唾液腺がんに対する新規抗アンドロゲン療法における奏効例の特徴と治療抵抗性に関連する遺伝子異常について報告~新規抗アンドロゲン療法の有効性を臨床試験で検証~

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2024-08-05 国立がん研究センター

発表のポイント

  • アンドロゲン受容体(AR)陽性の唾液腺がんに対する新規抗アンドロゲン療法の有効性と安全性を評価した臨床試験(YATAGARASU試験)の結果が公表されました。唾液腺がんに対する抗アンドロゲン療法の臨床的有用性を治験として検証した日本初の研究になります。
  • 次世代のAR阻害薬であるアパルタミドと、男性ホルモンの分泌を抑制する性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)アゴニストであるゴセレリンの併用療法が投与された患者さん24名において、6名(25%)に奏効を認め、12名(50%)に臨床的に有用な効果(半年以上の治療効果の持続、または奏効あり)が示されました。
  • また本研究では、患者さんの腫瘍検体や血液検体を解析し、組織型・AR発現割合・治療歴・各種遺伝子異常といった因子と、治療効果の関連を検討するバイオマーカー研究を実施し、奏効例の特徴や治療抵抗性に関与する機序が示唆されました。
  • 腫瘍組織におけるAR発現割合が70%以上で、これまで全身治療が行われていない患者さん11名において、6名(54.5%)に奏効を認めました。通常ARが強く発現する「唾液腺導管癌」と呼ばれる悪性度の高い組織型の腫瘍に着目して行ったバイオマーカー研究の結果、遺伝子パネル検査でMYCやRAD21という遺伝子の増幅が検出された患者さんにおける抗アンドロゲン療法の効果が乏しいという結果が示されました。また、一部の患者さんの治療終了時の血液検体にて上記の遺伝子増幅が検出されていたことから、これらの遺伝子異常が抗アンドロゲン療法の治療抵抗性に関わっている可能性が示唆されました。
  • 本研究の結果、AR陽性唾液腺がんへのアパルタミド+ゴセレリン療法の臨床的有用性に加え、治療抵抗性に関わるバイオマーカーの意義を示したことが評価され、米国科学雑誌「Clinical Cancer Research」に掲載されました。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)中央病院(病院長:瀬戸 泰之、東京都中央区)本間 義崇 頭頸部・食道内科医長らの研究グループは、アンドロゲン受容体(AR)陽性唾液腺がんに対する抗アンドロゲン療法(アパルタミド+ゴセレリン)の臨床的有用性の検証に加え、その治療による利益が得られる患者さんを特定するための腫瘍検体や血液検体を用いたバイオマーカー解析を行う研究を実施しました。
その結果、AR発現割合が高い場合や、全身治療が行われていない場合に、奏効割合が高い傾向を確認しました。また、一部の遺伝子増幅の存在が治療抵抗性に関わっている可能性が示されました。
本研究は、AR陽性唾液腺がんへの新規抗アンドロゲン療法であるアパルタミド+ゴセレリン療法の臨床的有用性に加え、治療抵抗性に関わるバイオマーカーの意義を示したことが評価され、米国科学雑誌「Clinical Cancer Research」に掲載されました。

背景

唾液腺は耳下腺・顎下腺・舌下腺と呼ばれる「大唾液腺」と、口腔粘膜内に広く分布する「小唾液腺」に分類されます。これらの唾液腺を発生母地とする悪性腫瘍の総称を「唾液腺がん」と呼びます。唾液腺がんは、頭頸部領域に生じる悪性腫瘍の約6%を占める希少がんであり、年間発症数は10万人当たり1人程度とされています。さらに、その種類(組織型)は20種類以上に及ぶことから、唾液腺がんは超希少がんの集合体であると言えます。日本人に最も多い組織型は「唾液腺導管癌」であり、悪性度の高い腫瘍になります。
唾液腺導管癌を主とする一部の組織型においてアンドロゲン受容体(AR)が強く発現することが知られています。アンドロゲンは精巣と副腎から産生される男性ホルモンであり、視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)と、GnRHの刺激で下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(Gn)によってコントロールされています。アンドロゲンが作用するARは様々な細胞の細胞質内に存在し、前立腺がんをはじめ色々ながんで発現が認められます(図1、左図)。
抗アンドロゲン療法注1は前立腺がんで治療開発が始まりました。まず、GnRHアゴニストを用いたアンドロゲン遮断療法(ADT)の有効性が示され、その次に第一世代のAR阻害薬であるビカルタミドをADTと併用する複合アンドロゲン遮断療法(CAB)がより有効であることが明らかとなり、広く用いられてきました。現在では、より効果的にARからの腫瘍増殖シグナルを阻害する次世代のAR阻害薬とGnRHを併用する新規の抗アンドロゲン療法の高い有効性が示され標準治療となっています(図1、右図)。

図1 アンドロゲン産生の流れ(左図)と抗アンドロゲン療法の作用機序(右図)

唾液腺がんに対する新規抗アンドロゲン療法における奏効例の特徴と治療抵抗性に関連する遺伝子異常について報告~新規抗アンドロゲン療法の有効性を臨床試験で検証~

ARが発現している唾液腺がん患者に対しても、過去の報告からビカルタミドとGnRHアゴニストを併用したCABの有効性が示されていましたが、前立腺がんと同様に次世代のAR阻害薬を用いたCABが有効ではないかと考えられてきましたが、臨床試験はこれまで行われておりませんでした。そこで今回我々は、国際医療福祉大学三田病院や東京医科大学をはじめとする日本国内の複数の施設と協力して立ち上げから関わり、次世代のAR阻害薬であるアパルタミドとGnRHアナログであるゴセレリンの併用する新規の抗アンドロゲン療法がARを発現している唾液腺がんに有効であるかどうかを調べる臨床試験を、ヤンセンファーマ株式会社主導の治験として実施しました。本研究は、唾液腺がんに対する新規抗アンドロゲン療法の臨床的有用性を検証した日本初の治験になります。

研究成果

本研究の結果、アパルタミドとゴセレリンの併用療法が投与された、切除不能または再発のAR陽性唾液腺がん患者さん24名において、6名(25%)に奏効を認め、12名(50%)に臨床的に有用な効果(半年以上の治療効果の持続、または奏効あり)が示されました(図2)。また、長期フォローアップデータ(観察期間中央値:33.1ヵ月)における、無増悪生存期間中央値(治療を受けた患者さんのうち、がんが大きくならずに生存している患者さんの割合がちょうど50%となっている時点)は7.5ヵ月、全生存期間中央値(治療を受けた患者さんのうち、生存している患者さんの割合がちょうど50%となっている時点)は未到達(データ解析時点で生存している患者さんの割合が50%以下になっていない)、2年生存割合は70.8%でした(図3)。さらに、腫瘍組織におけるAR発現割合が70%以上かつ全身治療が行われていない患者さん11名において、6名(54.5%)に奏効を認め、その無増悪生存期間中央値は9ヵ月、全生存期間中央値は未到達で、2年生存割合は81.8%でした。

図2 腫瘍サイズの変化(-30%以上が奏効例)

図3 各患者さんにおける治療経過

通常ARが強く発現する「唾液腺導管癌」と呼ばれる悪性度の高い組織型の腫瘍に着目して行ったバイオマーカー注2研究の結果、遺伝子パネル検査注3でMYCやRAD21という遺伝子の増幅が検出された患者さんにおける抗アンドロゲン療法の効果が乏しいという結果が示されました(図4)。また、一部の患者さんの治療終了時の血液検体では上記の遺伝子増幅が検出されていたことから、これらの遺伝子異常が抗アンドロゲン療法の治療抵抗性に関わっている可能性が示唆されました(図5)。本バイオマーカー研究は、東京医科大学との共同研究として実施されました。

図4 各遺伝子異常と治療効果の関連(「遺伝子異常あり」に印が付記)

図5 治療経過中に特定の遺伝子異常が出現し治療無効となったケース

展望

本研究の結果、AR陽性唾液腺がんに対して新規抗アンドロゲン療法を投与する際に、腫瘍検体の検討により、高い効果が予測される患者さんが同定される可能性が示唆されました。本研究で得られた知見は、2024年2月から日本で使用可能となった抗アンドロゲン療法(ビカルタミド+リュープロレリン)を実施する際の治療適応の検討、そして今後実施されるAR陽性唾液腺がんを対象とした抗アンドロゲン療法の治療開発に役立つことが期待されます。
注記:本発表時点で、アパルタミドおよびゴセレリンは、唾液腺がんに対する効能または効果を有しておらず、保険適用外となります。

論文情報

雑誌名
Clinical Cancer Research

タイトル
Apalutamide and Goserelin for Androgen Receptor-Positive Salivary Gland Carcinoma:A Phase 2 Nonrandomized Clinical Trial, YATAGARASU

著者
Yoshitaka Honma, Nobuya Monden, Keisuke Yamazaki, Satoshi Kano, Hironaga Satake,Shigenori Kadowaki, Yoshitaka Utsumi, Tomohiko Nakatogawa, Ryo Takano, Koji Fujii,Yosuke Koroki, Junya Aoyama, Shohei Ouchi, Tetsuro Ogawa, Sharon McCarthy,Sabine Brookman-May, Suneel Mundle, Jinhui Li, Daksh Thaper, Toshitaka Nagao, Yuichiro Tada

DOI
10.1158/1078-0432.CCR-24-0455

掲載日
2024年6月28日

URL
https;//aacrjournals.org/clincancerres/article/doi/10.1158/1078-0432.CCR-24-0455

研究費

研究費名(支援先):ヤンセンファーマ株式会社
研究課題名:アンドロゲン受容体(AR)陽性の局所進行又は再発/転移性唾液腺癌患者を対象とした性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)アゴニスト併用におけるアパルタミドの有効性及び安全性を評価する非盲検第2相試験
研究代表者名:ヤンセンファーマ株式会社

用語解説

注1:抗アンドロゲン療法
アンドロゲンは精巣と副腎から産生される男性ホルモンであり、視床下部から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)と、GnRHの刺激で下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(Gn)によってコントロールされています。アンドロゲンが作用するアンドロゲン受容体(AR)は様々な細胞の細胞質内に存在し、前立腺がんをはじめ色々ながんで発現が認められます。唾液腺がんでは「唾液腺導管癌」で高発現していることが知られています。
アンドロゲンの作用を阻害する抗アンドロゲン療法には、GnRHの下垂体への作用を阻害する「GnRHアゴニスト」、アンドロゲンがARに作用し生じるシグナル伝達を阻害する「AR阻害薬」、アンドロゲン合成に関与するCYP17という酵素を阻害する「CYP17阻害薬」などがあります。

注2:バイオマーカー
ある疾患の有無や、病状の変化・進行・治療効果などで指標となる項目(血圧、心拍数、心電図、認知機能テストなど)および生体内の物質(タンパク質、代謝物や遺伝子など)を指します。

注3:遺伝子パネル検査
患者さんの組織や血液に含まれるがんに関連する遺伝子の異常を数十から数百種類まとめて調べる検査法で、次世代シークエンスと呼ばれる新技術が使われています。

お問い合わせ先

研究についてのお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター 中央病院
頭頸部・食道内科 本間 義崇

広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

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