白血病の新しい腫瘍免疫抑制因子を発見~生体内CRISPR/Cas9スクリーニングによる白血病治療標的の同定~

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2024-08-03 東京大学

発表のポイント

◆CRISPR/Cas9ライブラリースクリーニングを行い、ヒストンメチル化酵素SETDB1およびその共因子(ATF7IPおよびTRIM33)が生体内で単球性白血病の進展を促進することを見出しました。

◆SETDB1は単球特異的なエンハンサーとして働く内在性レトロウイルス(ERV)の活性を制御し、インターフェロン応答遺伝子とNK細胞活性化リガンドの発現を抑制することが分かりました。単球性白血病細胞はSETDB1のこの働きを活用してNK細胞の攻撃を回避していることを明らかにしました。

◆現在の白血病治療薬への反応が悪いことが知られている単球性白血病に対する新しい免疫治療の開発に貢献することが期待されます。

白血病の新しい腫瘍免疫抑制因子を発見~生体内CRISPR/Cas9スクリーニングによる白血病治療標的の同定~
単球性白血病細胞がSETDB1の働きでNK細胞の攻撃を回避するメカニズム

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻先進分子腫瘍学の合山進教授、張育瑄(ちょういくせん)特任研究員、北村俊雄東京大学名誉教授らによる研究グループは、単球性白血病のマウスモデルを用いて生体内でCRISPR/Cas9(注1)ライブラリスクリーニングを行い、単球系や顆粒球系への分化傾向を伴う急性骨髄性白血病(注2)における新たな腫瘍抑制因子として、ヒストンメチル化酵素SETDB1を同定しました。またメカニズムとして、SETDB1がインターフェロン応答遺伝子(注3)やナチュラルキラー(NK)細胞(注4)活性化リガンド(注5)の発現を抑制し、白血病細胞の腫瘍免疫からの回避を誘導していることを明らかにしました。これらの成果は、現在の白血病治療薬への反応が悪いことが知られている単球性白血病に対する新しい免疫治療の開発に大きく貢献することが期待されます。

発表内容

〈研究の背景〉
急性骨髄性白血病は、骨髄系の細胞ががん化して異常に増殖する血液のがんです。化学療法や造血幹細胞移植によって治療されますが、十分な治療を行うことが難しい高齢者の予後は不良です。特に単球系への分化傾向を伴う単球性白血病は、ベネトクラクス(注6)を含む現在の治療薬に反応が悪く、新しい治療法の開発が強く求められています。

また近年、CRISPR/Cas9システムを活用した網羅的遺伝子ノックアウトスクリーニングが、がん治療標的の探索に盛んに用いられています。しかし、現在主流である試験管内培養系を用いたスクリーニングでは、免疫系の制御を介してがんの発症を促進する遺伝子を同定することができません。そこで本研究では、マウス白血病モデルを用いて生体内CRISPR/Cas9ライブラリスクリーニングを行い、単球性白血病における腫瘍免疫制御因子を探索しました。

〈研究の内容〉
単球性白血病における新規治療標的を同定するため、マウス単球性白血病細胞にエピゲノム(注7)制御因子を標的とするsgRNAライブラリーを導入し、生体内および試験管内でCRISPR/Cas9ライブラリースクリーニングを行いました。それらの結果を比較し、生体内において特異的に白血病発症を促進する分子として、ヒストンH3の9番目のリシン(H3K9)のメチル化酵素であるSETDB1と、SETDB1の調節因子であるATF7IPとTRIM33を同定しました。

生体内と試験管内の大きな違いの一つは、生体内には免疫細胞が存在することです。そこで本研究グループは、異なる免疫システムを持つ3種類のマウス:免疫正常C57BL/6マウス、T/B/NK細胞を欠失した免疫不全NSGマウス、そして成熟T/B細胞を欠くがNK細胞は保持しているRag2ノックアウトマウスを用いて実験を行いました。SETDB1の欠失は、免疫不全NSGマウス内では白血病細胞の増殖に影響を及ぼしませんでしたが、NK細胞を持つC57BL/6マウスおよびRag2欠失マウス内では白血病細胞の増殖を強く抑制しました(図1)。これにより、SETDB1がNK細胞の抗腫瘍効果を抑制することで白血病の進展を促進していることが明らかになりました。

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図1:SETDB1の欠失は、機能的なNK細胞を持つC57BL/6マウスおよびRag2欠失マウスにおいて単球性白血病細胞の増殖を抑制する。

また本研究では、SETDB1の欠失が単球特異的な内在性レトロウイルス(ERV)エンハンサー(注8)領域におけるH3K9の脱メチル化を介して、インターフェロン応答遺伝子とNK細胞活性化リガンドの発現上昇を誘導し、これによりNK細胞の持つ抗腫瘍効果を増強させることを突き止めました。さらに、SETDB1阻害に高感受性を示す白血病細胞を予測するためのバイオマーカーとして、MNDAを同定しました。

