百寿者のマイクロバイオームで増加する新たな胆汁酸の生合成経路
2021-08-10 慶應義塾大学医学部,理化学研究所,日本医療研究開発機構
慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の本田賢也教授(理化学研究所生命医科学研究センター消化管恒常性研究チーム チームリーダー兼任)を中心とする共同研究グループは、百寿者の便中には、isoalloLCA(イソアロリトコール酸)という胆汁酸が特異的に多いことを見いだし、その胆汁酸を合成できる腸内細菌株を同定しました。また、isoalloLCAがグラム陽性病原性細菌に対する強い抗菌活性をもつことを明らかにし、マウス実験でもその抗菌効果があることを突き止めました(図1)。
図1 百寿者に特異的な二次胆汁酸であるisoalloLCAの生合成経路の発見とその作用
今回の成果は、ヒトにおける感染症に対する予防・治療法、そして健康長寿の秘訣の解明につながることが期待されます。
本研究成果は、2021年7月30日(日本時間)に国際学術雑誌『Nature』オンライン版に掲載されました。
研究の背景と概要
長生きの秘訣を探るため、本研究では国内の百寿者(平均107歳)から便サンプルを採取し、腸内細菌叢(注1)と代謝物(注2)の解析を行いました。その結果、若齢者(20-50歳)と高齢者(80-90歳)に比べ百寿者(100歳以上)の腸管ではさまざまな菌種(Alistipes、Parabacteroides、Bacteroides、Clostridium、Methanobrevibacter等)が増加していること、そしてRuminococcus gnavusやEggerthella lenta等の菌種が若齢者と百寿者で共通して多いことが分かりました。胆汁酸の代謝に関わる細菌の遺伝子群が百寿者で増加していることから、便中の胆汁酸を解析したところ、腸内細菌によって代謝されるisoalloLCAという二次胆汁酸(注3)が顕著に増えていることを見いだしました。しかし、isoalloLCAを合成する腸内細菌や合成経路はこれまで報告されていませんでした。
そこで共同研究グループは、百寿者で特異的に多いisoalloLCAを合成する細菌株の同定、細菌による胆汁酸の合成経路の解明、さらにはisoalloLCAがどのような働きがあるのかを明らかにするため研究を行いました。
研究の成果と意義・今後の展開
まず百寿者から単離した腸内細菌株と、反応経路のスタートとなる胆汁酸化合物を加えて代謝反応を確かめたところ、Parabacteroides merdae、Odoribacter laneus、Odoribacteraceaeという細菌株が効果的にisoalloLCAを合成することを発見しました。
単離した腸内細菌株の全ゲノム情報を解読し遺伝子配列を確認したところ、上記のisoalloLCAを合成する細菌株は、共通してヒト5アルファ還元酵素(5α-reductase, 5AR)に相同性をもつ酵素を保有していることが分かりました。さらに5AR遺伝子に隣接して胆汁酸代謝に関与すると考えられる3βHSDH(3ベータ水酸化ステロイド脱水素酵素)遺伝子も存在することが分かりました。そこで、百寿者から単離されたParabacteroides merdae株において、5AR、3βHSDHそれぞれの遺伝子を欠損させたところ、isoalloLCAへの生合成が見られなくなることが分かりました。また、無菌マウス(注4)にOdoribacteraceaeを投与すると、生体内においてもisoalloLCAを合成できることを見いだしました。
また、胆汁酸は病原性細菌の増殖抑制作用をもつことが報告されていたことから、isoalloLCAに同様の作用があるのかを検証したところ、極めて低濃度でグラム陽性病原性細菌(注5)の増殖を抑制することを発見しました。クロストリディオイデス・ディフィシル(注6)というグラム病原性細菌は、近年国内でも院内感染が問題となっています。クロストリディオイデス・ディフィシルを感染させたマウスにisoalloLCAを産生するOdoribacteraceaeを経口投与すると、腸管内に定着したOdoribacteraceaeによるisoalloLCAの増加に伴い、クロストリディオイデス・ディフィシルが排除されることが分かりました。
以上のことから、百寿者の腸内ではisoalloLCAを合成する細菌が増加しisoalloLCAが豊富に存在しているためグラム陽性病原性細菌の排除が促進され、健康な腸内環境を維持できているのではないかと考えられました。百寿者から単離されたisoalloLCAを合成する腸内細菌株は、難治性感染症に対する新たな予防・治療に応用出来る可能性もあります。
特記事項
今回の研究の一部は、下記に示す国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(LEAP)およびJSPS科研費 JP20H05627における研究開発の一環として行われました。
- 革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)
研究開発課題名:「腸内細菌株カクテルを用いた新規医薬品の創出」 - 科学研究費助成事業(特別推進研究)
研究開発課題名:「常在細菌叢の動作原理理解に基づく微生物製剤の開発」
また、公益財団法人テルモ生命科学振興財団の研究開発助成の支援を受けて行われました。
なお、慶應義塾大学医学部医化学教室の末松教授(前AMED理事長)は、本研究に関する研究開発費をAMEDから受給していません。
論文
- 英文タイトル
- Novel bile acid biosynthetic pathways are enriched in the microbiome of centenarians
- タイトル和
- 百寿者のマイクロバイオームで増加する新たな胆汁酸の生合成経路
- 著者名
- 佐藤優子、新幸二、Damian R. Plichta、新井康通、笹島悟史、Sean M. Kearney、須田亙、竹下梢、佐々木隆浩、岡本翔生、Ashwin N. Skelly、岡村勇輝、Hera Vlamakis、Youxian Li、田之上大、武井ー、入戸野博、成島聖子、入江潤一郎、伊藤裕、森屋恭爾、杉浦悠毅、末松誠、盛一伸子、芝田晋介、Dan R. Littman、Michael A. Fischbach、上蓑義典、井上貴史、本多彰、服部正平、村井毅、Ramnik J. Xavier、広瀬信義、本田賢也
- 掲載誌
- Nature(オンライン版)
- DOI
- 10.1038/s41586-021-03832-5
共同研究グループ
- 慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室(佐藤優子、新幸二、笹島悟史、Sean M. Kearney、竹下梢、岡本翔生、Ashwin N. Skelly、岡村勇輝、田之上大、成島聖子、本田賢也)
- 慶應義塾大学医学部百寿総合研究センター(新井康通、広瀬信義)
- 理化学研究所生命医科学研究センター(佐藤優子、新幸二、Sean M. Kearney、須田亙、Youxian Li、田之上大、成島聖子、服部正平、本田賢也)
- 米国Broad Institute of MIT and Harvard(Damian R. Plichta、Hera Vlamakis、Ramnik J. Xavier)
- JSR・慶應義塾大学医学化学イノベーションセンター(佐藤優子、新幸二、笹島悟史、竹下梢、田之上大、本田賢也)
- 北海道医療大学薬学部(佐々木隆浩、村井毅)
- 順伸クリニック胆汁酸研究所(武井ー、入戸野博)
- 慶應義塾大学医学部内科学教室(入江潤一郎、伊藤裕)
- 東京大学医学部附属病院感染制御部(森屋恭爾)
- 慶應義塾大学医学部医化学教室(末松誠、杉浦悠毅)
- 慶應義塾大学医学部電子顕微鏡研究室(盛一伸子、芝田晋介)
- 米国New York University School of Medicine(Dan R. Littman)
- 米国Howard Hughes Medical Institute(Dan R. Littman)
- 米国Stanford University(Michael A. Fischbach)
- 慶應義塾大学医学部感染症学教室(上蓑義典)
- 実験動物中央研究所(井上貴史)
- 東京医科大学茨城医療センター消化器内科(本多彰)
- 早稲田大学先進生命動態研究所(服部正平)
- 米国Massachusetts General Hospital and Harvard Medical School(Ramnik J. Xavier)
用語解説
- (注1)腸内細菌叢
- ヒトの消化管には種類にして約1000菌種、数にして数百兆個にのぼる腸内細菌の集団(細菌叢)が生息しています。腸内細菌叢はヒトの健康と病気に関係することが知られおり、肥満や糖尿病などの代謝系の疾患、アレルギーや炎症性腸疾患などの免疫系の疾患との関係が明らかになっています。これらの疾患では、健康なヒトとは異なった腸内細菌叢が形成され(異なった細菌組成をもち)、この腸内細菌叢の異常がヒトの腸管および全身の細胞に作用して、病気を悪化させる可能性が強く示唆されており、腸内細菌を用いた治療法の開発が進められています。
- (注2)代謝物
- 生命維持のために細胞や生体内で必要な化合物を酵素により生合成する際に産生される化合物を代謝物と言います。腸内細菌は、食事や宿主由来の分泌物などを変換しさまざまな代謝物を腸管内で合成・産生しています。腸内細菌によって代謝された胆汁酸は、ヒトが合成する一次胆汁酸と区別して二次胆汁酸と呼びます。腸内細菌から産生された代謝物がヒトに働きかけさまざまな刺激を与えていることが明らかになってきています。
- (注3)二次胆汁酸
- 胆汁酸は、肝臓でコレステロールから生合成されるステロイド化合物の一種。胆嚢から十二指腸へ分泌され、小腸で脂肪の消化吸収に重要な働きをしています。少量(約5%)の一次胆汁酸は大腸まで届き、特定の腸内細菌により代謝されさまざまな二次胆汁酸へと変換されます。二次胆汁酸のうち、デオキシコール酸は肝臓のがん化促進や病原性細菌の排除、その他の二次胆汁酸は免疫細胞の分化に影響を与えていることが近年明らかになってきていますが、加齢に伴い腸内細菌と胆汁酸組成がどのように変化し老化・健康長寿に関与しているのかあまり解明されていません。
- (注4)無菌マウス
- 無菌状態で飼育できる特殊な飼育装置(アイソレーター)内で滅菌した餌を与えて飼育した、腸内細菌や皮膚などの常在菌を含め、細菌や微生物をまったく持たないマウス。常在菌をもたないため、生理学的、免疫学的にいくつかの異常がみられますが、健康な状態を維持しています。
- (注5)グラム陽性病原性細菌
- 細菌はグラム染色と呼ばれる化学的処理を行うと、細胞壁の違いからグラム陽性菌とグラム陰性菌に区別できます。グラム陽性菌は、外膜がなく細胞壁が厚いため青色に染まります。一方、グラム陰性菌には、脂質二重膜の外膜がありますが細胞壁が薄いため青色が脱色されやすく赤に染まります。グラム陽性病原性細菌にはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌やバンコマイシン耐性腸球菌など院内感染や高齢者で重篤な症状を引き起こす細菌が含まれます。
- (注6)クロストリディオイデス・ディフィシル
- 抗菌薬を服用後に腸内細菌の種類と数のバランスが崩れると消化管内のクロストリディオイデス・ディフィシル(かつてはクロストリジウムと呼ばれていました)が異常に増殖し、菌が産生する毒素により、腹痛・下痢・血便などの症状を伴う偽膜性大腸炎を引き起こします。院内感染による下痢症例の20~30%の原因となっており、感染力が強く再燃を繰り返す症例が多いため問題となっています。
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本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部 微生物学・免疫学教室
教授 本田 賢也(ほんだ けんや)
本リリースの配信元
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚
理化学研究所 広報室 報道担当
AMED事業に関するお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課