2024-07-22 早稲田大学
ポイント
- アルツハイマー病を含むタウオパチーと総称される神経変性疾患の患者脳では、タウと呼ばれるタンパク質が異常に集まり、大きな塊(アルツハイマー病では神経原線維変化※1)となって観察されます。その前段階には小さな塊(オリゴマー)がありますが、どのようにそれらが形成するかは十分に解明されていません。
- 光感受性タンパク質CRY2oligを用いてタウタンパク質の小さな塊から大きな塊までの凝集過程を制御する実験系を構築しました。
- この研究は、タウタンパク質の凝集メカニズムの一端を明らかにしており、タウオパチー病態理解のための基礎的知見が得られました。。
概要
早稲田大学理工学術院の坂内博子教授、学習院大学理学部生命科学科の添田義行助教、大学院生の小池力さん、高島明彦教授、椎葉一心助教、東京大学大学院理学系研究科の吉村英哲助教らからなる研究グループは、アルツハイマー病を含むタウオパチーと総称される神経変性疾患の患者脳に観察される特定の変異を持つタウタンパク質が、どのようにして異常な凝集体を形成するのか、その過程を明らかにしました。特に、光反応タンパク質CRY2oligを使用することで、タウタンパク質の動きを制御し、病気の進行メカニズムを解明する手がかりを得ることができました。
本研究成果は、タウタンパク質の凝集メカニズムの理解を促進し、アルツハイマー病等のタウオパチー病態理解のための基礎的知見の蓄積に貢献します。本研究成果は、2024年7月20日午前1時(日本時間)にCell Press(米国)の科学雑誌Structureに掲載されました。
研究の背景
タウタンパク質は、細胞の中に存在し、微小管という細胞の構造を安定させる細胞骨格に結合することが知られています。しかし、アルツハイマー病などの神経変性疾患では、タウタンパク質が異常リン酸化される等により、微小管から離れること、また水溶性の状態から不溶性の塊を作ってしまうことが知られています。この異常なタウタンパク質の密な塊(凝集体)が、病気の進行に関与していると考えられています。したがって、タウタンパク質が液体のような状態から固体の塊に変わる過程が病気の理解に重要でありますが、その研究は十分に行われておりません。この過程を理解するために、青色の光で反応するシロイヌナズナという植物由来のタンパク質の変異体CRY2olig使って、タウタンパク質の凝集を制御し、その過程を詳細に観察しました。
研究の内容
光照射によるタウタンパク質の変化
凝集しやすいP301L変異を持つタウタンパク質に光感受性タンパク質CRY2oligを融合させたタウタンパク質OptoTauを使用し、光照射に応答して変化するタウタンパク質の挙動をリアルタイムで操作しました。青色光の照射で、OptoTauは病気で観察されるようなリン酸化状態に変わり、また、細胞内でタウ同士が集まるクラスター形成が促進されました。このクラスターは細胞核の周りに集中しており、アグリソームという凝集タンパク質を処理するためのシステムに隔離されていることが観察されました。
アグリソームの破壊実験
微小管の形成を阻害する薬(ノコダゾール)を使用し、アグリソームを破壊しました。実験では、青色光の照射によってOptoTauが細胞全体に散在し、アグリソームではなく膜のない構造体が形成されました。これは、生命科学分野で注目されているトピックの1つである液-液相分離※2で形成されるドロップレットでありました。このような結果は、タウタンパク質は液滴のような構造から固体の塊に変わる過程が観察されたことを示しています。
N末端欠失OptoTauの効果
このOptoTauを真ん中付近で切断したN末端※3が欠失しているOptoTau-ΔNは、青色光の照射によってOptoTauより強力な凝集体を形成することが分かりました。また、これが正常なタウをタウ線維※4に変換させる種(シード)として機能することが示されました。この結果から、N末端の欠失がタウタンパク質の相互作用を強化し、液滴から安定した凝集体への変化を促進することがわかりました。さらにそのタウは、正常なタウを異常凝集タウに変換させる能力を持つこともわかりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、特定の変異を持つタウタンパク質がどのようにして異常な凝集体を形成するのか、その過程を明らかにしました。特に、光反応タンパク質CRY2oligを使用することで、タウタンパク質の動きを制御し、病気の進行メカニズムを解明する手がかりを得ることができました。これにより、アルツハイマー病などの治療法開発の基礎的知見の蓄積に貢献できる可能性があります。
発表者
添田 義行 学習院大学理学部生命科学科 助教
吉村 英哲 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助教
坂内 博子 早稲田大学先進理工学部電気・情報生命工学科 教授
小池 力 学習院大学⼤学院⾃然科学研究科 博士課程3年生
椎葉 一心 学習院大学理学部生命科学科 助教
高島 明彦 学習院大学理学部生命科学科 教授
論文情報
論文名:Intracellular Tau Fragment Droplets Serve as Seeds for Tau Fibrils
雑誌:Structure
著者名:Yoshiyuki Soeda, Hideaki Yoshimura, Hiroko Bannai, Riki Koike, Isshin Shiiba, Akihiko Takashima
DOI:https://doi.org/10.1016/j.str.2024.06.018
研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「シンギュラリティ生物学」(領域番号8007) (課題番号18H05414および18H05410)、科学研究費助成事業(Grant Number 20K06896、23K05993、23H02102 、23K18116、22K15399、22H05574および24H01327)、武田科学振興財団、安倍能成記念教育基金学術研究助成金および日本医療研究開発機構(AMED)の課題番号JP15km0908001の支援により実施されました。また、本発表は学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。
用語解説
※1 神経原線維変化
神経原線維変化は、脳の神経細胞内でタウと呼ばれる微小管結合タンパク質が異常に凝集し、蓄積したものです。これは神経変性疾患の1つであるアルツハイマー病の病理学的特徴になっています。タウが異常蓄積する神経変性疾患はアルツハイマー病以外にもピック病や慢性外傷性脳症などがあり、それらの疾患はタウオパチーと総称されています。
※2 液-液相分離
液-液相分離(えき-えきそうぶんり)とは、2つ以上の液体が混ざり合わずに別々の層を形成する現象のことです。タンパク質でも起こり、形状は球状でタンパク質局所濃度を増加させると考えられています。液-液相分離して起こる球状の構造体はドロップレット、コンデンセート、コアソルベート等と呼ばれています。
※3 N末端
タンパク質の先頭は、アミノ基のもつN(窒素原子)に由来してN末端と呼ばれます。タウにおいては、図のN-terminalという部分が該当します。
※4 タウ線維
アルツハイマー病等の神経変性疾患において、タウタンパク質は多数集まることで凝集状態になっています。凝集状態は小さな塊から大きい塊に変化することで生じます。大きな塊には、タウが線維化したものが多数含まれます。