2024-03-26 京都大学iPS細胞研究所
ポイント
- let-7マイクロRNAの細胞内活性差により免疫巨核球集団を濃縮・同定することに成功した。
- 免疫巨核球集団の炎症性シグナルが巨核球株imMKCLにおける増殖能・血小板産生能の低下を引き起こす原因であった。
- RALB遺伝子は免疫巨核球を規定することを明らかにした。
- 本メカニズムの同定は、iPS細胞由来血小板の製造法の改善につながる。
1. 要旨
陳思婧特定研究員(現 千葉大学大学院医学研究院 特任研究員)、江藤浩之教授(京都大学CiRA、千葉大学大学院医学研究院)らの研究グループは、齊藤博英教授(京都大学CiRA)、高山直也准教授(千葉大学大学院医学研究院)らと共同で、iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)注1から⽣体内の「免疫巨核球」に類似する細胞集団を、let-7マイクロRNA注2の細胞内活性差により濃縮・同定することに成功しました。この免疫巨核球集団の炎症性シグナルは、imMKCLの増殖・血小板注3産生の低下を引き起こすことを発見しました。さらにlet-7下流で機能するGTP分解酵素であるタンパク質RALBが免疫巨核球発生の制御因子であり、炎症性シグナルを増強することを初めて見いだしました。本研究は、免疫巨核球の新知⾒を提⽰することに留まらず、imMKCLの免疫特性とその臨床応用について重要な知見を提供し、iPS細胞から血小板を製造する方法の改善につながります。さらに、再生医療製品の品質保証および輸血時の新評価項目を提案する根拠を提示しました。
この研究成果は、2024年3月22日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
図1 論文の概要
2. 研究の背景
社会の少子高齢化、COVID-19のパンデミックなどにより、献血に依存しない血小板輸血製剤の供給を実現することが希求されています。一方、江藤浩之教授らの研究グループは、GMP(Good Manufacturing Practice)グレードのiPS細胞由来巨核球株(imMKCL)を樹立し、輸血可能な品質良好なiPS細胞由来血小板製剤(iPS血小板)を大量製造することに成功しています(Cell Stem Cell, 2014/CiRAニュース2014年2月14日、Cell, 2018/CiRAニュース2018年7月13日)。これらの技術開発によって、血小板輸血不応症を合併した血小板減少症の患者さんを対象としたiPS血小板の世界初の臨床試験であるiPLAT1試験(自己輸血に関する臨床研究)を実施するに至りました(Blood, 2022; Blood Advances, 2022/CiRAニュース2022年9月30日)。一方、iPS血小板の工業的な大量生産の実現に向けては、imMKCLの不均一性が大きな課題の一つとなっています。
さらに、⾎⼩板の前駆細胞である巨核球注4は、従来⾎⼩板造⾎の機能しか持たないとされてきました。しかし近年、⾎⼩板造⾎以外にも、造⾎幹細胞のニッチ機能、免疫システムの制御など、巨核球の多様な役割が次々と発⾒されました(Blood, 2021)。生体免疫を制御する巨核球(免疫巨核球)に関しては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者さんの肺炎重症化に、血液中の巨核球由来のサイトカインストームが寄与することも報告されています(Cell, 2021)。以上のように、生体内での免疫巨核球が様々な病態に関わることが提唱されていますが、本細胞集団の新しい機能やメカニズムについては依然として不明な点が多く、さらに、生体内での巨核球の局在と希少性が原因で、生体内から免疫巨核球分画を抽出し、研究することは⾮常に困難でした。
3. 研究結果
本研究では、齊藤博英教授が開発したマイクロRNAスイッチ注5技術(Cell Stem Cell, 2015/CiRAニュース2015年5月22日)を活用し、imMKCLにおける細胞の不均一性に関して解析を実施しました。その結果、自然免疫と獲得免疫を制御する「免疫巨核球」がimMKCLにも存在すること、本細胞集団がlet-7 マイクロRNAの活性度に応じて選別・濃縮できることを明らかにしました。シングルセルRNA-seq解析注6により、let-7a-5p によるRALB 遺伝⼦の発現抑制機構が減弱することでRALB発現が高まり、免疫形質が誘導され、増強されることを見出しました。さらに、RALBはヒト臍帯⾎造血幹細胞由来巨核球(ヒト生体内型巨核球)においても免疫巨核球を規定することを確認しました。
