顎についたミクロの傷から昆虫の食性に迫る~新たな食性推定法で絶滅した節足動物の生態解明を目指す~

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2024-04-15 東京大学

発表のポイント

◆昆虫の飼育実験を通じ、摩耗物質の多い餌を食べるほど顎(あご)の表面に深い傷が多数形成されることを、世界で初めて定量的に明らかにし、本手法が節足動物の食性推定方法にも有効であることを示しました。

◆餌の特性とマイクロウェアの関係は、昆虫と哺乳類という全く異なる動物種で共通しており、餌の接触による摂食器官の摩耗という観点において分類群を超えた普遍性が示唆されました。

◆絶滅種や生態が未知の節足動物について、マイクロウェア分析により食性を明らかにすることで、古生物学や保全生物学にも資することが期待されます。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科のダニエラ・ウィンクラ客員共同研究員、久保麦野准教授、永田晋治教授らによる研究グループは、昆虫の顎についた微細な傷が餌の特性に関連することを明らかにしました。本研究では、共焦点レーザー顕微鏡(注1)を用いたマイクロウェア三次元形状分析を用いることで、非脊椎動物において食物との接触により摂食器官の表面に特徴的な傷ができることを世界で初めて明らかにしました。本分析はこれまで哺乳類などの脊椎動物で、歯の表面に残される傷の解析に用いられてきました。本研究は歯を持たない節足動物に本分析を拡張させたものであり、この研究成果は絶滅種を含め食性が明らかになってない節足動物の食性推定に役立つことが期待されます。

発表内容

絶滅した動物が何を食べていたのかを明らかにするために、化石に残された証拠が用いられます。脊椎動物では、歯の形や頭骨や体の骨の作りから、肉食や草食といった食性が推定されてきました。その中で近年、歯の表面に残されるミクロレベルの傷(マイクロウェア)が食性の重要な指標として注目されています。

マイクロウェアは食べ物と歯が直接に触れあって形成されるため、マイクロウェアの特徴には生前の餌の特性が反映されます。工学分野との融合により、共焦点顕微鏡を用いてマイクロウェアを三次元的に計量する「三次元マイクロウェア形状分析」が発展しており、絶滅した哺乳類や恐竜の食性を明らかにするために適用されています。一方で、歯を持たない動物、例えば昆虫のような節足動物の場合には、絶滅種の食性を推定する上で、現生の近縁種の食性や体の作りが参照されてきました。しかし、現在とは全く異なる過去の地球環境で、絶滅種の食性が現生種と同じとは限りません。化石からより定量的に食性を判断する手法が節足動物についても求められています。

久保准教授の研究グループは、節足動物の摂食器官の表面に残される傷の評価にもマイクロウェア形状分析が有効であると着想し、フタホシコオロギを用いて餌をコントロールした給餌実験を行いました。実験にはモルモットの給餌実験に利用された植物性のペレット餌を利用しました。このペレットには、粒径の異なる摩耗物質(石英粒子など)が含有量を変えて配合されています。このペレット各種をフタホシコオロギに与え、一定期間飼育したのちに、顎の表面に形成された傷を顕微鏡で調べました。その結果、時間と共に顎の表面に傷が増えていき、また配合された摩耗物質の粒径が大きいほど顕著に深い傷が形成されました(図1)。

さらに興味深いことに、モルモットの飼育実験により得られた、ペレットの種類に応じた歯のマイクロウェアの特徴は、コオロギを用いた本実験の結果と共通していました(図2)。

顎についたミクロの傷から昆虫の食性に迫る~新たな食性推定法で絶滅した節足動物の生態解明を目指す~図1:異なる餌を与え、一定期間飼育したコオロギの顎についたマイクロウェア
6種類の餌を与え、飼育日数(1日目~28日目)による違いを調べた。左上はコオロギの左顎の先端部写真で赤枠領域を観察した。粒径の大きい餌(ピンクと赤)で特に深いマイクロウェアが形成された。

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図2:モルモットの給餌実験と本実験の比較
Aは傷の深さを示す示標、Bは傷の密度に関する示標。モルモットもコオロギも摩耗物質の大きいピンクと赤の餌で、両指標が高い値を示していた。餌の色分けは図1と同じ。


歯のエナメル質はハイドロキシアパタイトという鉱物の結晶、コオロギの顎はキチン質を主成分として形成されており、由来も構造も硬度も異なる生体物質です。それにもかかわらず、両者で共通したパターンが見いだされたということは、餌の接触による摂餌器の摩耗という観点において、分類群を超えた普遍性があることを示唆しています。

今後絶滅した昆虫や節足動物に本解析を適用することで、食性や当時の生態系を明らかにできる可能性があります。観測の難しい深海に生息する種や、希少種など生態が解明されていない節足動物は多岐にわたります。これらについても食性を明らかにできれば、その多様性の解明や保全に資する知見を得られることが期待されます。

〇関連情報:

「歯の表面に残されたミクロの傷から餌の性質が明らかに ― ワニの給餌実験で探る傷と餌の関係 ―」(2022/10/28)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9830.html

「歯の微細な傷から肉食恐竜の食性を解明 ― 三次元マイクロウェア分析で恐竜の生態に迫る ―」(2022/12/09)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9921.html

「白亜紀の草食恐竜はどんな植物を食べていたのか? ― 歯の微細な傷が解き明かす食性の時代変化 ―」(2023/12/01)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10643.html

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
ダニエラ ウィンクラ 客員共同研究員
兼:キール大学 動物学研究所 博士研究員
清家 瞳  特任研究員
永田 晋治 教授
久保 麦野 准教授

論文情報

雑誌名:Interface Focus
題 名:Mandible microwear texture analysis of crickets raised on diets of different abrasiveness reveals universality of diet-induced wear
著者名:Daniela E. Winkler*, Hitomi Seike, Shinji Nagata and Mugino O. Kubo
DOI: doi.org/10.1098/rsfs.2023.0065
URL: https://doi.org/10.1098/rsfs.2023.0065

研究助成

本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:20F20325)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)共焦点レーザー顕微鏡
工業分野で表面粗さを測定するために利用される顕微鏡。表面粗さとは、材料表面の微細な凹凸(ツルツル、ザラザラといった表面の特性)のことで、これを数値に表すことで工業製品の品質管理に役立てられてきた。表面粗さを測定できる機械には、探針で表面の凸凹を評価する接触式と、非接触式の粗さ測定器がある。後者の非接触式の測定器はレーザー光や可視光を用いて、光源から物体表面までの距離を測量しており、高い分解能とサンプルへのダメージがないことから、近年普及しつつある。歯の表面に形成されるマイクロウェアが、工業製品の表面粗さと同じ原理で定量的に評価できることが2000年代初頭に古人類学・古生物学で示され、「三次元マイクロウェア形状分析」が発展した。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

生物工学一般
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