2025-02-06 東京大学
発表のポイント
- PM2.5汚染、高齢化、医療資源の不均衡がもたらす健康格差を日本全国規模で明らかにしました。
- 日本全国の規模で、高齢化社会におけるPM2.5暴露による世代間不平等と、医療部門別の疾病影響と費用負担を初めて定量化しました。さらに、地方における過疎化とそれに伴う医療資源の空洞化を背景に、PM2.5汚染が高齢化社会の健康面での不平等をさらに悪化させている現状を浮き彫りにしました。
- 大気汚染が高齢化社会に及ぼす影響を解明するとともに、医療資源の配分という観点から地域格差を緩和し、また健康的な高齢化を促進するための科学的根拠を提供することで、重要な政策的示唆を与えることが期待されます。
本研究のフレームワーク
概要
東京大学大学院工学系研究科のロンイン准教授と吉田好邦教授らの研究グループは、PM2.5汚染(注1)が高齢化地域における異なる医療部門に与える疾病影響を明らかにしました。本研究では、Global Exposure Mortality Model(GEMM)および年齢調整済みのAVSLモデル(注2)を用いて、PM2.5暴露による健康損失を詳細に分析しました。さらに、日本全国の17万件を超える医療施設データを組み合わせて、PM2.5関連の5つの主要疾病への影響(図1)と特定医療施設の空間的分布が不均衡であることを明らかにしました。
特に、本研究では地方における過疎化とそれに伴う医療資源の空洞化を背景に、PM2.5汚染が高齢化社会の健康面での不平等をさらに悪化させている現状を指摘しています。地方では高齢化が進行するとともに、医療施設や専門医の減少が進んでおり、特定疾患の治療が困難な地域が増えています。このような状況下で、PM2.5がもたらす健康影響が顕著に現れ、特に呼吸器系や心血管系疾患において医療需要が増大していることが示されました。先行研究と比較した本研究の新規性は、高齢化が大気汚染による健康影響を悪化させる点を明らかにするとともに、地域医療の発展レベルの違いを考慮し、PM2.5に関連する医療費の空間的分布を定量化した点にあります。この成果は、汚染に脆弱な地域を効率的に特定し、適切な医療戦略を策定することで、高齢化に伴う大気汚染による健康損失の軽減に役立つことが期待されます。また、本研究の分析フレームワークは、今後の世界的な高齢化および大気汚染問題への対応においても重要な指針となることが期待できます。
本研究成果は、2025年2月4日(英国時間)に英国科学誌「Nature Sustainability」のオンライン版に掲載されました。
図1:疾病別のPM2.5暴露の空間分布
発表内容
これまでの研究では、PM2.5汚染が異なる年齢層の健康に与える影響について主に議論されてきましたが、それらの研究の多くはマクロレベルにとどまり、世代間不平等や地域医療資源の不均衡に関する精緻な議論が不足していました。特に、日本のような深刻な高齢化社会に焦点を当てた研究はほとんど行われていません。この度、本研究チームは17万件以上の医療施設データの空間分布を活用し、PM2.5暴露がもたらす日本国内の世代間健康影響および地域医療費を世界で初めて包括的に評価しました(図2)。
約1年にわたる詳細なデータ分析の結果、60歳以上の高齢者、特に80歳以上の高齢者がPM2.5暴露による疾病影響を大きく受けていることが明らかになりました。さらに、1950年代に生まれた「団塊の世代」(注3)が2030年までに高齢者層の中心を形成し、この世代特有の属性がPM2.5暴露による健康不平等をさらに悪化させる可能性が示されました。また、地域別の分析では、西日本の農村地域がPM2.5関連の社会経済的コスト、疾病コスト、医療コストのいずれも特に高いことが確認されました。PM2.5が引き起こす下気道感染症や虚血性心疾患は、日本の医療システムに大きな負担をかけており、これらの地域では迅速な医療資源の拡充と政策的支援が求められます。
図2:日本における年齢階層別AVSLとPM2.5関連の健康影響
本研究は、これまで十分に注目されてこなかった日本における空気汚染問題、特にPM2.5が地域医療費に与える影響について、新たな視点を提供します。まず、PM2.5による健康影響を社会経済的観点から再評価し、個人や地域が直面する暴露リスクと医療資源の不均衡という二重の課題を明らかにしました。この分析により、自然環境の変化や社会経済構造の変化にどのように適応すべきか、そしてその適応コストをいかに抑制するかという、将来的に社会が直面する重要な課題を浮き彫りにしました。
さらに、本研究は、政策立案者に対し、医療資源の最適な配分や地域間格差の緩和に向けた具体的なデータと示唆を提供します。また、日本国内にとどまらず、同様の課題を抱える他国においても適応可能な実用的な手法と知見を提供します。この研究で構築した分析フレームワークは、他の空気汚染問題や疾病研究にも応用可能であり、特に高齢化が進む社会において、健康影響の評価や医療資源の効率的な管理を目指す政策策定に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
ロン イン(Long Yin) 准教授
キョ ショウエン(Xu Xiaoyan) 修士課程
コウ リチャオ(Huang Liqiao) 博士課程
吉田 好邦 教授
四川大学 商学院
ヨウ リメイ(Yao Liming) 教授
論文情報
雑誌名:Nature Sustainability
題 名:Rising socio-economic costs of PM2.5 pollution and medical service mismatching
著者名:Xiaoyan Xu, Liqiao Huang, Liming Yao*, Yoshikuni Yoshida, Yin Long*
DOI:10.1038/s41893-025-01509-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41893-025-01509-9
研究助成
本研究は、科研費基盤研究(B)「気候変動に対応した環境と健康を両立する持続可能な食生活の提案」(課題番号:JP24K03146)、科研費基盤研究(C)「家庭の世帯属性と人口動態を考慮した2050年カーボンニュートラル実現の道筋」(課題番号:JP23K11542)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)PM2.5汚染:
直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質(Particulate Matter 2.5)による汚染のこと。大気中に浮遊する微粒子が呼吸器系や心血管系などの健康に深刻な影響を及ぼすとされています。
(注2)AVSLモデル:
年齢調整済み統計生命価値(Age-adjusted Value of Statistical Life)のモデルであり、特定の年齢層が持つ統計的生命価値を地域の経済状況や生存率などに基づいて調整し、健康損失を貨幣価値に換算するために用いられる指標です。
(注3)「団塊の世代」:
日本で1947年から1949年の第1次ベビーブームの間に生まれた世代を指し、高齢化の進行に伴いこの世代の社会保障や医療制度に対する費用が増大している点で注目されています。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Sustainability:https://www.nature.com/articles/s41893-025-01509-9