imMKCLでは、iPS細胞ドナー特性による増殖能・血小板産生能の不均一性が存在しますが(Stem Cell Reports, 2021/CiRAニュース2021年12月3日)、その原因は不明のままでした。本研究では、imMKCLのドナー特性、あるいは、培養時の細胞⽼化が免疫形質と⼤きく関連することを見出しました。つまり、継代数増加に伴う細胞老化が増殖能・血小板産生能の低下を引き起こす原因にも、免疫巨核球集団の炎症性シグナルが関与しており、その抑制を細胞培養に活用する方法も見出しました。また今後の臨床応用に向け、RALBが、imMKCLマスターセルの品質管理マーカーとしても有用であることが示唆されました。
4. 本研究の意義と今後の展望
本研究は、免疫巨核球の新知⾒に留まらず、iPS⾎⼩板製剤の社会実装における最重要課題である品質保証の観点からも極めて重要な知⾒を提示しています。将来的には、iPS細胞の臨床応用ならびに最終的には産業化に必須な製造コスト改善、今後の大規模製造に基づくiPS血小板製剤の世界戦略にも大きく貢献します。さらに、本研究によって開発されたヒト免疫巨核球の探索ツールは、感染症を含むヒト免疫機構における免疫巨核球の機能発揮の理解、献⾎⾎⼩板の特定の⽤途に対する提案、免疫巨核球を標的とした創薬研究など、再⽣医療への貢献が大きく期待されます。
5. 論文名と著者
- 論文名
A let-7 microRNA-RALB axis links the immune properties of iPSC-derived megakaryocytes with platelet producibility - ジャーナル名
Nature Communications - 著者
Si Jing Chen1,2, Kazuya Hashimoto1, Kosuke Fujio1, Karin Hayashi3, Sudip Kumar Paul2, Akinori Yuzuriha1, Wei-Yin Qiu1, Emiri Nakamura1, Maria Alejandra Kanashiro2, Mio Kabata3, Sou Nakamura1, Naoshi Sugimoto1, Atsushi Kaneda4, Takuya Yamamoto3,5,6, Hirohide Saito3*, Naoya Takayama2*, Koji Eto1,2,*
*:共同責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門
- 千葉大学大学院医学研究院イノベーション再生医学
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)未来生命科学開拓部門
- 千葉大学大学院医学研究院分子腫瘍学
- 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
- 理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム
「体外製造血小板の臨床実装に向けた巨核球の改造産生」 - AMED 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題
(基礎応用研究課題)「自家iPS細胞由来血小板製剤の臨床研究(iPLAT1)の事後検証と製剤改良」 - AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS細胞研究中核拠点
「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」 - 日本学術振興会 基盤研究(S)
- 日本学術振興会 萌芽研究
- 日本学術振興会 若手研究
- iPS細胞研究基金
7. 用語説明
注1)iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)
巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。
注2)マイクロRNA(miRNA)
20~30塩基程度の長さの短いノンコーディング(タンパク質をコードしていない)RNA。相補的な配列を持つmRNAと結合して翻訳を抑制したり、mRNAを分解したりすることで、そのmRNAからのタンパク質の合成を抑制する働きをもつと考えられている。
注3)血小板
止血に重要な役割を果たす核のない直径2〜3μmの血液細胞で、巨核球から分離して作られる。トロンビン等の作用で凝集する性質がある。
注4)巨核球
造血幹細胞から作られる細胞で、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。
注5)マイクロRNAスイッチ
標的となる特定のマイクロRNA (miRNA) が認識する配列を挿入することで、蛍光タンパク等の発現をON/OFF制御する機能を付与した人工mRNA。標的miRNAの活性を検知したりすることができる。
注6)シングルセルRNA-seq解析
高速シーケンサーを用いてRNAのシーケンシング(配列情報の決定)を行い、単一細胞内で発現するトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物・全RNA)の定量を行う解析。