膵臓がんを画像で描出し、アルファ線で攻撃~診断と治療を一体化させた新規セラノスティクス技術~

ad

2023-10-16 大阪大学

研究成果のポイント
  • 近年、狙った標的に結合する化合物に対して、標識する核種を変えることで、がんの診断から治療まで一貫して実施するセラノスティクス(Theranostics)が注目を集めている。
  • 膵臓がんに発現するグリピカン-1(glypican-1)を標的とした新たな放射性抗体を共同開発した。
  • 放射性ジルコニウム標識抗体を用いた陽電子放出断層撮影(PET)で膵臓がんを描出し、アスタチン標識抗体でアルファ線治療を行うセラノスティクス技術を実証した。
  • 将来的に膵臓がんを早期に画像診断で発見することが可能となり、進行がんに対してはアルファ線を用いた全身治療を実施できることが期待される。
概要

大阪大学大学院医学系研究科 核医学の渡部 直史 助教、および同理学研究科の樺山 一哉 准教授、深瀬 浩一 教授を中心とする放射線科学基盤機構(機構長 富山 憲幸)の研究チームは、岩手医科大学の仲 哲治 教授らとの共同研究において、膵臓がんに発現するグリピカン-1(glypican-1)を標的とした新たな放射性抗体 ([Zr-89/At-211]標識抗glypican-1抗体) の開発に成功しました。

今回、開発したZr-89標識抗glypican-1抗体(PET画像診断プローブ)を膵臓がんのモデルマウスに静脈内投与したところ、PET画像上で腫瘍への高集積が確認できました。さらに標識する核種を理化学研究所の加速器を用いて製造されたアルファ線を放出する治療用核種のアスタチン(At-211)に切り替えて投与すると、膵臓がんの増殖を抑える効果が認められました。抗glypican-1抗体を用いて、画像診断からアルファ線治療まで一貫して実施するセラノスティクスと呼ばれる新たな一体化技術の有用性が確認できました(図1)。

膵臓がんは従来の画像診断では早期発見が難しいことがあり、かつ治療が効きにくく、進行しやすい難治性がんと言われています。今回、開発されたPET画像診断用抗体とアスタチン標識抗体を用いることで、膵臓がんを高精度で検出し、かつ進行がんであった場合にもアルファ線で攻撃することで治療を実施することが可能になります。

本研究成果は、科学誌「Journal of Nuclear Medicine」に、10月12日(木)(日本時間 10月13日(金))に公開されました。

膵臓がんを画像で描出し、アルファ線で攻撃~診断と治療を一体化させた新規セラノスティクス技術~

図1. セラノスティクス(Theranostics: Diagnostics + Therapeutics)のイメージ

研究の背景

近年、狙った標的に結合する化合物に対して、標識する核種を変えることで、がんの診断から治療まで一貫して実施するセラノスティクス(Theranostics)が注目を集めています。診断にはPET(ペット)と呼ばれる画像診断を用いることが多く、治療にはアルファ線やベータ線を放出する核種が用いられます。

大阪大学では、これまでアルファ線放出核種のアスタチンを用いたがん治療薬の開発を行っており、医学部附属病院では難治性甲状腺がんに対する医師主導治験が実施されています。今後、標的とするがん種を拡大していく予定にしています。今回、その一環として、膵臓がんに発現するグリピカン-1(glypican-1)を標的とした新たなPET画像診断プローブ、ならびにα線治療薬として、[Zr-89/At-211]標識抗glypican-1抗体を開発しました。

研究の成果

本研究において開発したZr-89標識抗glypican-1抗体を膵臓がんのモデルマウスに静脈内投与したところ、腫瘍に高集積を示すことが画像的に確認できました(図2左)。腫瘍への集積は1日後にピークを認めており、抗体製剤としては早い腫瘍分布を示しました。さらに標識する核種をアスタチン(アルファ線を放出)に切り替えたAt-211標識抗glypican-1抗体(100kBq)を投与すると、未標識抗体を投与したコントロール群と比較して、膵臓がんの増殖を抑える効果が認められました(図2右)。さらにアルファ線治療においては、十分な治療効果を得るために抗体が内在化することが重要であることも示されました。

膵臓がんは従来の画像診断では同定が難しいことがあり、Zr-89標識抗glypican-1抗体を用いることで早期発見や高精度の転移診断につながることが期待されます。またAt-211標識抗glypican-1抗体については、手術で摘出することが困難な場合、あるいは従来の抗がん剤に抵抗性の進行がんに対しても、全身のがん病変をアルファ線で攻撃することで治療効果が期待できます。

本研究における抗glypican-1抗体は岩手医科大学の仲哲治教授より提供され、同大の世良田聡准教授の支援を受けて、PETプローブの評価を進めました。PET画像診断薬の標識に用いたジルコニウム(Zr-89)は大阪大学医学部附属病院内に設置された医療用サイクロトロン(住友重機械工業製)を用いて製造され、仲定宏 薬剤師(同病院薬剤部)が標識を行いました。従来のPET画像診断に用いられるフッ素(F-18)の半減期は110分と短く、体内に比較的ゆっくり分布する抗体には長半減期PET核種のZr-89(半減期 78.4時間)が適しています。

治療に用いたアスタチン(At-211)は従来の放射線よりもエネルギーの高いアルファ線を放出する核種であり、加速器を用いた国内製造が可能であることから、近年世界的に注目されています。理化学研究所では、羽場宏光室長らが重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」の加速器を用いて、アスタチン原料を大量製造する技術開発を行っており、医師主導治験への提供を含む、大阪大学への安定供給を実現しています。

