試験管内で迅速かつ安定的に抗体を作製する技術を開発~免疫細胞における抗体遺伝子再編成のコントロールの実現による~

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2025-02-27 東京大学,カイオム・バイオサイエンス

発表のポイント
  • 免疫細胞の持つ抗体遺伝子再編成能力をコントロールし、試験管内で安定的に抗体作製をする技術を開発しました。
  • オーキシンデグロン法と呼ばれる技術を用い、抗体遺伝子再編成のトリガーとなる活性化誘導シチジンデアミナーゼを細胞内で任意のタイミングで分解する世界初の技術を開発し、この細胞を用いた抗体作製に成功しました。
  • 医薬品や診断薬、研究試薬に適用可能な抗体の迅速かつ安定的な作製が期待されます。

試験管内で迅速かつ安定的に抗体を作製する技術を開発~免疫細胞における抗体遺伝子再編成のコントロールの実現による~
抗体遺伝子再編成のコントロール技術を利用した抗体作製

概要

東京大学大学院総合文化研究科の瀬尾秀宗講師、太田邦史教授と株式会社カイオム・バイオサイエンス、東京都立大学大学院理学研究科の廣田耕志教授、国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授、東北医科薬科大学の阿部拓也講師らによる研究グループは、抗体遺伝子の多様化を自在にコントロールしつつ、抗体作製を行う技術を開発しました。

本研究では、抗体遺伝子再編成のトリガーとして知られる活性化誘導シチジンデアミナーゼ(activation induced deaminase; AID)(注1)の機能のON/OFFを、細胞内の狙ったタンパク質を任意のタイミングで分解する「オーキシンデグロン法(auxin inducible degron)」(注2)を利用して制御することに世界で初めて成功しました。このAID機能の制御技術を搭載した免疫細胞では、抗体遺伝子の多様化能のON/OFFを人為的に自在にコントロールすることが可能となり、本細胞を利用して安定かつ確実な試験管内抗体作製を実現しました。免疫細胞を利用した従来の試験管内抗体作製法では、抗原に結合する抗体を取得した後に抗体産生細胞の抗体遺伝子が一部変化し、得られた抗体の性質が変わってしまうことがありましたが、本技術を用いることで簡便な安定化が可能になりました。抗体は医薬品や診断薬、研究試薬として利用されており、高品質な抗体の取得は重要な課題です。本研究成果は今後、こうした目的に使用する抗体の確実かつ効率的な作製に役立つことが期待されます。

この研究成果は、2025年2月26日付で国際学術誌Communications Biologyに掲載されました。

発表内容

抗体は、私たちが感染症に罹患した際などに体内に侵入してきた異物と結合し、排除するために免疫系が作り出すタンパク質です。抗体は研究試薬や診断薬としての利用に加え、現在は医薬品として注目を集めており、癌や自己免疫疾患、感染症などに対する治療用抗体(抗体医薬)が数多く開発されています。

試験管内の抗体作製技術であるADLib®(Autonomously Diversifying Library)システムは、鳥類の免疫系由来の培養細胞であるDT40細胞を利用した抗体作製技術です。鳥類の抗体遺伝子は、機能的なものは一つしかありませんが、偽の抗体遺伝子が多数存在します。これら偽の遺伝子と機能的な抗体遺伝子との間で相同組換え(注3)という組換えが起きています。この相同組換えにより偽の遺伝子が様々なパターンで機能的遺伝子に上書きされ(図1)(これを「抗体遺伝子再編成」と呼びます)、異物に対する多種多様な抗体が準備されています。

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図1:相同組換えによる鳥類抗体遺伝子再編成偽の抗体遺伝子が機能的抗体遺伝子に上書きされ、鳥類抗体遺伝子の多様性が創出されます。


ADLib®システムは、DT40細胞の抗体遺伝子再編成を活性化させてライブラリ(さまざまな種類の抗体を産生する細胞集団:注4)を作製し、そこから標的抗原を結合させた磁気ビーズ(鉄の微粒子)等により迅速に目的の抗体を作製する技術です(図2)。ADLib®システムは、1)迅速である(セレクションからスクリーニングまで最短10日程度)、2)独自の多様化メカニズムに基づいた抗体作製が可能、3)得られた抗体の標的に対する結合力の強化(親和性成熟:注5)が容易、といった従来技術とは一線を画する特長を有しています。しかしながらDT40細胞の抗体遺伝子では抗体の選抜後も弱いながら再編成が起きており、長期間の培養に伴い少しずつ活性の変化した抗体が混ざってきてしまうという課題がありました。ライブラリ作製の時には抗体遺伝子再編成をONにし、抗体産生細胞を選抜した後はOFFにする、というコントロールが簡単にできれば、こうした手間を省いて安定的に抗体作製を行うことが可能になります。

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図2:ADLib®システムの概要DT40細胞の抗体遺伝子においてシャフリングを活性化させることでライブラリを構築し、ここから標的タンパク特異的な抗体を迅速に単離できます。

 


そこで我々は、抗体遺伝子再編成のトリガーとなる因子であるAIDに着目しました。AIDは抗体遺伝子のDNAの塩基を修飾します。細胞はこの修飾を損傷と認識し、これを修復しようとする過程で抗体遺伝子再編成が起きます。また、AIDの機能をコントロールする技術として、国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授らが開発したオーキシンデグロン法を利用しました。本技術は安価な植物ホルモンであるオーキシンを利用して細胞内の狙ったタンパク質を速やかに分解することの出来る技術です。本研究では、DT40細胞の持つAID遺伝子を破壊し、その後オーキシンデグロン法で分解可能なAIDを導入する事で、AIDの機能をコントロールできる細胞株を開発しました。なお、通常オーキシンデグロン法も「AID」と略されるため、この細胞株のことを、「AID2株」と名付けました(単に「AID」とした場合は活性化誘導シチジンデアミナーゼを指します)。AID2株は、培地へのオーキシン添加後わずか1時間程度でAIDタンパク質が分解され、さらに抗体遺伝子再編成が停止することも確認されました。さらに、AID2株のAIDをONにした状態で抗体ライブラリを作製し、そこから抗原特異的な抗体産生細胞を単離すると同時にAIDをOFFにすることで抗体作製を試みた(図3)ところ、創薬候補となり得るターゲットを含む複数の抗原に対する抗体取得に成功し、得られた抗体の結合力は従来のADLib®システムで得られた抗体と概ね同等であることが確認されました。

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図3:AID2株を用いた抗体作製の概要
AIDをONにして抗体遺伝子再編成によりライブラリを作製後、標的抗原と結合する抗体産生細胞を単離すると同時にAIDをOFFにして、抗体遺伝子再編成を停止させ、以後得られたクローンを安定的に維持します。


今回発表したAID2株を用いた抗体作製は、抗体の安定的な作製を実現します。また本論文ではニワトリ抗体を産生する元々のDT40細胞を利用しましたが、我々はこれまでにヒト抗体を産生するDT40細胞を利用した「ヒトADLib®システム」を開発しています。今回開発したAID2システムをヒトADLib®システムに搭載することで、抗体医薬品候補の安定的な取得が期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科
瀬尾 秀宗 講師
太田 邦史 教授
村山 晃歩 特任研究員
松井 晋 研究当時:博士課程

株式会社カイオム・バイオサイエンス 研究本部創薬技術部
黒澤 恒平 部長

東京都立大学大学院理学研究科
廣田 耕志 教授

国立遺伝学研究所遺伝メカニズム研究系
鐘巻 将人 教授

東北医科薬科大学薬学部
阿部 拓也 講師

論文情報

雑誌名:Communications Biology
題名:Monoclonal Antibody Generation by Controlled Immunoglobulin Gene Rearrangements
著者名:Akiho Murayama, Shin Matsui, Takuya Abe, Masato T. Kanemaki, Kohei Kurosawa, Kouji Hirota, Kunihiro Ohta and Hidetaka Seo*
DOI:10.1038/s42003-025-07690-z
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-025-07690-z

研究助成

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業(課題番号:23am0401025h0005)」、科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR18S)」、科研費「基盤研究C(課題番号:23K04503)」の支援により実施されました。

用語説明

(注1)活性化誘導シチジンデアミナーゼ
抗体遺伝子再編成の「引き金」となる因子。ゲノム中のDNAのデオキシシチジンを脱アミノ化し、デオキシウリジンにする活性を持ちます。

(注2)オーキシンデグロン法
植物細胞は、一部のタンパク質をオーキシン依存的に修飾し、この修飾を受けたタンパクを分解します。この原理を利用し、デグロンと呼ばれるタグを標的タンパクと融合させることでオーキシン依存的に標的タンパクを分解する技術です。

(注3)相同組換え
配列がよく似た遺伝子同士の間で起きる組換え。鳥類抗体遺伝子のみならず、DNAに損傷が入った際の修復や精子や卵子の形成の際などにも起きる、非常に重要な組換えです。

(注4)ライブラリ
多様な抗体を産生する細胞集団のこと。さまざまな書物を収めた図書館(ライブラリ)になぞらえてこのように呼びます。

(注5)親和性成熟
抗体が標的に結合する強さを増強させること。抗体の結合力を増強させることで、試薬や診断薬では検出感度を向上させ、抗体医薬の副作用や投与量を低減させる効果があります。

生物工学一般
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