成果
樹⽴した卵巣がんスフェロイド細胞を⽤い、多種類の抗がん剤に対する感受性試験を⾏ったところ、プラチナ製剤への感受性が細胞によって異なることがわかりました。そこで、プラチナ製剤に対して耐性が強い細胞群と耐性が弱い細胞群に分類し、それぞれの群の遺伝⼦の発現を⽐較検討したところ、プラチナ製剤に耐性がある細胞群では、ペントースリン酸経路(注2)の律速酵素(注3)であるグルコース-6-リン酸脱⽔素酵素(G6PD)と、それに関与する⼀群の酸化還元酵素の発現が⾼く、それらの分⼦がプラチナ製剤への耐性機序に関与していることが明らかになりました。
本研究では特にG6PD に着⽬し、スフェロイド細胞の増殖抑制実験や腹膜播種モデルを⽤いたマウス実験において、G6PD の阻害剤とプラチナ製剤の⼀種である抗がん剤シスプラチンを併⽤投与することで、スフェロイド細胞のもつプラチナ製剤への耐性が解除されることを⾒出しました(図2)。
さらに、過去に新潟⼤学医⻭学総合病院で⼿術を受けた卵巣がん患者のがん組織中のG6PDの発現を確認したところ、G6PD の発現の強さと患者の予後(無増悪⽣存期間、全⽣存期間)に逆相関がみられました。
4.今後の展開
プラチナ製剤に対して耐性が⽣じた卵巣がん患者にはプラチナ製剤とG6PD の阻害剤を併⽤することにより、プラチナ製剤の効果を回復させることができる可能性があります。また、患者由来のがんスフェロイド細胞の作成をすすめ、本研究で⽤いた解析⼿法を⽤いることで、他の薬剤での耐性機序に関与する分⼦も同定することができると考えられます。
5.研究成果の公表
本研究成果は、2021 年8 ⽉19 ⽇、Elsevier 社の科学雑誌Cancer Letters 誌 (ImpactFactor: 8.679) のon line 版に掲載されました。
論⽂タイトル:
Integrative analyses of gene expression and chemosensitivity of patient-derived ovarian
cancer spheroids link G6PD-driven redox metabolism to cisplatin chemoresistance
著者:
Kaoru Yamawaki, Yutaro Mori, Hiroaki Sakai, Yusuke Kanda, Daisuke Shiokawa, Haruka
Ueda, Tatsuya Ishiguro, Kosuke Yoshihara, Kazunori Nagasaka, Takashi Onda, Tomoyasu
Kato, Tadashi Kondo, Takayuki Enomoto, Koji Okamoto
doi: 10.1016/j.canlet.2021.08.018
用語解説
注1:3次元培養細胞
3D 培養細胞とも⾔われ、細胞接着性の低いプレート内の培養液中やゲル中で凝集塊(スフェロイド)を形成し、⽣体内に近い3 次元的な状態で培養される細胞のこと。スフェロイドやオルガノイドと呼ばれる3 次元培養細胞が現在広くがん研究に⽤いられています。
注2:ペントースリン酸経路
グルコースを分解しエネルギーを合成するために存在する解糖系の分岐路の1 つ。本経路は細胞質においてDNA 合成の原料となるリボースを⽣成したり、還元的⽣合成反応に⽤いられるNADPH を⽣成したりする役割があります。
注3:律速酵素
複数の化学反応が連続しておこる⼀連の化学反応系において、その全体の速度を決めている段階に関わる酵素。
本件に関するお問い合わせ先
研究内容に関すること
新潟大学
医歯学総合病院 総合周産期母子医療センター
助教 山脇 芳 (やまわき かおる)
大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学分野
教授 榎本 隆之 (えのもと たかゆき)
国立がん研究センター
研究所 がん分化制御解析分野
分野長 岡本 康司 (おかもと こうじ)
広報担当
新潟大学広報室
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室