世界に先駆けてギラン・バレー症候群に対する医師主導治験の結果を発表

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25年ぶりに新規治療の可能性を示唆

2018-04-23 国立大学法人 千葉大学,国立研究開発法人 日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント
  • ギラン・バレー症候群に対するエクリズマブの有効性と安全性を検討する医師主導治験を行いました。
  • エクリズマブの投与により、治療開始から4週時点で自力歩行可能まで回復した方が61%*(プラセボ群では45%)、24週時点で走行可能まで回復した方が72%(プラセボ群では18%)でした。
    *当初推定していた期待値を下回る結果であったため、統計学的には有意な有効性とは結論できませんでした。
  • エクリズマブとの関連が否定できない重篤な有害事象として、アナフィラキシー(※1)、脳膿瘍(※2)が認められました。いずれの患者さんも回復しました。死亡した方、髄膜炎菌感染を生じた方はいませんでした。
  • ギラン・バレー症候群で、新規治療の可能性が示唆されたのは、1992年に免疫グロブリン療法の有効性がオランダから報告されて以来の進展となります。また、日本から新規治療の可能性を示すことができたのは、今回が初めてです。
要旨

千葉大学大学院医学研究院神経内科学 桑原 聡 教授、近畿大学内科学講座神経内科部門 楠 進 教授らの研究グループは、重症のギラン・バレー症候群の患者さんに対し、ヘモグロビン尿症等の治療薬として市販されているエクリズマブを投与する臨床試験を行い、エクリズマブの有効性の可能性を、世界で初めて示しました。

本研究は、厚生労働科学研究受託事業、日本医療研究開発機構(AMED)早期探索的・国際水準臨床研究事業「ギラン・バレー症候群に対するエクリズマブの安全性と有効性を評価する前向き・多施設共同・第Ⅱ相試験」(課題番号:JP16lk0103016)の支援を受けて実施されました。

研究成果は、国際医学雑誌The Lancet Neurology(ランセット・ニューロロジー誌)に、2018年4月20日午後11時30分(英国時間)に発表されます。

背景

ギラン・バレー症候群は、自己免疫による末梢神経の病気です。典型的には、感冒や下痢などの先行感染後に、末梢神経に対するアレルギー反応による炎症が生じ、手足のしびれと麻痺を急速にきたします(感染を引き起こした病原体を攻撃するための免疫反応が、自分自身の神経を攻撃してしまうことにより、神経が障害され、麻痺としびれが生じることが示されています、図1)。我が国では、年間約1400人程度の発症があります。子供からお年寄りまで幅広い年齢の方がかかる可能性があり、発症年齢の平均は39歳です。

神経に生じた炎症は、4週以内に自然に回復します。回復を早めるために、免疫グロブリン療法(※3)や血漿交換療法(※4)がおこなわれます。しかし、重症な方では、現在の治療は十分ではなく、強い炎症による大きなダメージが末梢神経に生じます。その結果、約5%の方が亡くなり、2-3割の方では一時的な人工呼吸器管理が必要になります。また、急性期を過ぎた後も、重い麻痺や感覚の低下が残ります。ギラン・バレー症候群にかかった後の患者さんの約2割は歩行に介助が必要となり、約4割は職業の変更が必要となることがわかっています。

ギラン・バレー症候群の患者さんの死亡や後遺症を減らすための新規治療の開発が世界中で試みられました。しかし、インターフェロンβ1a(※5)、脳由来神経栄養因子(※6)、ミコフェノール酸モフェチル(※7)などの薬剤を用いた臨床試験では、いずれも実用化に至るような結果が得られませんでした。従って、1985年に血漿交換療法の有効性が北米から、1992年に免疫グロブリン療法の有効性がオランダから報告されて以来、25年以上にわたり、有効性が確認された治療はありませんでした。

世界に先駆けてギラン・バレー症候群に対する医師主導治験の結果を発表
図1. ギラン・バレー症候群がおきるメカニズム

研究の概要

ギラン・バレー症候群の患者さんに対して、エクリズマブという薬剤を、標準的に行われている免疫グロブリン療法に加えて投与することの効果を検討するための臨床試験(医師主導治験)を、全国13施設で行いました。

エクリズマブは補体(※8)と呼ばれるたんぱく質の活性化を強力に抑える薬です。発作性夜間ヘモグロビン尿症など、補体が主な原因となる病気の治療薬として、既に市販されています。ギラン・バレー症候群では、炎症が生じた神経に本格的なダメージが生じる原因に、補体の活性化が大きく関わっていることが推定されています(図2)。

図2. ギラン・バレー症候群における補体活性化と神経障害の進展
図2. ギラン・バレー症候群における補体活性化と神経障害の進展

本研究は、ギラン・バレー症候群の急性期に、免疫グロブリン療法に加えて投与されるエクリズマブが、補体の活性化を強力に抑制し、神経障害の進展を抑制し、後遺症を軽減することを期待して計画されました。(図3)

図3. ギラン・バレー症候群の治療経過(作業仮説)
図3. ギラン・バレー症候群の治療経過(作業仮説)

臨床試験は、ギラン・バレー症候群にかかってから2週間以内の、自分では歩行ができないほど麻痺の強い、重症の患者さんを対象に行いました。患者さんの登録は2015年8月から2016年4月まで行われ、34例の患者さんが登録されました(目標症例数 33例)。

エクリズマブの投与により、治療開始から4週時点で自力歩行可能まで回復した方が61%(プラセボ群では45%、図4)*、24週時点で走行可能まで回復した方が72%(プラセボ群では18%、図5)でした。エクリズマブとの関連が否定できない重篤な有害事象として、アナフィラキシー、脳膿瘍が認められましたがいずれの患者さんも回復しました。死亡された方、髄膜炎菌感染を生じた方はいませんでした。
*当初推定していた期待値を下回る結果であったため、統計学的には有意な有効性とは結論できませんでした。

図4. 独歩可能まで回復した症例の割合より改変引用(公表論文*)
図4. 独歩可能まで回復した症例の割合より改変引用(公表論文*)

図5. 走行可能まで回復した症例の割合より改変引用(公表論文*)
図5. 走行可能まで回復した症例の割合より改変引用(公表論文*)

今後の期待

今回の臨床試験は第Ⅱ相試験であり、規模も小さく、エクリズマブの有効性と安全性を断言するには至りませんでした。しかし、25年以上進歩のなかった領域における新規治療の可能性に、世界中の専門家が大きな期待を寄せています。

特に、治療開始から6ヶ月(24週)時点で、走ることが可能な患者さんが72%(プラセボ群では18%)もいたことは、意味のある結果であると考えています。なぜなら、走行が可能になるまでの回復と言うのは、後遺症が非常に少ないことを意味する可能性があるためです。現状では、ギラン・バレー症候群にかかった後、約4割の方が職業の変更を迫られるとされています。エクリズマブを投与された患者さんで認められた、後遺症の軽減効果は、社会復帰に貢献する可能性があります。

今後は、第Ⅲ相試験で、エクリズマブの有効性と安全性を検証したいと考えています。最終的な目標は、臨床現場でエクリズマブを使用できるようにすることです。

論文情報
タイトル*
Safety and efficacy of eculizumab in Guillain-Barré syndrome: a multicentre, double-blind, placebo-controlled, randomised phase 2 trial
著者名
Sonoko Misawa, Satoshi Kuwabara, Yasunori Sato, Nobuko Yamaguchi, Kengo Nagashima, Kanako Katayama, Yukari Sekiguchi, Yuta Iwai, Hiroshi Amino, Tomoki Suichi, Takanori Yokota, Yoichiro Nishida, Tadashi Kanouchi, Nobuo Kohara, Michi Kawamoto, Junko Ishii, Motoi Kuwahara, Hidekazu Suzuki, Koichi Hirata, Norito Kokubun, Ray Masuda, Juntaro Kaneko, Ichiro Yabe, Hidenao Sasaki, Ken-ichi Kaida, Hiroshi Takazaki, Norihiro Suzuki, Shigeaki Suzuki, Hiroyuki Nodera, Naoko Matsui, Shoji Tsuji, Haruki Koike, Ryo Yamasaki, Susumu Kusunoki, for the Japanese Eculizumab Trial for GBS (JET-GBS) Study Group
掲載誌
The Lancet Neurology
謝辞

本研究は、厚生労働科学研究受託事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 早期探索的・国際水準臨床研究事業「ギラン・バレー症候群に対するエクリズマブの安全性と有効性を評価する前向き・多施設共同・第Ⅱ相試験」(課題番号:JP16lk0103016)による支援を受けて行われました。

用語解説
※1 アナフィラキシー
原因となる食べ物や薬(アレルゲン)などが身体に入った時に、急に全身に起こるアレルギー反応です。皮膚の発疹、呼吸困難、血圧の低下などが起きることがあります。
※2 脳膿瘍
脳の中に、細菌による感染がおこり、膿がたまった状態のことです。抗生物質や膿を取り除く手術などで治療をします。
※3 免疫グロブリン療法
免疫グロブリンは血液の中に含まれる抗体とよばれるたんぱく質です。健康な人の血液から免疫グロブリンを抽出・精製して、免疫グロブリン製剤と呼ばれるお薬になります。重い感染症に使用されるほか、川崎病、血小板が減少する病気、ギラン・バレー症候群、皮膚筋炎・多発性筋炎などの治療に広く使われています。
※4 血漿交換療法
血液中に含まれる病気に関係する物質を取り除いて、病態を改善させる治療です。患者さんの血液を特殊な装置に通して、炎症などの原因となる有害な物質を取り除いた後で、再び血液を患者さんの体に戻します。
※5 インターフェロンβ1a
インターフェロンは生体がウイルスに感染した際に、リンパ球などの細胞から作られるたんぱく質です。ウイルスの攻撃や増殖抑制に働きます。近年、インターフェロンをお薬として利用し、ウイルスによる病気だけでなく、自己免疫による様々な病気に対して、治療を行う試みがなされています。インターフェロンβ1aは多発性硬化症などの治療薬として、承認されています。
※6 脳由来神経栄養因子
神経細胞に働くタンパク質の一種です。脳に多く含まれ、神経細胞の発生や成長、維持や再生を促す働きをします。
※7 ミコフェノール酸モフェチル
リンパ球が増殖することを抑えることにより、免疫の働きを抑える薬剤です。現在、ループス腎炎、移植後の拒絶反応の抑制などの治療薬として、承認されています。
※8 補体
血液中に存在する、免疫反応を補助するたんぱく質です。抗原抗体反応により活性化され、炎症や溶菌、溶血反応などを引き起こします。
問い合わせ先
研究内容

千葉大学医学部附属病院 神経内科 桑原 聡、三澤園子

取材のお申込み

千葉大学医学部附属病院 総務課広報係 田中・長尾・丸山

AMED事業に関する問い合わせ先

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
臨床研究・治験基盤事業部 臨床研究課

医療・健康
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