2018/09/05 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(略称:国循)心不全科の髙濱博幸医師、泉知里部長、創薬オミックス解析センターの南野直人センター長らの研究チームは、急性心不全患者のネプリライシン(注1)濃度の変化を検証しました。本研究成果は欧州心臓学会の学会誌「European Heart Journal」のDiscussion Forumに平成30年7月27日(現地時間)に掲載されました。
背景
ナトリウム利尿ペプチドの一つである脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は強力な心臓保護作用があり、心不全患者で増加することが知られています。ネプリライシンはこのBNPを分解する働きがあり、ネプリライシン阻害剤はBNPの分解を抑制することで心保護作用の強化につながることが期待され開発が進んでいました。2014年にネプリライシン阻害剤とアンギオテンシン受容体拮抗薬(注2)の合剤である新薬(ARNI)が心不全患者の長期予後改善に有効であるとの海外からの研究発表があり、欧州ではARNIが既に臨床応用されています。しかし、どのような心不全の症例に有効かについては知見が少なく、心不全患者の血中ネプリライシン濃度に注目が集まっていました。
2017年に欧州の研究グループが、補助人工心臓装着によりネプリライシン濃度が大幅に減少したことを発表しました。しかしこれは補助人工心臓装着下という大きく血行動態が変化する状況下での研究結果です。補助人工心臓等を装着しない場合にみられる心不全の回復過程における血中ネプリラシン濃度については更に検証が必要な状況でした。
研究手法と成果
高濱医師らの研究チームは、NYHA3-4(注3)の急性心不全で入院した患者の入院時と退院時のネプリライシン濃度を計測しました。その結果、急性期心不全患者では入院時と退院時の血中ネプリライシン濃度に大きな変化はないことがわかりました(図)。
今後の展望と課題
本研究成果より、急性心不全患者の急性期のネプリライシン濃度は2017年の海外の報告ほど大きく変化していない可能性が示唆されました。心不全患者への効果が報告されたARNIですが、その阻害標的であるネプリラシンの変動、心不全の病態との関係や測定の意義などについては、不明な点が多く残されています。わが国でも近い将来、ARNIの実用化が現実的となると思われますが、ARNIがどのような心不全患者のどのような時期に効果があるのか、今後の更なる研究の展開が期待されます。
<注釈>
(注1)ネプリライシン
タンパク質分解酵素の一種。心保護作用のあるBNP、降圧作用があるブラジキニン等の生理活性ペプチドや、脳の老廃物でアルツハイマー病の原因となるアミロイドβを分解する働きがある。
(注2)アンギオテンシン受容体拮抗薬
アンギオテンシンは受容体と結合することで血圧を上昇させる作用をもつ生理活性物質である。アンギオテンシン受容体拮抗薬は、アンギオテンシンと受容体が結合するのを妨げて血圧を下げる働きがある。
(注3)心不全の重症度
ニューヨーク心臓病協会(NYHA)による下記の分類が多く用いられる。
Ⅰ度:心臓に何らかの病気はあるが、日常生活で症状がない。
Ⅱ度:安静時および軽労作時には症状がないが、強い労作時に疲労や動悸が生じる。
Ⅲ度:安静時には症状がないが、軽労作時でも疲労や動悸が生じる。
Ⅳ度:安静時にも心不全症状が起き、労作で症状が増悪する。
本研究では、急性心不全患者のうちⅢ~Ⅳ度にあてはまる患者を抽出した。
<図>
急性期心不全患者の入院時および退院時のネプリライシン濃度
今回対象とした患者数は51名、平均入院期間は19日であった。