20231016_2_2.png

図2. [Zr-89/At-211]標識抗glypican-1(GPC1)抗体を用いたセラノスティクス:(左)膵がんモデルマウスを用いたZr-89標識GPC1抗体のPETイメージング(赤矢印が腫瘍)、(右)膵がんモデルでのAt-211標識抗GPC1抗体投与によるアルファ線治療

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

がん患者の生存率は全体として上昇傾向にありますが、膵臓がんの5年相対生存率は11.8%a)と依然としてかなり低い水準が続いており、有効な治療法は限られています。本研究で開発に成功したZr-89標識抗glypican-1抗体を用いた画像診断は早期発見に有用であるだけでなく、多発転移を伴う進行がんに対してはAt-211標識抗glypican-1抗体を用いた治療が実施可能であり、難治性膵がんにおける画期的な治療法となることが期待されます。さらにglypican-1は膵臓がん以外のがんにも発現していることがわかっています。将来的に日本発の治療として、世界中で治療を必要としている難治性がんの患者さんに用いられることが期待されます。

a)国立がん研究センター 2014-2015年院内がん登録集計より

特記事項

本研究成果は、2023年10月12日(木)(日本時間 10月13日(金))に科学誌「Journal of Nuclear Medicine」にオンラインで掲載されました。

DOI: 10.2967/jnumed.123.266313
【タイトル】 “Immuno-PET and targeted alpha therapy using anti-glypican-1 antibody labeled with 89Zr/211At: A novel theranostics approach for pancreatic ductal adenocarcinoma”
【著者名】 渡部直史1,2♯*, 樺山一哉2,3,4♯, 仲 定宏5, 山本 竜駒3 , 兼田加珠子2,4, 世良田聡6, 大江一弘2, 豊嶋厚史2, 王洋7, 羽場宏光7, 栗本健太5, 小林孝徳1, 下瀬川恵久8, 富山憲幸2,9, 深瀬浩一2,3,4, 仲哲治6,10. (♯Equal contribution、 *責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 核医学
2. 大阪大学 放射線科学基盤機構
3. 大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻
4. 大阪大学 大学院理学研究科 附属フォアフロント研究センター 医理核連携教育研究プロジェクト
5. 大阪大学 医学部附属病院 薬剤部
6. 岩手医科大学 医歯薬総合研究所 分子病態解析部門
7. 理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
8. 大阪大学 大学院医学系研究科 医薬分子イメージング学
9. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線医学
10. 岩手医科大学 医学部内科学講座 リウマチ・膠原病・アレルギー内科分野

本研究は、科学技術振興機構(JST)産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)、ONSSI株式会社との共同研究および、大阪大学理学研究科附属フォアフロント研究センター 医理核連携教育研究プロジェクト(代表者:深瀬浩一 教授、放射線科学基盤機構 放射線科学部門長兼任)の支援において、実施されました。また本研究におけるアスタチン原料は、理化学研究所 仁科加速器科学研究センター(センター長:櫻井博儀)の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」のAVFサイクロトロンを用いて大量製造を行いました(製造担当:羽場宏光 室長、王洋 特別研究員)。さらに、豊嶋厚史 教授(放射線科学基盤機構)の下で、短寿命RI供給プラットフォームより提供されました。

この研究についてひとこと

抗体はがん細胞に対する特異性や集積性が高く、高精度の画像診断ならびにがん治療に用いることができます。一方、抗体を用いたPETイメージングや標的アルファ線治療の研究はまだ黎明期であり、本格的な臨床応用はこれからです。特に進行した膵臓がんではまだまだ有効な治療法が少ないため、高感度のPETイメージングを用いた早期発見も重要です。また既存治療が奏功しない患者さんにとってはアスタチン標識抗体を用いたアルファ線治療が良い治療効果を生み出せることが期待できるため、引き続き臨床応用に向けて尽力したいと思います。


セラノスティクス(Theranostics)
治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術を指す。

グリピカン-1(glypican-1)
がんの細胞表面に発現しているヘパラン硫酸プロテオグリカンの1種であり、膵臓がんのがん細胞や間質に発現が認められる。glypican-1は負電荷を有する糖鎖であるヘパリンに結合する増殖因子の生理作用を増強させる。また、乳がん、食道がん、子宮頚がん、胆管細胞がんなど多くのがんに発現している。がん細胞中にglypican-1の発現が強い膵臓がん、食道がん、胆管細胞がん患者では、がん細胞中のglypican-1の発現が弱い患者群と比べて予後が不良であることも知られている。

PET
PET(Positron Emission Tomography)(ペット)検査は陽電子放出断層撮影法と呼ばれ、がんの病期診断や再発診断に用いられる。PET検査の実施にあたっては、患者さんにPET画像診断プローブ(注射用検査薬)を投与し、全身のスキャンを行う。

アルファ線
近年、短い飛程でエネルギー(治療効果)の高い放射線として、研究や臨床応用が進んでいる。アルファ線を出す薬剤をがん病巣に選択的に集めることで、周囲の組織には影響を与えることなく、がんの治療が可能である。

[Zr-89/At-211]標識抗glypican-1抗体
グリピカン-1(glypican-1)に結合する抗体にリンカーと呼ばれる接続部を付けて、陽電子放出核種のジルコニウム(Zr-89: zirconium)、またはアルファ線放出核種のアスタチン(At-211: Astatine)で標識することで、画像診断からがん治療まで用いることができる。標識する放射性同位元素のZr-89、At-211はいずれもサイクロトロンと呼ばれる加速器を用いて、国内製造が可能である。

難治性甲状腺がんに対する医師主導治験
甲状腺がんがアスタチンを取り込む性質を利用して大阪大学医学部附属病院で実施されている第1相医師主導治験のことを指す。国内で最初に開始されたアスタチンを用いた治験である。

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました