バクテリアが密集したらガラスになった~細胞集団がとる新しい物質の状態を発見~

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2024-07-11 東京大学

竹内 一将(物理学専攻 准教授)
Hisay Lama(物理学専攻 特任研究員)*研究当時

発表のポイント

  • 栄養条件下のバクテリアが増殖して高密度化し、アモルファスとなって動けなくなる様子を捉えました。
  • 均一な培養環境を実現する独自デバイスの利用によって、バクテリアのガラス化過程の特徴を解明しました。それにより、バクテリアとコロイドのガラス化に多くの共通点があることが明らかになった一方で、バクテリアガラスならではの固有の性質も見出しました。
  • バクテリアは多くの場合、バイオフィルムなどの高密度集合体として生息しており、その形成過程の理解と制御は医療や産業における重要課題の一つです。本成果は、バクテリアの高密度化に伴う集団の運動状態や力学特性の変化がガラスの物理学の拡張で理解できうることを示すものであり、こうした社会的課題の解決に向けた一助となる可能性があります。

バクテリアが密集したらガラスになった~細胞集団がとる新しい物質の状態を発見~
図1: 大腸菌集団のガラス化の模式図。低密度では活発に動き回っていた大腸菌(左上)が、増殖により密度が高まるとアモルファス化し動けなくなる(右下)。(イラスト:奈良島知行)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の竹内一将准教授、Hisay Lama特任研究員(研究当時、現:インペリアルカレッジロンドン 博士研究員)らによる研究グループは、均一な培養環境における運動性大腸菌の増殖に伴う運動状態変化の定量的観察に成功し、大腸菌が高密度化によってアモルファス状態(注1)に変化することで集団的に運動が阻害されることを明らかにしました。

本研究では、高密度バクテリア集団の均一培養を可能とする独自開発デバイスを用いることで、活発に泳ぎ回っていた大腸菌集団が、増殖し高密度化することで混雑状態に陥って動けなくなってしまう過程(図1、動画1)を均一環境下で計測することに世界で初めて成功しました。この過程は、高密度のコロイドがコロイドガラスとなる過程と多くの共通点をもつことが明らかとなり、バクテリア集団がガラス化したと言えます。本成果は、バクテリアの個体数変化が集団の運動特性や力学特性を大きく変えることを示すものであり、バイオフィルムをはじめ、高密度バクテリアが関わる社会的課題の解決に向けた一助となる可能性があります。

発表内容

バクテリアは多くの場合、高密度に集合してバイオフィルム(注2)という膜状の塊をなして生息しています。バイオフィルムは、医療では細菌感染の主な要因になるなど、さまざまな社会的課題に関わる重要な研究対象となっており、高密度バクテリア集団の特性を基礎科学の観点から明らかにすることには多面的な意義があります。しかし、高密度化したバクテリアを均一環境で培養し観察することには技術的な困難があったため、基礎的な特性にも未解明な点が多々残されています。

本研究グループは、先立つ研究において、高密度バクテリア集団の均一培養を可能とする微小流体デバイス(注3)が「広域マイクロ灌流(かんりゅう)系」を開発していました(図2)。


図2:本研究で使用した微小流体デバイス「広域マイクロ灌流系」の概略図

本研究では、このデバイスを使って運動性大腸菌を培養し、増殖によって高密度化する過程を観察したところ、活発に泳ぎ回っていた大腸菌集団が、高密度化によって混雑状態に陥り動けなくなってしまう過程(図1、動画1)が見られました。その統計的特徴を解析したところ、本過程は、液体を冷却してガラスになる過程や、コロイドを高密度化してコロイドガラスになる過程と多くの共通点をもつことが明らかとなり、いわばバクテリアがガラス化することが判明しました。完全なガラス状態に至る前に、細胞の向きだけがガラス化する「配向ガラス状態」が現れる、二段階の転移現象(動画2)が見られることも明らかになり、棒状粒子に対するガラスの物理学の深化にも貢献しています。

一方で、バクテリアの集団運動に起因して、一部の性質に通常のガラスとは異なる特性があることも判明し、細胞集団のガラス状態という新しい非平衡状態(注4)の存在も示唆されました。

以上の成果は、バクテリア集団が通常の物質と同じように液体的な状態からガラス的な状態へと転移すること、その結果生じるガラス状態は従来のガラスの概念に収まらない新規な状態であることを示す成果であり、細胞集団を扱う物理学体系の発展に大きく貢献するものです。

動画1:運動性大腸菌がガラス化する様子。20倍速再生。スケールバーは 10 μm。成果論文より転載

動画2:本研究で発見した運動性大腸菌集団のガラス転移

本研究は、バクテリアの高密度化に伴う集団の運動状態や力学特性の変化が、ガラスの物理学の拡張で理解できうることを示すものであり、細胞集団がある種の物質とみなせることを裏付ける重要な基礎的成果です。こうした基礎研究が発展することで、バイオフィルムや高密度バクテリア集団が関わる社会的課題の解決に向けた一助となる可能性があります。

論文情報
雑誌名 PNAS Nexus論文タイトル Emergence of bacterial glass

著者
Hisay Lama, Masahiro J. Yamamoto, Yujiro Furuta, Takuro Shimaya, and Kazumasa A. Takeuchi*

DOI番号
10.1093/pnasnexus/pgae238

研究助成

本研究は、科研費「高密度細菌集団の秩序創発・状態制御を司る熱統計力学原理の探求(課題番号:JP19H05800)」、「非平衡系のガラス・ジャミング転移(課題番号:JP20H00128)」等の支援により実施されました。

用語解説

注1  アモルファス状態
結晶構造をもたず、粒子が不規則に配置した物質の状態のこと。非晶質ともいう。一般に、ガラスはアモルファス状態をとり、流動性を失って、事実上固体とみなすことができる。

注2  バイオフィルム

バクテリアなどの微生物が密集し、分泌物で覆われてできる、膜状の塊のこと。

注3  微小流体デバイス
微細加工技術によって、マイクロメートルスケールで設計された構造をもつ流体デバイスのこと。微小液滴生成などのさまざまな微小流体技術や細胞生物実験をはじめとする広範な分野で活用されている。

注4  非平衡状態
エネルギーや物質の取り込みや消費があり、熱力学的な平衡状態にない物質の状態のこと。

生物工学一般
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