卵子を作り出す新しい調節メカニズムの発見~腸から分泌されるホルモンが卵子の幹細胞増殖を促進する~

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2018-09-25 筑波大学,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント
  1. 卵子の元となるメス生殖幹細胞の増殖を調節する新しい臓器連関メカニズムをモデル生物であるキイロショウジョウバエで発見しました。
  2. 交尾に伴うメス生殖幹細胞の増殖には、腸管由来のペプチドホルモン「ニューロペプチドF」が分泌され、卵巣で受容されることが必須であることを解明しました。
  3. 動物の生殖を支える生殖幹細胞の調節に、腸と卵巣という異なる臓器間でのシグナル経路が関わることを示した初めての成果です。
概要

国立大学法人筑波大学生命環境系 丹羽隆介准教授、同生命環境科学研究科大学院生(日本学術振興会特別研究員)天久朝恒・吉成祐人、同生存ダイナミクス研究センター 島田裕子助教、大学共同利用機関法人 情報システム研究機構 国立遺伝学研究所  近藤周助教、および国立大学法人東京海洋大学 吉崎悟朗教授、同大学院生 雨澤孝太朗らは、卵子を作り出す過程を調節する新しい臓器連関メカニズムをモデル生物であるキイロショウジョウバエDrosophila melanogasterにおいて発見しました。

近年、多くの動物種において、異なる臓器の間で情報を伝達するホルモンの存在とその重要性に多くの関心が集まっています。本研究グループは、キイロショウジョウバエにおいて卵子の元となる生殖幹細胞の増殖が、腸から分泌されるホルモンによって調節されることを明らかにしました。このホルモンはニューロペプチドF(NPF)と呼ばれ、哺乳動物のニューロペプチドYの類縁分子であると考えられています。腸に存在するNPFがオスとの交尾刺激によって体液中へと放出され、卵巣に存在するNPF受容体に受け取られることが、交尾に伴う生殖幹細胞の増殖に必須であることを解明しました。本研究は、動物の生殖を支える生殖幹細胞の調節に、腸と卵巣という異なる臓器間でのシグナル経路が関わることを示した初めての成果です。NPF は進化的に幅広く保存されたペプチドホルモンであると考えられていることから、今回の成果は動物に共通した臓器連関による生殖幹細胞の制御メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

本研究の成果は、米国西海岸時間2018年9月24日(日本時間9月25日午前4時)付で米国科学誌「PLOS Biology」で公開されます。

※本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」における研究開発課題「成長期の栄養履歴が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズム」(研究期間:平成29~34年度)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「生体における動的恒常性維持・変容機構の解明と制御」における研究課題「個体の発育の恒常性を調節する器官間液性因子ネットワークの解明」(研究期間:平成24~27年度)、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(B)(研究期間:平成28~30年度)と特別研究員奨励費(研究期間:平成27~29年度)、文部科学省新学術領域研究「動物における配偶子産生システムの制御」(研究期間:平成25~29年度)、井上科学振興財団井上リサーチアウォード、および内藤記念科学振興財団内藤記念科学奨励金・研究助成の支援により実施されました。

研究の背景

卵子は次世代に生命を継承する役割を担っており、その形成過程が適切に制御されることはヒトを含むあらゆる種の繁栄に重要です。卵子が安定的に供給されるためには、卵の大本となる生殖幹細胞の分裂と維持の制御が鍵です(図1)。従来の研究では、生殖幹細胞の性質を維持するために、周囲の細胞が様々なシグナルを出す微小(ミクロ)環境「ニッチ」注1)の重要性が注目されてきました。一方、多くの動物で、卵子の形成過程は栄養条件や季節変化などの個体をとりまくマクロな環境変化に応じて柔軟かつ適応的に調節される例が知られています。こうしたマクロな環境に対する卵形成の応答は、生殖幹細胞やニッチというミクロなレベルへと何らかのメカニズムを通じて反映されると考えられます。しかし、個体をとりまくマクロな環境変化が、生殖幹細胞に与える影響については不明な点が多く残されていました。

この疑問に応えるために丹羽准教授らの研究グループは、生殖幹細胞研究の優れたモデル生物であるキイロショウジョウバエを材料として研究を実施しました。ショウジョウバエを含む昆虫メスの行動や生理状態は、交尾により劇的に変化することが知られています。例えば交尾後メスは、自身の体重の約40%に相当する、平均60個もの卵を1日に産むようになります。すべての成熟卵は生殖幹細胞の分化によって供給されることを考えると、交尾刺激は生殖幹細胞の分裂を促すことが予想されます。しかし意外なことに、このシンプルな仮説はこれまで一切検討されてきませんでした。

先年、丹羽准教授らはキイロショウジョウバエにおいて、オスとの交尾がメス生殖幹細胞の増殖を促進することを明らかにしました(参考文献)。この発見により、従来のミクロな視点からの生殖幹細胞の研究に新たにマクロな観点(交尾行動)をもたらされました。その一方で、オスから伝わる交尾の情報がどのようなメカニズムを介して卵巣の生殖幹細胞へと伝わるのかということについては未だ多くの不明な点が残されていました。

研究内容と成果

本研究グループは、突然変異株系統を用いたスクリーニングを出発点として交尾依存的な生殖幹細胞の増殖に必要な遺伝子を探索した結果、その候補因子として「ニューロペプチドF(NPF)注2」と呼ばれるペプチドホルモンを同定しました。昆虫のNPF は哺乳動物のニューロペプチドY(NPY)の類縁分子であると考えられており、これまで多くの研究により、NPF は神経細胞で分泌され、摂食行動や睡眠といった様々な生理機能を調節することが知られていました。しかし意外なことに、メス個体の神経細胞におけるNPFの機能を遺伝学的に阻害しても、交尾に伴うメス生殖幹細胞の増殖に変化は見られませんでした。一方で、腸管由来NPF(以下、腸NPF)の機能を遺伝学的に阻害すると(図2A)、交尾後のメス生殖幹細胞の細胞数および細胞分裂の頻度が無処置の個体と比べ減少しました(図2B)。また腸 NPF はオスとの交尾によって体液中へと放出されることが示唆されました。

丹羽准教授らは、交尾の刺激をメス生殖幹細胞の増殖へと反映させる経路として、性ペプチドシグナル経路注3)を同定していました(参考文献)。性ペプチドは、オスの精液中に含まれるタンパク質で、交尾後のメスに起こる様々な生理機能の変化を引き起こす活性をもつことが知られています。そこで、腸NPFと性ペプチドシグナル経路との関係を調べたところ、性ペプチドの機能を持たないオスと交尾をしたメス個体では、本来、交尾後に見られるような腸NPFの放出が抑えられることが分かりました。このことから腸NPFの分泌は、性ペプチドシグナル経路によって調節されることが示唆されました。

さらに、メス生殖幹細胞増殖におけるNPFの重要性を確認するために、実験生物学的な研究を実施しました。未交尾メスの体液に人工合成したNPFを注入した結果、交尾後に見られるような生殖幹細胞の増殖が誘導されることが分かりました(図2C)。また、未交尾メスから解剖学的に取り出した卵巣を器官培養系に移し、人工合成NPFを添加した際にも同様に生殖幹細胞の増殖が誘導されました。さらに、人工合成NPFによる生殖幹細胞増殖の誘導は、NPF受容体の機能を卵巣で阻害した際に抑えられることが分かりました。このことから、体液中のNPFは卵巣に存在するNPF受容体を介して生殖幹細胞の増殖を促進することが示唆されました。

最後に、NPFシグナルがどのようなメカニズムを介して生殖幹細胞の増殖を促進するのかということを調べました。そのために、生殖幹細胞の増殖に重要なニッチシグナルであるBMP(Bone Morphogenetic Protein)シグナル注4)に着目しました。NPFまたはNPF受容体の機能を遺伝学的に阻害すると、生殖幹細胞のBMPシグナルのレベルが、交尾後メスにおいて減少することが分かりました。反対に、腸NPFを遺伝学的に強制発現した個体では、未交尾状態にも関わらず、交尾後に見られるようなBMPシグナルのレベルの亢進が引き起こされました。(図2D)。このことからNPFシグナルはBMPシグナルの亢進を介して生殖幹細胞の自己増殖を促進することが示唆されました。

