将来の位置の空間座標を示すニューロンを発見~脳の嗅内皮質が格子表現で未来の位置を予測~

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2024-08-22 理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 時空間認知神経生理学研究チームの藤澤 茂義 チームリーダーと大内 彩子 基礎科学特別研究員の研究チームは、嗅内皮質(きゅうないひしつ)[1]において、自らの将来の位置に対して空間を格子(グリッド)状に表現するニューロン(神経細胞)を発見しました。

本研究成果は、動物やヒトにおける空間認識や未来予測の神経基盤の理解に貢献すると期待されます。

今回、研究チームは、ラットが広い環境で探索行動をしているとき、嗅内皮質において、そのラットの数十センチメートル先の将来の位置に対して空間を格子状に表現する「予測的格子細胞」を発見しました。予測的格子細胞は、進行方向に対して格子場をシフトさせることで、将来の空間情報を表現していました。予測的格子細胞は海馬のシータ波[2]と呼ばれる脳波の谷の位相[3]で活動し、他のタイプの格子細胞とともに、各シータ波の周期全体にわたって現在位置から未来位置への軌跡の情報を構成していました。この結果は、嗅内皮質が空間ナビゲーションにおいて、将来の計画をサポートする予測マップを提供していることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(8月16日付)に掲載されました。

将来の位置の空間座標を示すニューロンを発見~脳の嗅内皮質が格子表現で未来の位置を予測~
嗅内皮質で発見された予測的格子細胞

背景

私たちは普段の暮らしの中で、さまざまな空間認識を自然に行っています。例えば、私たちは自宅から最寄り駅への経路を自然に思い浮かべることができます。このような空間認識には、脳の海馬と嗅内皮質という脳部位が関係していることが知られています。海馬には、空間における自己の位置を認識することのできる「場所細胞」というニューロンが存在し、脳内で地図を構成することに役立っています。また、嗅内皮質には、自己が六角形の格子点に当たる場所を通過するときに活動する「格子細胞」というニューロンが存在し、この格子細胞が空間認知のための座標系を構成していると考えられています。場所細胞を発見したオキーフ教授と格子細胞を発見したモーザー教授夫妻は、空間認知に関わる脳細胞の発見の成果で2014年のノーベル医学生理学を受賞しました。

ただ、これまでの研究では、現在の自己の位置を認識する仕組みは分かっていましたが、これから移動する将来の位置の空間情報を認識する仕組みについては分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究チームはまず、ラットに「目標指向的行動課題」を学習させました。これは2.1mx2.1mの正方形の環境において、外周の直線上の2カ所に水ポートが置いてあり、その二つの間を往復することで報酬がもらえるという行動課題で、水ポートの位置を少しずつ変えることでラットは環境全体を動き回ることになります(図1)。

ラットが空間内をくまなく移動する目標指向的行動課題の図
図1 ラットが空間内をくまなく移動する目標指向的行動課題
A:2.1m×2.1mの大きさの環境において、外周上の2カ所に水ポートが置いてあり、ラットはその間を往復することで報酬がもらえる。水ポートの位置は20トライアルの課題ブロックごとに少しずつ移動され、そのためラットは環境全体を動き回ることになる。
B:目標指向的行動課題1セッションにおける実際のラットの軌跡。空間内をくまなく移動していることが分かる。


次に、この課題を行っているときのラットの嗅内皮質および海馬におけるニューロンの活動を、超小型高密度電極を用いて記録しました。その結果、嗅内皮質において、ラットがこれから移動する数十センチメートル先の将来の空間の位置に対して格子表現を持つニューロンを発見し、これを「予測的格子細胞」と名付けました。これらの予測的格子細胞は、現在の位置では格子表現を持たず、進行方向に対して格子場をシフトさせることで、将来の空間情報を表現していることが分かりました(図2)。また、予測的格子細胞は目的指向的行動課題に限らず、環境を自由に探索させても同様に将来の空間情報を表現することを確認しました。

嗅内皮質から記録された予測的格子細胞の活動パターンの図
図2 嗅内皮質から記録された予測的格子細胞の活動パターン
予測的格子細胞は、ラットの現在の位置を基に発火率(活動電位の発生率)を計算すると空間的な特徴を持たないが、ラットが将来その軌跡上の24cm先の位置に存在すると仮定して発火率を計算すると空間的に六角形の格子(グリッド)パターンを有する。


格子細胞の活動するタイミングと海馬のシータ波の位相は密接に関連しています。予測的格子細胞の特徴を調べてみると、予測的格子細胞はシータ波の谷の位相で活動し、現在の位置に対して活動する標準的な格子細胞とは全く違うタイミングで活動していました。嗅内皮質の神経回路では、予測的格子細胞と標準的な格子細胞の情報を統合することにより、各シータ波の周期全体にわたって現在位置から未来位置への軌跡の情報を構成していました。

今後の期待

今回の研究では、現在の位置ではなく、これから移動する将来の空間の位置に対して格子表現を持つ「予測的格子細胞」を発見しました。この予測的格子細胞は、空間ナビゲーションにおいて将来の移動計画を行う上で重要な役割を担っていると考えられます。今後は、どのような神経回路メカニズムによってこのような予測的格子細胞が形成されているのかについて研究を進めていく計画です。

補足説明

1.嗅内皮質(きゅうないひしつ)
脳の中で、空間ナビゲーションや記憶をつかさどる領域の一つ。解剖学的には海馬に隣接し、海馬と密に情報のやり取りを行っていることが知られている。

2.シータ波
海馬で観察される特徴的な脳波で、8~11ヘルツ(Hz)ぐらいの周波数を持つ。特に、動物が探索活動をしているときに観測され、海馬・嗅内皮質の空間情報処理に重要な役割を持つと考えられている。

3.位相
一つの波のどのタイミングかを「位相」といい、角度の単位で表す。ここでは、波の山の頂点では位相が0°、波の谷底では180°、再び山の頂点では360°(360°と0°は同じ)である。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「経験した出来事とその時系列情報を記憶する神経回路基盤(研究代表者:藤澤茂義)」、同若手研究「空間ナビゲーションにおいて未来の経路を予測する神経メカニズムの解明(研究代表者:大内彩子)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「時間生成学(領域代表者:北澤茂)」、内藤記念科学振興財団、笹川科学研究助成などによる助成を受けて行われました。

原論文情報

Ayako Ouchi & Shigeyoshi Fujisawa, “Predictive grid coding in the medial entorhinal cortex”, Science, 10.1126/science.ado4166

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 時空間認知神経生理学研究チーム
チームリーダー 藤澤 茂義(フジサワ・シゲヨシ)
基礎科学特別研究員 大内 彩子(オオウチ・アヤコ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

医療・健康
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