2022-10-07 国立精神・神経医療研究センター
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部、五十嵐百花研究員らの研究グループは、個別就労支援サービスを利用した精神障害を持つ人の就労状況を調査し、希望の条件により多くマッチする仕事に就いた場合、就労がより長く続くことを明らかにしました。当事者の希望を優先することが就労継続につながるという結果は、当事者中心の理念を科学的に裏付けるものであり、就労支援の実践に重要な示唆を与えると考えられます。この研究成果は2022年10月7日午前8時(日本時間)、精神科リハビリテーションの国際学術雑誌『Psychiatric Rehabilitation Journal』オンライン版に掲載されました。
(図1)仕事の希望5項目とマッチの条件
背景
精神障害を持つ人にとって就労のハードルは高く、仕事に就きたいと思いながらも実現できていない人が多いことが知られています。しかし、働くことは生活の質の向上や症状の改善につながると言われ、その人らしい生き生きとした生活を取り戻すための1つの大切な要素と考えられます。
援助付き雇用プログラム、あるいはIPS(Individual Placement and Support)とは、精神疾患の重症度や障害の程度に関係なく、利用者の希望やニーズに基づいたサービスを行うことを支援哲学として米国で開発された、訪問・同行(アウトリーチ)型の個別就労支援です。重い精神障害を持つ人の就職に効果があることが多くの研究で認められており、世界で広く実践されています。日本でも、現在20以上の事業所(就労移行支援事業所や精神科デイケアなど)によって援助付き雇用プログラム(IPS)が提供されています。
援助付き雇用プログラム(IPS)は就職を効果的に支援できる一方で、就労の継続が新たな課題となっています。仕事に就いた後でさまざまな課題に直面し、1年以内に辞めてしまう人も多くいます。どうすれば、その人に合った仕事を見つけ、長く続けることができるのかを明らかにすることが重要です。
そこで本研究では、援助付き雇用プログラム(IPS)利用者から聞き取った仕事の希望と、実際に就職した仕事の条件の合致に着目しました。職種、月収、週当たり労働時間、通勤時間、障害開示の5つの項目について、より希望とマッチした仕事はより長く続くという仮説を立て、援助付き雇用プログラム(IPS)利用者の就労状況のデータを分析しました。いくつかの先行研究では、職種のみのマッチと就労期間の関連を調査しており、結論は一貫していませんでした。職種以外にも注目し、複数の側面から希望とのマッチを調べた研究は、本研究が初めてです。
研究内容
援助付き雇用プログラム(IPS)を実施する16の事業所において、2017年1月1日から6月30日の間にサービスの利用を開始した、精神疾患の診断を持つ人を対象としました。202名の参加者について、2年間の追跡調査を実施しました。利用開始時に、職種、月収、週当たり労働時間、通勤時間、障害開示の5つの項目について、支援スタッフが利用者の希望を聞き取りました。すべての項目に回答し、かつ2年間の間に1回以上就職した人は112人でした。離職と再就職によって、1人につき複数回の就職があった場合、別々に分析対象としたため、合計で130回の就職を分析しました。それぞれの就職について、実際に希望とマッチしていたかどうか、研究者が決めたマッチの条件によって判定しました(図1)。また、就職した日と辞めた日から就労週数を計算し、希望マッチとの関連を統計的に分析しました。
結果は、5項目それぞれのマッチは就労期間と関連しませんでしたが、5項目のうち何項目がマッチしたかという、総合的な希望マッチ度(1から5)は就労期間と有意に関連していました。マッチ度3の就労期間(平均49.2週)と、マッチ度4の就労期間(平均57.3週)は、それぞれマッチ度1の就労期間(平均22.8週)よりも有意に長いことが示されました(図2)。また、マッチ度の低い群(1-2)と高い群(3-5)の2群に分けて比較すると、マッチ度の高い群の就労期間が有意に長いことが示されました。
(図2)希望マッチ度ごとの平均就労週数
研究の意義・今後の展望
「より希望に近い仕事に就けば、長続きする」という結果は、当たり前に感じられるかもしれません。しかし、精神障害を持つ人の就労支援の歴史において、個々の当事者の希望が重視されてきたとは必ずしも言えないのが現実です。障害を持つ人を集団で雇用する保護的雇用では、1人1人に合わせた多様な仕事の選択肢を用意することは困難です。また、仕事に就く前に基礎的な能力を高めることが必要だと考えられ、簡単な仕事から段階を踏んでいくような集団型支援や、全員が同じ支援フローに沿って進むようなプログラムが主流でした。そのような中、個人の希望やニーズに合わせた柔軟で包括的な支援モデルとして誕生し、重い精神障害を持つ人でも民間のさまざまな企業で働けることを実証したのが、援助付き雇用プログラム(IPS)です。本研究は、当事者の希望を優先する支援が効果的であるという考えに、新しい側面から科学的根拠を提供することで、当事者中心の支援を後押しするものと考えられます。
より具体的な示唆としては、援助付き雇用プログラム(IPS)を実践する支援者に対し、本研究で用いた5項目を含む複数の面から利用者の希望を聞き取ること、そして希望に合致するように就職活動支援を行うことや、その事後評価が推奨されます。今後の研究では、希望マッチの条件が本当に当事者の感覚と合っているかや、本研究の結果が別の国や地域でも再現されるかを確かめることが求められます。また、希望マッチと仕事の満足度の関係を明らかにすることも重要と考えられます。
解釈上の留意点
本研究は援助付き雇用プログラム(IPS)を実施している、あるいは志向している事業所を対象にした調査です。よって、その他の就労支援を提供する事業所に、本研究の知見が当てはまるわけでありません。
用語解説
援助付き雇用プログラム/IPS (Individual Placement and Support)
米国で開発された、重度精神障害を持つ人の就労を支援するサービスモデルです。利用者が望めば、訓練や準備を求めず、すぐに希望に合った求人情報の収集や面接同行を行い、迅速な就職をサポートすることが特徴です。就職してからも、仕事の悩みや健康上の問題に主治医などの医療スタッフと連携しながら対応します。
原著論文情報
論文名
Influence of multi-aspect job preference matching on job tenure for people with mental disorders in supported employment programs in Japan
著者
Igarashi M, Yamaguchi S, Sato S, Shiozawa T, Matsunaga A, Ojio Y, Fujii C
掲載誌
Psychiatric Rehabilitation Journal, 2022
DOI: 10.1037/prj0000541
URL: https://doi.org/10.1037/prj0000541
研究経費
本成果は、以下の研究助成金によって得られました。
- H28-H30 文部科学省: 科学研究費補助金 若手研究(B)「日本版IPS/援助付き雇用フィデリティ尺度の検証とフィデリティ評価システムの構築 [16K21661]」(研究代表者:山口創生)
- R2-R4 文部科学省: 科学研究費補助金 基盤(B)「精神障害者就労支援における当事者視点の評価とサービス品質の自己管理システムの開発 [20H01611]」(研究代表者:山口創生)
- H29-R1 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「オリジナルソフトによる認知機能リハビリテーションと援助付き雇用を組み合わせた精神障害者の就労や職場定着支援の効果検証と普及方法の開発 [17dk0307074h0001]」(研究代表者:佐藤さやか)
お問い合わせ先
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