わずか10-20秒の軽運動で子どもの脳血流が増加~ 小中学生を対象とした実験で判明~

ad

2024-07-24 早稲田大学

わずか10-20秒の軽運動で子どもの脳血流が増加~ 小中学生を対象とした実験で判明~

fNIRSを頭に装着して軽運動を行う様子(イメージ)

発表のポイント

  • 41名の子どもを対象に、短時間で低強度運動中の前頭部の脳血流を測定した。
  • 単調な動きのストレッチでは脳血流はほとんど変化しなかったが、体を捻るストレッチなど、一定の身体的・認知的負荷を伴う軽運動ではそれが顕著に増加することが明らかになった。
  • この結果が、今後、学校や塾など教育現場において、誰もが取り組みやすい脳を活性化する軽運動プログラムの開発に役立てられることが期待される。

早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程の内藤 隆(ないとう たかし)、早稲田大学スポーツ科学学術院の石井 香織(いしい かおり)教授、同・岡 浩一朗(おか こういちろう)教授らの研究グループは、41名の子ども(小学5年生~中学3年生、平均12.1歳)を対象に、7種類の軽運動中の前頭部の脳血流変化を専用機器「fNIRS」※1で測定しました。その結果、単調なストレッチ(両手を組んで上に伸ばすなど)では脳血流の増加があまり見られませんでしたが、一定の身体的負荷や認知的負荷がある種目(椅子に座って体を捻る、手指の体操、片足立ちなど)では脳血流が顕著に増加することを発見しました。この結果は、子どもの認知機能向上をもたらす、誰もが取り組みやすい短時間・低強度の運動プログラムの開発に役立てられる可能性があります。

本研究成果は、2024 年7月6日にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』に発表されました。

論文名:Hemodynamics of short-duration light-intensity physical exercise in the prefrontal cortex of children: a functional near-infrared spectroscopy study

(1)これまでの研究で分かっていたこと 

運動が高次認知機能である実行機能※2に良い影響を与えることは、これまで多くの研究で示されています。運動が認知機能を改善する要因として、脳血流の向上、脳の構造変化、神経効率の向上などが考えられています。この内、脳血流については、中~高強度の有酸素運動の最中や直後に増加することが先行研究で示されています。しかし、低強度の運動時の脳血流変化を調べた研究はこれまでほとんどなく、とりわけ子どもを対象とした研究は存在しませんでした。そして、従来の研究では単一の種目(自転車こぎのみ、ランニングのみなど)で行われており、運動の内容(種目)の違いが脳血流に及ぼす影響を検証した研究はありませんでした。

これまで中~高強度の身体活動(通常歩行、ランニング、スポーツ活動など)の健康への有益性が数多くの研究で報告され、WHOや各国のガイドラインにおいて子どもは1日あたり60分以上の中~高強度の身体活動の実施が推奨されています。しかし、世界の80%以上の子どもはこの推奨値に達していません。近年では、低強度の身体活動(立って会話する、ストレッチ、ゆっくり歩くなど)の増加が子どもの肥満指標の改善や心血管系の健康に有益であることが報告されており、より取り組みやすい低強度の身体活動・運動がもたらす恩恵への注目が高まっています。

(2)今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

脳血流を増加させる運動タイプを明らかにすることは、認知機能を高める運動プログラムを開発する上できわめて重要です。しかし、低強度の運動時の脳血流変化を調べた研究はほとんどなく、特に子どもにおいて検討した研究はありませんでした。本研究では、学校や自宅などの教育現場での実践のしやすさという観点を重視し、特別な道具を必要とせず、その場で簡単にできる低強度の運動に着目し、これらの運動が前頭前野※3の脳血流に及ぼす影響を調査しました。

実験には7種目の運動を用いました(図1)。頭部の傾きや動きがfNIRSの測定値に影響を及ぼすため、本実験で行う種目の選定においては、頭をできる限り動かさない種目としました。そのため、体を前屈したり、後ろに反らしたり、横に倒すような運動種目は含まれていません。実験の手順は図2のとおり、7種目の低強度運動を1動作10秒と20秒の2つのパターンで実施しました。各パターンとも1種目につき10秒の休憩を挟み2回の運動を行い、次の種目に移る際は30秒の休憩を挟みました。そして、対象者の前頭部に装着したfNIRSで各種目における安静時(運動を開始する0~5秒前)と運動時の酸素化ヘモグロビン(脳血流量を示す指標)を測定しました。