〈今後の展望〉
SETDB1およびその共因子は、単球性白血病において腫瘍免疫抑制因子として働いており、有望な治療標的になると考えられます。SETDB1を特異的に標的とする阻害剤を開発すれば、現在の標準治療に耐性を示す単球性白血病に対する良い治療薬となることが期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
メディカル情報生命専攻 先進分子腫瘍学分野
合山 進 教授
張 育瑄(ちょう いくせん) 特任研究員
研究当時:大学院医学系研究科 博士課程
グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成(SPRING GX)採用者
https://www.cis-trans.jp/spring_gx/

北村 俊雄 東京大学名誉教授
兼 神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター センター長

論文情報

雑誌名:Cell Reports
題 名:SETDB1 suppresses NK cell-mediated immunosurveillance in acute myeloid leukemia with granulo-monocytic differentiation
著者名:Yu-Hsuan Chang, Keita Yamamoto, Takeshi Fujino, Teh-Wei Wang, Emi Sugimoto, Wenyu Zhang, Tomohiro Yabushita, Ken Suzaki, E. Christine Pietsch4, Barbara A. Weir, Ramona Crescenzo, Glenn S. Cowley, Ricardo Attar, Ulrike Philippar, Mark Wunderlich, Benjamin Mizukawa, Yi Zheng, Yutaka Enomoto, Yoichi Imai, Toshio Kitamura, Susumu Goyama*
DOI: 10.1016/j.celrep.2024.114536
URL: https://www.cell.com/cell-reports/fulltext/S2211-1247(24)00865-9

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:22H03100)」、「基盤研究C(課題番号:23K07868)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:21H00274)」、「国際共同研究強化(B)(課題番号:22KK0127)」、「基盤研究A(課題番号:20H03537)」、AMED(課題番号:21ck0106644h0001、23ama221514h0002)、日本血液学会研究助成金、ヤンセンファーマ共同研究費の支援により実施されました。

用語解説

(注1)CRISPR/Cas9
DNAの二本鎖切断を原理とする遺伝子改変ツール。特定のゲノム領域を標的とするRNA(ガイドRNA)をCas9と共導入すると、Cas9ヌクレアーゼが標的領域のゲノムDNAの両鎖を切断する。

(注2)急性骨髄性白血病
骨髄中で骨髄芽球(白血球に分化する過程の未熟な細胞)に遺伝子変異や染色体転座などの異常が生じ、それががん化したもの。そのうち単球系の分化傾向を伴うものを、単球性白血病と呼ぶ。

(注3)インターフェロン応答遺伝子
インターフェロンによって活性化される遺伝子のこと。インターフェロンは、ウイルス感染やその他の病原体、さらにがん細胞に対する免疫応答を活性化する役割を持っており、これに応じてインターフェロン応答遺伝子の発現が誘導される。

(注4)ナチュラルキラー(NK)細胞
ナチュラルキラー細胞は、自然免疫系において重要な役割を果たす細胞傷害性リンパ球の一種である。これらの細胞は、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を殺傷することが可能な酵素を含有する顆粒(微小粒子)を保持している。

(注5)リガンド
ある物質に対して特異的に結合する物質のことをリガンドという。NK細胞活性化リガンドは、ナチュラルキラー細胞の細胞膜上に発現している活性化受容体のリガンドであり、NKG2Dリガンドがその一例である。NK細胞上のNKG2Dと腫瘍細胞上のNKG2Dリガンドが結合すると、NK細胞が活性化され標的細胞を殺傷する。

(注6)ベネトクラクス
ベネトクラクスは、慢性リンパ性白血病(CLL)や急性骨髄性白血病(AML)の治療に使用される薬剤である。ベネトクラクスはBCL2というアポトーシス抑制作用を持つタンパク質に結合してその作用を阻害し、癌細胞のアポトーシスを誘導する。

(注7)エピゲノム
エピゲノムは、DNAおよびDNAが巻き付いているヒストンに付加される可逆的な化学的修飾のことであり、個々の遺伝子の働きを決める役割を担っている。

(注8)内在性レトロウイルス(ERV)エンハンサー
内在性レトロウイルス(ERV)由来のDNA配列が、ゲノム内でエンハンサーとして機能する領域のこと。エンハンサーは遺伝子の発現を調節する重要なDNA配列で、特定の遺伝子の発現を誘導する。ERVエンハンサーは、特に免疫応答や発生過程において重要な役割を果たすことが知られている。

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新領域創成科学研究科 広報室

医療・健康
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