ショウジョウバエ卵巣は幹細胞研究の優れたモデルとして歴史的に重要な貢献をしてきましたが、そのほとんどは微小(ミクロ)環境ニッチからシグナル因子の役割に迫るものでした。本研究では、交尾行動というマクロな環境変化が、生殖幹細胞やニッチというミクロなレベルへと反映されるメカニズムの一端として、腸から放出されるペプチドホルモンに着目し、腸管と卵巣の臓器連関シグナルの重要性を明らかにしました(図3)。NPF は進化的に保存されたペプチドホルモンであることから、今回の成果は哺乳類を含む幅広い動物における生殖幹細胞の制御メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

今後の展開

今回の研究で、腸と卵巣による臓器連関が生殖幹細胞増殖に影響を及ぼすことが分かりました。一方、生殖幹細胞の制御に腸由来のペプチドホルモンが関わる意義についてはよく分かっていません。腸は食物の分解や栄養の吸収や感知に重要な臓器であることから、今後は配偶子の生産に必要なエネルギー生産という観点から、交尾・栄養・腸内分泌の状態がそれぞれどのように関わり合うのかを調べる必要があると考えられます。

また、栄養の低下や加齢といった生理的変化より、生殖幹細胞の分裂と維持の能力は大きく低下することが知られています。今後は、腸由来NPFの活性を操作することにより、栄養の低下や加齢に伴う生殖幹細胞の機能低下を回復することができるかどうか、つまり今回の知見を基にした人為的操作によって生殖機能の回復の方法論があるのかどうか、興味が持たれます。

NPF は、哺乳動物のニューロペプチドY(NPY)の類縁分子であると考えられています。将来的には、NPYを含む腸内分泌ホルモンが生殖系列にどのような影響を与えるのかを調べることにより、動物に幅広く保存された臓器連関による生殖幹細胞の調節メカニズムが解明されることが期待されます。

参考図


図1:配偶子を作り出すために必要な生殖幹細胞

ショウジョウバエの腹部には房状の構造を持つ卵巣が存在する。卵巣を構成する複数の管(卵巣小管)は、発生途中の卵が数珠状に連なった構造を持つ。この構造の先端部には卵の元となる生殖幹細胞が複数存在する。生殖幹細胞は卵や精子へと分化する分化能を持つ一方、自己と同じ幹細胞を複製する自己増殖能を持つ。これまでの研究で、生殖幹細胞の増殖や維持を調節するためには隣接したニッチ細胞からの局所性のシグナル因子が必要ということがよく知られていた。一方で、生殖幹細胞制御における卵巣外からの全身性のシグナル因子の役割については不明な点が多く残されていた。


図2:NPFシグナルによる生殖幹細胞の制御

(A)ショウジョウバエの腸におけるNPFタンパク質の局在。腸内分泌細胞で抗NPF抗体のシグナルが観察された。一方腸NPF機能阻害個体では、腸管でのNPF量が減少した。
(B)生殖幹細胞の分裂頻度。コントロール個体においては交尾後に生殖幹細胞の分裂頻度が増加した。一方で腸NPF機能を阻害した個体ではその増加が抑制された。
(C)成虫体液への注入実験。未交尾メスに人工合成NPFペプチドを注入した際には、生殖幹細胞数の有意な増加が観察された。
(D)生殖幹細胞におけるニッチシグナルレベル。無処置の個体において、生殖幹細胞(点線)でのBMPシグナルレベル交尾依存的に増加した。BMPシグナルレベルの定量には、細胞内シグナル因子であるリン酸化Mad(pMad)のタンパク質レベルを指標とした。NPFの強制発現個体では、未交尾にも関わらず交尾後に見られるようなBMPシグナルレベルの増加が観察された。


