2023-04-27 東京大学医科学研究所
発表のポイント
- 現在、世界的に流行している新型コロナウイルスのオミクロン株(BA.5やBQ.1.1)をヒト肺胞上皮に感染させると、40℃でウイルスの増殖能が大きく減弱した。
- 発熱により、オミクロン株の肺での増殖が大きく抑制されると考えられた。
異なる温度における新型コロナウイルスの増殖能
発表内容
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授、京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野の野田岳志教授・村本裕紀子助教、京都大学iPS細胞研究所の後藤慎平教授らの研究グループは、デルタ株、BA.5系統、BQ.1.1系統の新型コロナウイルスをヒトiPS細胞(注1)から作製した肺胞上皮細胞(注2)に感染させ、37℃あるいは40℃で培養し、各ウイルスの増殖能を比較解析しました。
新型コロナウイルス変異株のオミクロン株は、現在も流行を続けています。オミクロン株は、主に5つの系統(BA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5)に分類されますが、近年はBA.5系統から派生したBQ.1.1系統(注3)やBA.2系統から派生したXBB系統などの変異株が多くの国で流行しています。オミクロン株は、これまでに流行してきたデルタ株等と比較すると比較的病原性が低い可能性が示唆されていますが、その理由については明らかにされていませんでした。
研究グループが、平熱時の肺の温度である37℃で各ウイルスの増殖能を解析したところ、すべてのウイルス(デルタ株、BA.5系統、BQ1.1系統)が肺胞上皮細胞で効率よく増殖することを確認しました。一方で、新型コロナウイルス感染により発熱した際の肺の温度である40℃で各ウイルスの増殖能を解析したところ、デルタ株ではウイルス増殖能が少ししか減弱しませんでしたが、BA.5系統では約1/1000に減弱し、さらにBQ.1.1系統ではウイルスがほとんど増殖しませんでした。
本研究で得られた成果は、オミクロン株がデルタ株など従来の変異株と比較して低い病原性を示す理由のひとつと考えられます。さらに、オミクロン株感染に対する発熱応答が生体防御に重要な役割を果たす可能性を示唆しており、オミクロン株感染患者に対して解熱剤の適切な使用法を考える上で重要な情報になると考えられます。本研究は4月24日、英国医学誌「The Lancet Microbe」(オンライン版)に公表されました。
なお、オミクロン株感染患者の発熱応答と臨床症状・重症度との関係については現時点では明らかではなく、今回の結果は、オミクロン株感染患者に対する解熱剤の使用を否定するものではありません。
図:異なる温度における新型コロナウイルスの増殖能
ヒトiPS細胞から作製した肺胞上皮細胞に新型コロナウイルス(デルタ株、BA.5系統、BQ.1.1系統)を感染させ、37℃あるいは40℃で培養し、ウイルス増殖能を解析した。
発表者
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
河岡 義裕(特任教授)
<東京大学国際高等研究所 新世代感染症センター 機構長/
国立国際医療研究センター研究所 国際ウイルス感染症研究センター長>
京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野/生命科学研究科 微細構造ウイルス学分野
野田 岳志(教授)
村本 裕紀子(助教)
iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
後藤 慎平(教授)
論文情報
〈雑誌〉The Lancet Microbe(4月24日オンライン版)
〈題名〉Replicative capacity of SARS-CoV-2 omicron variants BA.5 and BQ.1.1 at elevated temperatures
〈著者〉Yukiko Muramoto*, Senye Takahashi, Peter J. Halfmann, Shimpei Gotoh, Takeshi Noda¶, Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者 ¶:責任著者
〈DOI〉10.1016/S2666-5247(23)00100-3
〈URL〉https://doi.org/10.1016/S2666-5247(23)00100-3
研究助成
本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、京都大学が共同で実施し、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP21fk0108552、JP21fk0108615)、創薬支援推進事業(JP21nf0101632)、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (JP22wm0125002)、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (JP223fa627001)、科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR20HA)、日本学術振興会(JSPS)Core to Core program(JPJSCCA20190008) 、ならびに関西経済連合会「新型コロナウイルスに対する免疫応答・病態解明および抜本的対策の研究開発」プロジェクトの一環として行われました。
用語解説
(注1)iPS細胞
induced pluripotent stem cell(人工多能性幹細胞)の略。体細胞に初期化因子を導入することにより樹立される多能性幹細胞。ほぼ無限に増殖できるほか、様々な臓器の細胞を作製することができる。
(注2)肺胞上皮細胞
肺胞表面に存在する細胞。扁平な構造をとり効率よく酸素を取りこむ1型肺胞上皮細胞と、肺サーファクタントの分泌や組織幹細胞(自己増殖能と1型肺胞上皮細胞への分化能を持つ細胞)としての役割を持つ2型肺胞上皮細胞に分類される。新型コロナウイルスは2型肺胞上皮細胞に感染する。
(注3)BA.5系統から派生したBQ.1.1系統
新型コロナウイルスの変異株の1つであり、2023年4月現在、世界各国で流行する新型コロナウイルスのほとんどがオミクロン系統のウイルスである。特に、オミクロン株のBA.5系統から派生したBQ.1系統、BA.2系統から派生したXBB系統が世界的に流行している。
問合せ先
〈研究に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/lab/dstngprof/page_00174.html
京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野
教授 野田 岳志(のだ たけし)
https://www.infront.kyoto-u.ac.jp/laboratory/lab04/
〈報道に関する問合せ〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/
国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
https://www.ncgm.go.jp/
京都大学 総務部広報課国際広報室