データ分析では、前頭前野を3つの領域(左、真ん中、右)に分け、実験で得られたデータから各領域の脳血流の変化を算出しました(図3)。その結果、単調なストレッチ(種目A、B)では安静時と運動中に大きな変化は示されませんでした。しかし、単調なストレッチに比べて身体的負荷や認知的負荷が増す動的ストレッチ(種目C)、ひねり動作を加えたストレッチ(種目D)、手指の体操(種目E、F)、片足立ちバランス(種目G)では、安静時に比べ運動時に多くの領域で脳血流の有意な増加が示されました。なお、1動作10秒と20秒の各パターンの前頭前野の脳血流の増加割合を比較したところ、有意な差は示されませんでした。

これらの結果は、短時間かつ低強度の運動であっても、一定の身体的・認知的負荷を伴うタイプの運動であれば前頭前野が活性化し、脳血流が増加することを示唆しています。

図1 本実験で用いた低強度運動種目とやり方

図2 実験の手順
※実施順による測定値への影響を取り除くため、種目(A-G)やパターン(1-2)の実施順は、すべての対象者でランダム化して行いました。

図3 運動タイプごとの脳血流が増加した前頭前野(PFC)領域の割合
※赤色が濃くなるほど、各領域において脳血流が有意に増加した割合が高いことを示します。

(3)研究の波及効果や社会的影響

低強度・短時間の運動であっても、種目によっては前頭前野の脳血流が高まることが示されました。本研究で明らかとなった前頭前野の血流を高めやすいタイプの運動を組み合わせることで、子どもの実行機能を高める誰もが取り組みやすい運動プログラムが開発される可能性があります。また、身体活動量が低い成人や高齢者の認知機能低下を防ぐための対策にも、将来的に活用される可能性があります。

ただし、短時間かつ低強度の運動であっても前頭前野の脳血流が高まるということが本研究で示されましたが、それが実行機能の向上に実際に結びつくかについては、今後検証する必要があります。

(4)課題、今後の展望

本研究において、一定の身体的または認知的負荷があるタイプの運動であれば、低強度かつ短時間であっても前頭前野の脳血流が高まることが示されました。今後は、脳血流を高めやすい動きを組み合わせた3分程度の運動プログラムを作成し、その運動プログラムの実施が実行機能の向上に結び付くかどうかの検証を行います。

(5)研究者のコメント

子どもの間でも座りがちな生活が広まる中、体を少しでも多く動かすことが発育発達と健康保持にとって重要です。今回の研究で得られた知見を活かし、誰もが取り組みやすい脳を活性化する軽運動プログラムを開発し、学校や塾など教育現場での実践が広まることを目指します。

(6)用語解説

※1 fNIRS(エフニルス)
Functional near infrared spectroscopy(機能的近赤外分光法)の略。生体に高い透過性を持つ近赤外線を頭蓋内に照射し、血中のヘモグロビン濃度変化を測定することで、脳血流変化を捉えるイメージング技術です。

※2 実行機能
ある目標を達成するために適切な行動を選択する能力で、脳の前頭前野がその働きを担います。自己コントロールや対人関係、学力、心身の健康に影響を及ぼすため、子ども期に実行機能を育むことが重要です。運動によって向上することが様々な研究で示されています。

※3 前頭前野
大脳新皮質の前方にある領域で、人間の高度な思考や判断、計画、自己制御などの機能を司る部位です。脳の司令塔とも呼ばれ、実行機能の中枢も担っています。神経原線維変化は、脳の神経細胞内でタウと呼ばれる微小管結合タンパク質が異常に凝集し、蓄積したものです。これは神経変性疾患の1つであるアルツハイマー病の病理学的特徴になっています。タウが異常蓄積する神経変性疾患はアルツハイマー病以外にもピック病や慢性外傷性脳症などがあり、それらの疾患はタウオパチーと総称されています。

(7)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Hemodynamics of short-duration light-intensity physical exercise in the prefrontal cortex of children: a functional near-infrared spectroscopy study
執筆者名(所属機関名):Takashi Naito* (Graduate School of Sport Sciences, Waseda University), Koichiro Oka (Faculty of Sport Sciences, Waseda University), and Kaori Ishii (Faculty of Sport Sciences, Waseda University)
掲載日(現地時間):2024年7月6日(土)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-66598-6
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-66598-6

(8)研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(21K11507)の支援を受けて行われました。

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました