2019-08-27 理化学研究所
理化学研究所(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの石川優樹客員研究員、寺尾知可史チームリーダーらの共同研究グループ※は、関節リウマチ(RA)患者における「喫煙歴」がRAの二つの自己抗体[1]価、「抗CCP抗体(ACPA)[2]」と「リウマチ因子(RF)[3]」に及ぼす影響が、遺伝的背景によって異なることを発見しました。
本研究成果は、いまだ不明な点が多いRAの病態解明や発症予防に向けた、基礎医学や臨床医学研究に貢献すると期待できます。
今回、共同研究グループは、RA患者6,239人の発症時における喫煙状況とACPA、RFとの関連を、患者の遺伝的背景を含めて解析しました。その結果、RA発症時の喫煙は、発症後のACPA・RF高値と強く関連しており、特にRFの影響がACPAよりも強く認められました。また、RAの遺伝的リスクと考えられているシェアドエピトープ(SE)[4]と呼ばれる共通のアミノ酸配列をコードするHLA-DRB1[5]遺伝子型を持つ患者では、喫煙によるACPA高値への影響が認められましたが、SEを持たない患者では認められませんでした。一方、喫煙によるRF高値への影響は、SEの有無に関わらず認められました。これらの結果は、RAにおいてしばしば共存するACPAとRFの産生メカニズムが根本的に異なることを示しています。さらに、喫煙のACPA・RF高値への影響は、発症前の禁煙期間により徐々に消失していくことも分かりました。
本研究は、英国の科学雑誌『Annals of the Rheumatic Diseases』のオンライン版(8月19日付け:日本時間8月19日)に掲載されました。
図 発症時の喫煙のRA自己抗体高値への影響
※共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム
客員研究員 石川 優樹(いしかわ ゆうき)
(ジョスリン糖尿病センター 免疫生物学科 研究員、日本学術振興会 海外特別研究員)
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
(静岡県立総合病院 臨床研究部 免疫研究部長、静岡県立大学 薬学部 ゲノム病態解析講座 特任教授)
東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センター
整形外科
准教授 猪狩 勝則(いかり かつのり)
(日本科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 研究員)
膠原病リウマチ内科
教授 谷口 敦夫(たにぐち あつお)
教授・講座主任(研究当時) 山中 寿(やまなか ひさし)
(医療法人財団順和会山王メディカルセンター センター長、国際医療福祉大学 教授)
京都大学大学院 医学研究科
リウマチ性疾患先端医療学
助教 橋本 求(はしもと もとむ)
准教授 田中 真生(たなか まさお)
整形外科学
准教授 伊藤 宣(いとう ひろむ)
内科学講座臨床免疫学
准教授 大村 浩一郎(おおむら こういちろう)
教授(研究当時) 三森 経世(みもり つねよ)
(京都大学 名誉教授、医療法人医仁会武田総合病院 病院長)
背景
成人最多の慢性炎症性多関節炎である関節リウマチ(RA)は自己免疫疾患[1]です。RA患者には、自己抗体として主に「抗CCP抗体(ACPA)」と「リウマチ因子(RF)」の二つが臨床現場で日常的に測定されています。これらの自己抗体は、RAの診断のみならず、RAの疾患経過を予測する因子としても重要で、これら自己抗体価の高い患者では、関節破壊が進行しやすいことなどが知られています。また、RA患者では、ACPAとRFはしばしば共存します。
RAのリスクとして、「喫煙」と「遺伝因子」が知られています。これまでの研究で遺伝因子の中で最も強いリスクは、シェアドエピトープ(SE)と呼ばれる共通のアミノ酸配列をコードする、HLA-DRB1遺伝子群であることが分かっています。
喫煙と自己抗体陽性RA(特にACPA陽性)との関連とそのメカニズムは、これまでの研究でも示唆されていました。しかし、喫煙と自己抗体陽性RAの中での抗体価との関連の詳細はよく分かっていませんでした。RAの病態形成において、HLA-DRB1遺伝子などの遺伝的因子に加え、喫煙をはじめとした環境因子が加わることにより、自己抗体の産生やRAの発症に至ると考えられています。そこで、共同研究グループは、RA患者における喫煙が自己抗体価に及ぼす影響を、遺伝的背景との関連を踏まえて解析を行いました。
研究手法と成果
共同研究グループは、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センターと京都大学医学部附属病院リウマチセンターに通院する合計6,239人のRA患者を対象として、直近の受診時における喫煙歴の記録をもとに、まず非喫煙者と喫煙者に分類し、さらに喫煙者をRA発症時の喫煙状況に基づき、発症時禁煙者・発症時喫煙者・その他(発症後に喫煙開始)に分類しました(図1)。これは、RAの詳細な喫煙の調査として、アジアで最大規模となります。また、直近の受診時のACPA・RF値に基づき、ACPA陽性・RF陽性、ACPA高値(ACPA陽性者の上位1/4)・RF高値(RF陽性者の上位1/4)の四つに分類しました。
