左右対称から五放射の体を進化させた棘皮動物のゲノム解読

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2020-07-10 東京大学

入江 直樹(生物科学専攻 准教授)
大森 紹仁(研究当時:臨海実験所 特任助教/現:新潟大学佐渡自然共生科学センター臨海実験所 助教)

発表のポイント

  • 例外的に五放射の体を進化させた棘皮動物(注1)でも、そのゲノムDNA(注2)は他の動物と比べて極端な違いがあるわけではないことが判明しました。
  • 左右対称の動物群と大きく違う点として、棘皮動物はボディプランをつくりだす発生過程が進化的に多様化していることが判明しました。
  • 棘皮動物に特徴的な五放射相称の体のつくりや石灰化した内骨格の進化的起源を解明したことで、動物の体制進化を理解する重要な基盤になることが期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の入江直樹准教授と新潟大学佐渡自然共生科学センターの大森紹仁助教(研究当時:東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所・特任助教)、および中国昆明動物研究所、アメリカボストン大学などの科学者からなる国際研究グループは、左右対称動物の中でも例外的に五放射の体を進化させた棘皮動物のゲノムを複数(アメリカミドリウニと祖先型棘皮動物の一種であるニッポンウミシダ)解読し、遺伝子レベルからその体づくりの過程(胚発生過程)を解析しました。意外にも他の動物群と非常によく似た遺伝子セットを持っていた一方で、胚発生過程における遺伝子群の使い方が大きく異なることを発見しました。また、棘皮動物はバリエーションに飛んだ内骨格を持ちますが、進化的に起源の古い遺伝子を共通して使っていることも見えてきました。本研究成果により、動物の体の形がどのように進化を通して変わるのかについて理解が深まることが期待されます。

発表内容

地球上に棲息する動物は、カイメンやクラゲなどの祖先的な一部の動物を除き、基本的に体のつくりが中心線を挟んで左右対称な左右相称動物です。ところが、ヒトデやウニの仲間である棘皮動物は左右相称動物であるにも関わらず、成体になると体の中心から放射状に5つの同じ構造が伸びる五放射相称になるという極めて珍しい動物群です。はっきりとした頭や脳がないばかりか、背骨もなく、無数の骨片からなる内骨格をもつなど変わった体をもつ棘皮動物ですが、イカやエビなどのはっきりとした頭や脳を持つ左右相称動物よりも、我々脊椎動物に進化的に近いことがわかっています。阿修羅やヤマタノオロチといった空想の動物のように、複数の顔や複数の頭をした体制の動物はめったに出現しないように、動物の基本的な解剖学的特徴(ボディプラン)は変わりにくいことが知られていますが、棘皮動物の体制は例外的です。どのように例外的にこうした変わった体を獲得したのか、化石記録や現生動物の胚発生過程を比較するなどしていくつかの仮説が提唱されてきましたが、未だ十分に解明されていません。

本研究では、まず、棘皮動物の体のつくりの進化を遺伝情報から探るため、発生学のモデル生物でもあるアメリカミドリウニと、棘皮動物の中で最も祖先的な体のつくりを残すとされるニッポンウミシダの2種(図1)について全ゲノム情報を解読し、すでにゲノム情報が明らかとなっていた他の棘皮動物(ヒトデ・ナマコなど)と合わせて、近縁の他の動物のゲノム情報との比較を行いました。

図1:本研究でゲノムが解読されたニッポンウミシダ(左上)とアメリカミドリウニ(右上)。ナマコ(下)の体も、輪切りにすると五放射の体制が明瞭となる。

体の形の大きな差から予想される結果とは異なり、ゲノムDNAレベルでは棘皮動物と脊椎動物との差は比較的小さいものでした。特に、多くの左右相称動物で前後軸に沿った体のパターニングに関わるHox遺伝子(注3)群は、五放射体制の進化の要因だと目されていましたが、この予想が否定される結果となりました。Hox遺伝子の数と並びに関して近縁の左右相称動物である半索動物のものとほぼ同じであることが明らかとなったのです(図2)。ウニなどで知られていたHox遺伝子群の改変は二次的なもので、五放射そのものの進化には直接関係ないことが判明しました。

図2:五放射の体を進化させた要因とみられていたHox遺伝子群の比較。ウニでは一部のHox遺伝子が欠落し並び順や向きも大きく変わっているため、五放射進化の要だと考えられてきましたが、今回の研究からその可能性は低いことがわかりました。具体的には、祖先型棘皮動物のウミシダのHox遺伝子群を調べたところ、半索動物ギボシムシと同じ数のHox遺伝子が存在し、そのほぼすべてが番号順に規則正しく並んでいることがわかりました。(破線はゲノム上の繋がり、並びが明らかでないことを示します。)

次に、卵から成体に至るまでの胚発生段階における遺伝子の使われ方に着目し、超並列シーケンサー(注4)を活用して遺伝子発現プロファイリングを行うことで、棘皮動物とその他の動物群との分子レベルでの発生過程の差異を探索しました。これまで調べられている動物群では、発生の初期や後期よりも途中段階に遺伝子の使われ方の類似性が高くなることが知られています(発生砂時計モデル(注5))。本研究で比較した4種の棘皮動物間でも、発生の初期段階や後期段階は類似性低く、発生の途中段階では高い遺伝子発現の類似性が認められました。棘皮動物も発生と進化の一般関係則である発生砂時計モデルに従うことを示す研究結果です。一方で、奇妙な違いもみつかりました。脊椎動物や節足動物、線虫や関係動物など、その他の動物群では類似性の高い発生の途中段階は、それぞれの動物群に特徴的なボディプランが形成される時期に相当します。ところが棘皮動物では棘皮動物のボディプランとされる五放射が形成される時期よりも、ずっと早い段階で類似性が高いという結果になりました(図3)。この結果は、棘皮動物は五放射の体が基本形とされつつも、5以外の放射相称になる成体もいくつもみられるなど、多様性に富んでいることを理解する上で重要な知見だと考えられます。

図3:ウミシダの胚発生過程のうち、どの胚段階の遺伝子の使われ方が祖先的であるかを示した図。その他の棘皮動物(Lv:アメリカミドリウニ、Sp:アメリカムラサキウニ、Apj:マナマコ、Anj:ニッポンウミシダ)と遺伝子の使われ方の類似性(進化的な保存度)を比較解析した結果。他の動物での知見と同じく、棘皮動物でも発生過程の中間付近で保存度が高いことが示され、発生進化の一般的な法則性に従うことが判明しました。一方で、五放射構造が形成される時期(グレー)の発現遺伝子の保存度は低く、棘皮動物はその他の動物群とはやや違った特殊な進化を遂げたことが示唆されました。

では、五放射の形態形成にはどのような遺伝子が関与しているのでしょうか?化石記録などから、五放射相称は左右相称の体軸を一部改変したことで獲得したとする説が有力でしたが、本研究で遺伝子の使われ方から解析した結果においてもその説と矛盾しない結論が得られました。具体的には、祖先型棘皮動物であるウミシダの胚発生過程において、左右相称動物で左右性を決める遺伝子の一つであるpitxの使われ方を調べたところ、五放射構造がまさに構築されている組織でその遺伝子が発現していることがわかったのです。

本研究では、棘皮動物の内骨格の進化に関する謎にも取り組みました。棘皮動物は無脊椎動物でありながら石灰化した内骨格を持ちますが、大きく多様化しています。ウニの内骨格の形成にはMSP130という分子が重要な役割を果たしますが、MSP130はヒトデやクモヒトデの内骨格形成には関与せず、内骨格形成にかかわる分子機構はそれぞれのグループで独立に成立した可能性も指摘されていました。祖先的な棘皮動物のウミシダの内骨格を構成するタンパク質を包括的に調べたところ、ウミシダの内骨格形成にもMSP130が見つかり、さらにはウニの内骨格と同様に複数種のC型レクチンも存在することがわかりました。これらの結果は、棘皮動物の内骨格形成にかかわる分子機構の大枠は棘皮動物の共通祖先ですでに確立していたが、遺伝子重複や発現の変化により種ごとに異なる骨格形態が生み出された可能性を示唆します。

本研究により、例外的に左右相称から五放射体制に進化した棘皮動物の特異な体がどのような遺伝的基盤により成立したのか、その一端が明らかとなりました。これらの成果は、動物が基本的な解剖学的特徴であるボディプランが進化を通してほとんど変化してこなかったのはなぜなのかを解明することに寄与するのみならず、棘皮動物に見られる高度な再生能力などといった、他の興味深い特徴についての研究の進展にも大きく寄与することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Communications Biology論文タイトル
Genomic insights of body plan transitions from bilateral to pentameric symmetry in Echinoderms著者
Yongxin Li, Akihito Omori, Rachel Flores, Sheri Satterfield, Christine Nguyen, Tatsuya Ota, Toko Tsurugaya, Tetsuro Ikuta, Kazuho Ikeo, Mani Kikuchi, Jason Leong, Adrian Reich, Meng Hao, Wenting Wan, Yang Dong, Yandong Ren, Si Zhang, Tao Zeng, Masahiro Uesaka, Yui Uchida, Xueyan Li, Tomoko Shibata, Takahiro Bino, Kota Ogawa, Shuji Shigenobu, Mariko Kondo, Fayou Wang, Luonan Chen, Gary Wessel, Hidetoshi Saiga, Robert Cameron, Brian Livingston, Cynthia Bradham, Wen Wang*, Naoki Irie*DOI番号
10.1038/s42003-020-1091-1論文URL
Genomic insights of body plan transitions from bilateral to pentameral symmetry in Echinoderms - Communications Biology
Li et al. investigate the evolution and genetic basis of the adult pentameral body plan in echinoderms using genomic, tr...
用語解説
注1 棘皮動物

30程ある動物グループ(動物門)の1つで、左右相称動物に分類される。ウニ、ヒトデ、ナマコ、ウミユリなどが含まれ、いずれも海に棲息する。幼生期は左右相称の体をもち、成体で五放射を基本とした体になる。呼吸・循環器・運動に関係する水管系という特有の構造をもつ(図1参照)。

注2 ゲノムDNA

生物の細胞が持っている全てのDNA配列情報のことを指し、真核生物の場合は核内にある染色体DNAを指すことが多い。

注3 Hox遺伝子

動物の胚発生の初期において組織の前後軸に沿った構造の特殊化に関わる遺伝子である。この遺伝子は、胚段階で分節的な構造(たとえば脊椎動物では背骨や肋骨、節足動物の脚など)の適切な数量と配置、形態などについて決定的な役割を持つ。

注4 超並列シーケンサー

DNAなどの塩基配列解析を超並列化することで、高速かつ大規模に行う装置。 次世代シーケンサーの一つであり、全ゲノム配列の解読や、包括的な遺伝子の発現量解析に用いられる。

注5 発生砂時計モデル

動物が個体発生を行う際、その発生中期に進化的な変更が生じにくい時期が存在することを示すモデル。胚発生と進化の一般的関係性を示したものである。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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細胞遺伝子工学生物化学工学
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