カイコは小さなRNAに見守られて成長する~生殖細胞ゲノムを守るpiRNAは体細胞においても重要なはたらきを担う~

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2023-09-22 東京大学

発表のポイント
  • チョウ目のモデル昆虫であるカイコにおいて、生殖細胞ゲノムを守る小さなRNA(piRNA)の生合成にかかわる2つの主要な遺伝子を、ゲノム編集により機能破壊しました。
  • piRNAが生殖細胞ゲノムを守ることに加え、個体の成長や体細胞組織の発達、性分化にもかかわることを示しました。
  • piRNAの生合成にかかわる遺伝子を標的とした昆虫制御法の開発につながると期待されます。
発表内容

今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の木内隆史准教授、勝間進教授、定量生命科学研究所の庄司佳祐助教、泉奈津子技術専門職員、泊幸秀教授の研究グループは、多くの生物において生殖細胞ゲノムを守る役割を担う小さなRNA(piRNA)が、個体の成長や、体細胞組織の発達および性分化にかかわることを、ゲノム編集技術により実験的に示しました。

〈研究の背景〉

生物のゲノムには、タンパク質の設計図である遺伝子配列や遺伝子の発現制御を担う配列が存在しますが、ゲノム上を移動することができるトランスポゾンとよばれる利己的な配列も存在します。このトランスポゾンが自由気ままに移動すると、生物にとって重要な配列が損なわれる恐れがあるため、生物にはトランスポゾンの転移を抑える機構がしっかりと備わっています。とくに動物の生殖細胞においては、piRNA(PIWI-interacting RNA、注1)とよばれる24塩基から30塩基ほどの小さなRNAとそれに結合するPIWIタンパク質が、トランスポゾンの抑制に重要な役割を担っています。PIWIタンパク質にはRNA切断活性があり、トランスポゾンと相補的な配列をもつpiRNAがガイドとなることでトランスポゾンRNAを切断し、転移を抑制しています(図1)。また、トランスポゾンRNAの切断の結果生じたRNA断片が別のPIWIタンパク質に取り込まれることが、piRNAの増幅には重要です。そのため、PIWIタンパク質を欠損するとpiRNAが欠乏し、トランスポゾンの転移が抑制されずに配偶子の形成不全が起こることが、モデル生物であるキイロショウジョウバエやマウスなどを用いて示されています。
キイロショウジョウバエでは、PIWIタンパク質の欠損により配偶子の形成異常が生じますが、個体の成長や体細胞組織の発達には大きな影響はみられません。一方、キイロショウジョウバエにおいて3つあるPIWIタンパク質のうちの1つを欠損した変異体では、代謝異常が生じ成虫の寿命が短くなることが報告されています。また、次世代シークエンサーの発展により、体細胞組織にも少量ながらpiRNAが存在することが、多くの昆虫種において示されています。これらの研究により、生殖巣以外でのpiRNAの役割について見直しが必要だと考えられてきました。私たちの研究グループのメンバーは、piRNAの生合成経路が完全に保存されたカイコの卵巣由来の培養細胞を発見しています。また、この培養細胞を用いることでpiRNAの生合成にかかわるタンパク質やその機能を明らかにしています(Izumi et al., Cell, 2016; Izumi et al., Nature, 2020など)(東京大学プレスリリース参照:https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00464.html;https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0207_00024.html)。しかし、カイコ個体におけるpiRNAの役割については、これまで解析が不十分でした。そこで本研究では、私たちの研究グループが得意とするゲノム編集技術を用いることで、カイコに2つあるPIWIタンパク質、BmAgo3とSiwiが欠損したノックアウトカイコを作出し(図1)、上記課題に迫ることにしました。

カイコは小さなRNAに見守られて成長する~生殖細胞ゲノムを守るpiRNAは体細胞においても重要なはたらきを担う~

図1:piRNAの生合成およびトランスポゾンの抑制システム(概略)
カイコにはSiwiとBmAgo3のRNA切断活性をもつ2つのPIWIタンパク質があります。piRNAはSiwiと複合体を形成し、トランスポゾンRNAを切断します。切断されたRNA断片はBmAgo3に取り込まれたのちにいくつかのステップを経て成熟し、トランスポゾンに相補的な配列をもつRNAを切断します。BmAgo3に切断されたRNA断片は、今度はSiwiに取り込まれたのち成熟し、再びトランスポゾンRNAを切断します。つまり、2つのPIWIタンパク質が協調してはたらくことで、トランスポゾンRNAの切断とpiRNAの産生が連続的に起こります。カイコではこのシステムを性決定に転用し、W染色体由来のpiRNA(Fem piRNA)とSiwiの複合体がZ染色体上にあるオス化遺伝子MascのmRNAを切断することでメスになります。Masc mRNAの切断により生じるMasc piRNAはBmAgo3とともにW染色体からの転写物Fem RNAを切断し、Fem piRNAが産生されます。本研究ではSiwi遺伝子とBmAgo3遺伝子のそれぞれをゲノム編集技術によりノックアウト(KO)することで、piRNAの個体における役割を調べました。

〈研究の内容〉

ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9を用いて、BmAgo3遺伝子とSiwi遺伝子の各ノックアウトカイコを作出しました。すると、いずれの遺伝子を欠損した幼虫においても同様の成長遅延が観察されました(図2)。また、蛹まで成長した個体では翅の形成異常(萎縮)が確認されました。これらの表現型はキイロショウジョウバエのPIWIタンパク質変異体では観察されません。なお、オスの蛹では精巣が小さく、メスの蛹では卵が形成されませんでした。