次に、発症時の喫煙状況とACPA・RFとの関係を、多重ロジスティック回帰分析[6]により調べました。その結果、発症時喫煙者は、ACPA・RFの陽性・高値と強い関連を示し、特にRFでこの関連は強く認められました。また、女性よりも男性で強い関連が認められました。
また、禁煙による影響を検討する目的で、発症時禁煙者をRA発症時までの禁煙期間により三つのカテゴリー(0~10年、10~20年、20年以上)に分類し、ACPA・RF陽性・高値のリスクを非喫煙者と比較しました。その結果、禁煙期間が長くなるにつれて、徐々にACPA・RF陽性・高値のリスク(オッズ比[7])と患者の割合が下がりました(図2)。一方で、ACPA陽性・高値のリスクは、20年近くの長期にわたって喫煙の影響が残存する可能性も認められました(図2A、B)。
これらのことから、発症時喫煙者がACPA・RF高値に強く影響すること(RF>ACPA、男性>女性)、禁煙によってその影響が徐々に低下することが分かりました。
次に、RAの発症やACPA陽性・高値と関連することが知られているHLA-DRB1遺伝子、特にシェアドエピトープ(SE)と呼ばれる共通のアミノ酸配列を持つ特定のHLA-DRB1遺伝子群と喫煙との相互作用がACPA・RFに及ぼす影響を調べるために、発症時喫煙者と非喫煙者をそれぞれSEアレル[8]の有無で分け、SEアレルを持たない非喫煙者を対照とした各群のACPA・RF高値のリスクを算出しました。
その結果、ACPAにおいては、SEアレルを持つ群で高いリスクが認められ、発症時喫煙者であってもSEアレルを持たない群では、喫煙によるリスクが認められませんでした(図3左)。一方、RFでは、SEアレルの有無に関わらず喫煙によるリスク上昇が認められました(図3右)。また、複数あるSEのアレルの中で、日本人で一番多いHLA-DRB1*04:05と、それ以外のSEアレルとの違いは認められませんでした。しかし、HLA-DRβ1分子内の74番目のアミノ酸の多型[9]が、SEと喫煙の相互作用を説明するものとして確認されました。
これらのことから、喫煙の自己抗体価への影響は、ACPAにおいてはSEアレルを持つ場合のみに認められ、RFではSEアレルの有無に関係なく認められるという明確な違いが明らかになりました。また、喫煙とHLA-DRB1遺伝子との相互作用によるACPAへの影響がアミノ酸レベルで明らかになりました。
今後の期待
本研究を通して、RA発症時の喫煙歴が将来のACPA・RF高値につながること、SEアレルの有無でACPAとRFで影響が異なること、禁煙によりこれらの影響は徐々に低下することが明らかになりました。これらの知見は、いまだ不明な点が多いRA病態の解明に向けて有用であり、また将来の自己抗体高値ひいてはRA発症の予測にもつながると期待できます。
RA患者6,239人での検討は、アジア人での喫煙関連のRA研究としては過去最大規模のものであり、アジア人、特に日本人RA患者において今後の臨床・基礎研究を進めていく上で重要な知見となります。
また、喫煙がRAの発症やACPA高値のリスクとなることは欧米人においても同様ですが、HLA-DRB1アレルは日本人と異なっています。アジア人で最も多いHLA-DRB1*04:05とそれ以外のアレルとでリスクが同等であったことは、今回の知見が欧米人においても当てはまる可能性を示しており、今後欧米人においても同様の解析を行うことで、RA病態の解明へのさらなる進歩が期待できます。
原論文情報
Yuki Ishikawa, Katsunori Ikari, Motomu Hashimoto, Koichiro Ohmura, Masao Tanaka, Hiromu Ito, Atsuo Taniguchi, Hisashi Yamanaka, Tsuneyo Mimori, Chikashi Terao, “Shared Epitope Defines Distinct Associations of Cigarette Smoking with Levels of Anti-Citrullinated Protein Antibody and Rheumatoid Factor”, Annals of the Rheumatic Diseases, 10.1136/annrheumdis-2019-215463
発表者
理化学研究所
生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム
客員研究員 石川 優樹(いしかわ ゆうき)
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- 自己抗体、自己免疫疾患
- 抗体は、主に細菌やウイルスなどの外来の異物(抗原)を排除する目的で産生されるタンパク質であり、ワクチンや疾患の治療にも使用される。しかし、自分の体由来の物質を異物として認識する抗体が産生されることがあり、これを自己抗体と呼ぶ。自己抗体は、関節リウマチをはじめとした種々の自己免疫疾患で認められ、診断や治療経過のモニターに使用される。
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- 抗CCP抗体(ACPA)
- 関節リウマチで認められる自己抗体の一つであり、特異性が高いことから診断に使用される。ACPA高値は、関節破壊のリスクであることが知られている。ACPAはanti-citrullinated cyclic peptide/protein antibodyの略。
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- リウマチ因子(RF)
- 関節リウマチで認められる自己抗体の一つ。APCAよりも特異性が低いが診断において参照される。ACPA同様にRF高値は関節破壊のリスクであることが知られている。RFはrheumatoid factorの略。
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- シェアドエピトープ(SE)
- タンパク質HLA-DRβ1のうち、共通の70~74番のアミノ酸配列パターン示す群が存在し、そのアミノ酸配列をシェアドエピトープ(SE)、SEを持つHLA-DRB1をSEアレルと呼ぶ。ACPA・RF陽性RA発症やACPA高値と強く関連しており、RA病態形成上重要な遺伝的因子である。SEはshared epitopeの略。
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- HLA-DRB1
- HLA-DRβ1をコードするヒト白血球抗原(human leukocyte antigen, HLA)遺伝子の一つ。HLAは多様性に富んでおり、外来抗原に対する多様な免疫応答において重要である一方で、その多様性がRAを含む種々の自己免疫疾患と関連することが分かっている。
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- 多重ロジスティック回帰分析
- 複数の説明(独立)変数を用いて、特定の目的(従属)変数を予測する多変量解析の方法の一つであり、医学統計で度々使用される。目的(従属)変数は「ACPA陽性・ACPA陰性」「RF高値陽性例・RFが高値でない陽性例」などの名義変数である。
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- オッズ比
- 発症リスクの大きさの指標。基準とするものに対して、発症するリスクが何倍に上がるかを表す。
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- アレル
- ヒトをはじめとした2倍体と呼ばれる生物では、母親由来と父親由来の染色体を受け継ぐため、異なる遺伝情報を持つ二つの対遺伝子が存在しており、この対遺伝子を対立遺伝子あるいはアレルとよぶ。仮に複数あるSEアレルをA、B、C(実際には三つ以上ある)、SEアレルでないものをXとしたとき、両親から受け継ぐアレルによって子のアレルは、AA、AB、AC、AX、BB、BC、BX、CC、CXといった異なる組み合わせが存在し得ることになる。
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- 多型
- ここでは遺伝子多型のことを示しており、遺伝子を構成しているDNA配列の個体差で、集団の1%以上の頻度で認められるものを指す。DNA配列の変化により発現するアミノ酸が変化することで、ある種のタンパク質の機能が変化を来して疾患の原因になることがある。HLA-DRB1遺伝子においても多型の多い部分がいくつか存在しており、本研究ではその多型の多い部分を一つずつ解析することで、74番目のアミノ酸多型がACPA高値と最も関連する部分であることを確認した。
図1 本研究におけるRA患者の喫煙歴による分類方法
最新の受診時における喫煙歴により、喫煙者と非喫煙者に分類し、喫煙者はさらに発症時の喫煙状況から発症時喫煙者(SaO)と発症時禁煙者(exSaO)、その他(発症後に喫煙開始)に分類した。
図2 禁煙による自己抗体ACPA・RFへの影響
禁煙期間に応じて、ACPA・RF陽性の非喫煙者に対するリスク(オッズ比)(A)、患者の割合(赤色部分)(C)、ACPA・RF高値の非喫煙者に対するリスク(オッズ比)(B)、患者の割合(赤色部分)(D)は徐々に低下する。
図3 RA発症時の喫煙、シェアドエピトープ(SE)のACPA・RF値へ及ぼす影響
RA発症時喫煙者(SaO)と非喫煙者をSEの有無により4群に分け、ACPA高値(左)、RF高値(右)のリスクを、SEを持たない非喫煙者を1として算出した。ACPAでは、SEを持つ群で高いリスクが認められ、発症時喫煙者であってもSEを持たない群では、喫煙によるリスクが認められない。RFでは、SEの有無に関わらず喫煙によるリスク上昇の傾向が認められる。