図3:交尾後の生殖幹細胞増殖を制御する臓器連関メカニズムのモデル図

オスとの交尾によってオスの精液中の成分がメス体内へと伝わり、メス個体で性ペプチドシグナル経路が引き起こされる。神経で活発化された性ペプチドシグナル経路によって、腸内分泌細胞からのNPF放出が促進される。放出されたNPFは卵巣で発現するNPF受容体を介して主要なニッチシグナルであるBMPシグナルを亢進する。これらのNPF-NPF受容体による腸と卵巣を介した臓器間シグナルによって、交尾に伴う生殖幹細胞の増殖が調節される。

用語解説
注1)生殖幹細胞とニッチ
生殖幹細胞は卵巣または精巣に存在し、配偶子を作り出す働きをもつ。生殖幹細胞は、卵子や精子へと分化する「分化能」を持つ一方、自身と同様な未分化な幹細胞を複製する「自己増殖能」を持つ。生殖幹細胞の分化と自己増殖は、幹細胞ニッチと呼ばれる微小環境により調節される。キイロショウジョウバエの卵巣においてニッチ細胞は生殖幹細胞に隣接しており、幹細胞の増殖や維持に必要なニッチシグナルを供給する。一方で、ニッチから離れた細胞は局所的なニッチシグナルを受け取れなくなり分化経路へと入っていく。
注2)ニューロペプチドF(NPF)
36のアミノ酸残基からなるペプチドホルモン。昆虫のNPFは哺乳動物のニューロペプチドYの類縁分子と考えられている。キイロショウジョウバにおいて、NPFは神経伝達物質として働き、これまでに摂食行動、求愛行動、代謝、アルコールへの感受性、他個体への攻撃性や学習記憶といった様々な生理作用を持つことが知られている。NPFは中枢神経および腸管の上皮細胞に存在する一方で、腸管由来のNPFの機能についてはよく分かっていなかった。
注3)性ペプチドシグナル経路
キイロショウジョウバエの交尾後の行動変化を引き起こすシグナル経路。ショウジョウバエ属昆虫のオスの精液中に含まれる「性ペプチド」と呼ばれるタンパク質がリガンドとして働く。交尾後のメスの神経で性ペプチドシグナル経路が働くことで、オスとの再交尾の拒否や産卵数の増加といった行動レベルのスイッチングが起こる。この変化は、精子の効果が続く約1週間程度持続する。
注4)BMP(Bone Morphogenetic Protein)シグナル経路
骨の形成を誘導する生理活性物質として同定、命名されたBMP によるシグナル伝達経路。多くの研究により多彩な生理機能を持つことが分かっており、キイロショウジョウバエにおいても初期発生や幹細胞制御において重要な働きを持つ。主要な構成要素としてリガンドであるBMPおよびその受容体、細胞内シグナル伝達を担うMad(Mothers against dpp)が挙げられる。
参考文献

Tomotsune Ameku and Ryusuke Niwa (2016) Mating-Induced increase in germline stem cells via the neuroendocrine system in female Drosophila. PLOS Genetics 12: e1006123.

DOI:10.1371/journal.pgen.1006123

掲載論文
題名:
Midgut-derived Neuropeptide F controls germline stem cell proliferation in a mating-dependent manner
(腸由来のニューロペプチドFは交尾依存的な生殖幹細胞の増殖を制御する)
著者名:
Tomotsune Ameku(天久 朝恒)、Yuto Yoshinari(吉成 祐人)、Michael J. Texada、Shu Kondo(近藤 周)、Kotaro Amezawa(雨澤 孝太朗)、Goro Yoshizaki(吉崎 悟朗)、Yuko Shimada-Niwa(島田 裕子)、Ryusuke Niwa(丹羽 隆介)
掲載誌:
PLOS Biology
DOI:
10.1371/journal.pbio.2005004
問合わせ先
研究に関すること

丹羽 隆介(にわ りゅうすけ) 筑波大学 生命環境系 准教授

AMEDに関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課

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