2024-07-12 東京大学
発表のポイント
- アルツハイマー型認知症の非記憶系症状(注意の障害など)は、左頭頂葉の変性が引き金となって起こされる大脳ネットワークの活動異常と関連していることを明らかにしました。
- 左頭頂葉の神経細胞の変性は、同脳部位の神経活動を不安定にし、さまざまな情報を統合処理する能力を低下させていました。
- そのような左頭頂葉の活動の変化は、脳全体に広がるデフォルトモードネットワークという神経ネットワークの活動も不安定にし、結果として注意の障害など非記憶系の症状を引き起こしていました。
左頭頂葉における脳活動の時間的安定性がアルツハイマー型認知症では失われ、その部位とその部位を含む大脳ネットワークが担っていた情報処理能力の低下により、注意の障害など非記憶系の症状につながっている。
概要
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の渡部喬光准教授と村井翔太特任研究員は、国立精神・神経医療研究センターの間野達雄室長、米国ブラウン大学ジェローム・セインズ教授との共同研究により、左半球の頭頂葉の神経変性が同部位の神経活動の時間的持続性を変化させ、統合情報処理を困難にした結果、デフォルトモードネットワーク(注1)とよばれる大脳全体に広がるシステムの活動も不安定化させ、アルツハイマー型認知症の非記憶系の症状(注意の障害など)を引き起こしている可能性がある、ということを明らかにしました。この成果は、各脳領域の情報処理特性を示す指標である神経タイムスケール(注2)に着目して、アルツハイマー型認知症患者と正常群の安静時の脳活動計測データを解析・比較することで得ることができました。
発表内容
アルツハイマー型認知症では脳の一部が萎縮することが生じると知られています。また、注意力の低下など、記憶障害以外の症状を呈することが多いという実態もあります。しかし、解剖学的な神経の変性がどのように非記憶系の症状を引き起こしているのかは明らかではありませんでした。本研究チームは、神経活動のタイムスケールという指標を調べることで、このメカニズムの解明に取り組みました。
まず本研究グループは、アルツハイマー型認知症の大規模データベース(OASIS)で公開されている安静時fMRIデータ(注3)を利用して、アルツハイマー型認知症当事者と年齢や性別を合わせた正常群とでは神経活動のタイムスケールがどのように異なるか算出しました。その結果、左の頭頂葉にある角回という領域の神経活動タイムスケールが、アルツハイマー型認知症当事者の脳では短くなっているということが明らかになりました(図1A & B)。加えて、この左角回が含まれているデフォルトモードネットワークという大脳ネットワーク(図1C)の神経活動についても、アルツハイマー型認知症当事者では正常群よりタイムスケールが短縮していました(図1D)。
図1. アルツハイマー型認知症における神経活動のタイムスケールの変化
A & B. アルツハイマー型認知症では、左角回の神経活動タイムスケールが正常群よりも短くなっていた。C. デフォルトモードネットワークを構成する脳領域の脳全体での分布。D. デフォルトモードネットワークの神経活動タイムスケールはアルツハイマー型認知症で短くなっていた。
さらに、これらの結果を神経密度(灰白質の容量)や症状の重症度と比較し、媒介分析を用いて解析することで、「左角回の神経密度(灰白質容量)の低下が同領域の神経活動タイムスケールを短縮させ、その左角回の不安定な神経活動がデフォルトモードネットワークの神経活動タイムスケールを短くさせ、デフォルトモードネットワークの不安定な神経活動が注意の障害など非記憶系の症状につながっている」というメカニズムを明らかにしました(図2A)。このような関係は、デフォルトモード以外のネットワークや、同じデフォルトモード内であっても左角回以外の脳領域では認められませんでした。加えて、記憶の障害はこのメカニズムでは説明されませんでした(図2B & C)。
図2. 神経活動タイムスケールとアルツハイマー病の注意の障害の関係
A. アルツハイマー型認知症では、左頭頂葉にある角回という領域における神経密度の低下が同じ領域の神経活動タイムスケールを低下させ、それがデフォルトモードネットワークという大脳全体にわたるネットワークの活動を不安定化させる。その結果、注意の障害などが引き起こされることが示唆された。B.このメカニズムは、注意の障害が起こる機序をよく説明している。実際、デフォルトモードネットワークの神経活動タイムスケールが短くなっている当事者ほど、注意の能力が低下していた。C.しかし、記憶の障害には結びつかなかった。すなわち、デフォルトモードネットワークの神経活動タイムスケールの短縮は記憶の能力と相関していなかった。
これらの結果は、これまであまり明らかになってなかったアルツハイマー型認知症の非記憶系の症状が左頭頂葉の変性と活動異常によって引き起こされている可能性を示唆しています。今後は、より大きな参加者数を対象に、当事者を追跡するような大規模縦断研究によって検証した上で、アルツハイマー型認知症の早期発見の新たな指標開発の基盤として利用されることが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
渡部 喬光 准教授
村井 翔太 特任研究員
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 疾病研究第四部
間野 達雄 室長
ブラウン大学
ジェローム・セインズ 教授
論文情報
雑誌名:Brain Communications
題 名:Atypical intrinsic neural timescale in the left angular gyrus in Alzheimer’s disease
著者名:Shota A. Murai*, Tatsuo Mano, Jerome N. Sanes and Takamitsu Watanabe* (*責任著者)
DOI:10.1093/braincomms/fcae199
URL: https://academic.oup.com/braincomms/article-lookup/doi/10.1093/braincomms/fcae199
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:19H03535)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:21H05679)」、「研究活動スタート支援(課題番号:22K20879)」、「基盤研究(C)(課題番号:22K07512)」、「学術変革領域研究(A)(課題番号:23H04217)」、合原ムーンショットプロジェクト(課題番号:JPMJMS2021)、AMED (22dk0207061s0101)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)デフォルトモードネットワーク
内側前頭皮質、後部帯状回、頭頂皮質などで脳全体に散らばる領域からなる大脳ネットワーク。特別な認知的課題を行なっていない安静時に特に活動していることが多い。ただし近年の研究で、若年者と異なり高齢者では、デフォルトモードネットワークの活動がその知能とより関係していることが報告されている。
(注2)(脳活動の)神経タイムスケール
特定の脳領域内でどの程度の時間、情報が保持されるかを示すとされる指標。正常群では、前頭前野や頭頂葉といった情報統合に関わるとされる脳領域の方が、感覚や運動制御に関わる領域よりも長いタイムスケールを示すことが知られている。安静な状態で計測された神経活動データの自己相関を定量化することで推定する。
(注3)機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
核磁気共鳴画像法(MRI)によって脳活動を非侵襲的に計測する手法。
問合せ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
准教授 渡部 喬光(わたなべ たかみつ)
東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)
広報