図2:PIWIタンパク質を欠損したカイコの表現型
ゲノム編集技術によりカイコのPIWIタンパク質を欠損させると幼虫の成長が遅延します。また、蛹では翅の萎縮がみられ、カイコは羽化できません。なお、蛹の体内において精巣は小さく、卵は形成されませんでした。


次に、これら異常の原因を探るために、BmAgo3遺伝子ノックアウトカイコの組織を用いて、piRNAの性状や遺伝子発現プロファイルを詳細に調べることにしました。まず、小分子RNAを組織から抽出し、次世代シークエンサーで解析したところ、生殖巣である卵巣だけではなく体細胞組織である脂肪体(注2)や翅原基(注3)においても、piRNAの存在が確認されました。しかし、BmAgo3タンパク質を失ったカイコでは、いずれの組織においてもpiRNAがほとんど失われていました。その結果、トランスポゾンの発現は増加し、さらに遺伝子発現プロファイルも正常なカイコとは大きく異なることがわかりました。
私たちの研究グループは2014年に、メス特異的なpiRNA(Fem piRNA)がカイコの性決定の最上流因子であることを明らかにしています(Kiuchi et al., Nature, 2014)(農学部プレスリリース参照:https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2014/20140515-1.html)。つまり、カイコはpiRNAによるトランスポゾンの抑制システムを性決定に流用しているわけです。カイコのメスではFem piRNAとSiwiタンパク質の複合体がオス化遺伝子であるMascのmRNAを切断することで雌性が決定されます。そのため、カイコの性決定においてpiRNAの生合成にかかわるPIWIタンパク質は必須であると考えられます。そこで、PIWIタンパク質を失ったカイコの組織における性分化の状態を、オス化遺伝子であるMascの発現や性分化のマーカー遺伝子であるdoublesexのスプライシングパターンをみることで確認しました。すると、生殖巣に加えて脂肪体や翅原基などの体細胞組織あるいは幼虫の全身において、メスの部分的なオス化が確認されました。この結果は、Fem piRNAによる性分化がすべての細胞において共通のメカニズムであることを示しています。さらに、BmAgo3を失うことでFem piRNAや、Masc mRNAが切断されることで生じるMasc piRNAがほとんど失われていたことから、2つのPIWIタンパク質が協調するpiRNAの生合成経路(図1)が、生殖巣だけではなく体細胞組織におけるpiRNAの産生にも重要であることがわかりました。
そして、PIWIタンパク質の欠損が遺伝子発現プロファイルに与える影響を調べるために、Siwi遺伝子とBmAgo3遺伝子をノックアウトした幼虫において共通して発現が変動する転写物を次世代シークエンサーにより網羅的に解析しました。その結果、PIWIタンパク質を失った幼虫においては、トランスポゾンの脱抑制が起こり、さまざまな遺伝子の発現が増加あるいは減少していました。発現が変動した遺伝子のなかには個体の成長や翅形成において重要な役割を担うと推定される遺伝子も含まれていました。

〈研究の意義〉

これまでpiRNAの機能としては、主に生殖細胞のゲノムをトランスポゾンの脅威から守る役割が注目されてきました。しかし本研究の成果により、生殖巣のみならず体細胞組織においても、piRNAはトランスポゾンの自由気ままな移動を抑えることで正常な遺伝子発現を保障し、個体の成長を見守っていることがわかりました。次世代シークエンサーの利用が進み、さまざまな生物において体細胞piRNAの存在が明らかになってきています。本研究の成果は、piRNAの体細胞組織における重要性を実験的に示した例として、これまでの認識を変えうる重要な発見であると捉えています。農作物の害虫にはチョウ目昆虫が多く含まれます。本研究の成果は、PIWIタンパク質およびpiRNAのチョウ目昆虫の生存における重要性を示すものであり、PIWIタンパク質やpiRNAの生合成にかかわる遺伝子を標的とした昆虫制御法の提案につながるものとして、農学の観点からも重要な発見であるといえます。

発表者

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
木内 隆史(准教授)
勝間 進 (教授)
定量生命科学研究所
庄司 佳祐(助教)
泉 奈津子(技術専門職員)
泊 幸秀 (教授)

発表雑誌
雑誌 PLoS Genetics
題名 Non-gonadal somatic piRNA pathways ensure sexual differentiation, larval growth, and wing development in silkworms
著者 Takashi Kiuchi*, Keisuke Shoji, Natsuko Izumi, Yukihide Tomari, Susumu Katsuma*
DOI https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1010912
URL https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1010912
研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:15H02482)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:17H06431)」、「基盤研究(A)(課題番号:22H00366)」および農林水産省のイノベーション創出基礎的研究推進事業「チョウ目昆虫における性操作技術の開発(平成26年度より農林水産業・食品 産業科学技術研究推進事業に移管)(課題番号:26034A)」の支援により実施されました。

用語解説

注1 piRNA(PIWI-interacting RNA)
24塩基から30塩基ほどの小さなRNAの1つであり、生殖巣に多く存在する。ゲノム上を移動して遺伝子情報に害をなすトランスポゾンに対する相補配列を主にもち、RNA切断活性を持つPIWIタンパク質を標的へと導くことで、生殖細胞のゲノムを守っていると考えられている。

注2 脂肪体
皮膚の内側に存在する白色帯状の体細胞組織。脂肪の合成や貯蔵、糖の蓄積や分解などが行われており、個体の栄養状態の維持にかかわっている。ヒトの肝臓にあたるような役割を担う昆虫の組織である。

注3 翅原基
幼虫の胸部側面に全部で2対ある体細胞組織。将来は成虫の翅となる未分化な組織である。

問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 木内 隆史(きうち たかし)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

細胞遺伝子工学
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