おっぱいの数と子どもの数~春に少なく夏に多いニホンモモンガの子の数~

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2024-08-28 森林総合研究所

ポイント

  • ニホンモモンガは、夏にはおっぱいの数に見合った数の子を産むものの、春の子の数はそれよりも少ないことがわかりました。
  • ニホンモモンガはリスの仲間ですが、このような季節による子の数の違いは他のリスには見られないとても珍しい特徴です。
  • ニホンモモンガはリスの繁殖戦略の進化の謎を解くための重要な種になるかもしれません。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、ニホンモモンガが夏に子供を約5頭産むのに対し、春の子は約2頭と少ないことを明らかにしました。ニホンモモンガは樹上で生活するリスに分類されますが、通常これらのリスは1回に約2頭の子を産みます。つまりニホンモモンガだけが夏に非常に多くの子を産むということになります。
実は我々ヒトを含む哺乳類には1回に産む子の数が乳頭(おっぱい)の数の約半数になる「2分の1ルール」という法則が存在します。樹上で生活するリスの乳頭数は多くの場合6から8です。それに対してニホンモモンガの乳頭数は10です。つまり、樹上で生活するリスの多くは法則から外れて子の数が少ない特別なグループになり、ニホンモモンガは年2回の出産のうち春は法則から外れた樹上性リスのグループに入り、夏は法則に則るというとても珍しい特徴を持っているのです。
ニホンモモンガは、樹上で生活するリスは乳頭数に対して子の数が少ないという古典的な考え方を覆すとともに、リスの繁殖戦略の謎を解く重要な種になる可能性があります。
本研究成果は、2024年6月25日にJournal of Vertebrate Biology誌でオンライン公開されました。

背景

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、哺乳類が一回に産む子の数は乳頭(おっぱい)の数の半分程度であることに気がつきました。後にこれは「2分の1ルール」と呼ばれるようになり、多くの哺乳類がこの法則に則っています。ところが一部の哺乳類では、このルールに則らず、とても少ない数の子しか産みません。その法則から外れる一部の哺乳類として“樹上で生活するリス”たちがいます。
リスの仲間は3つのグループに分けることができます。1つは樹上性リスで、一般に想像される木の上をちょろちょろと走り回るリスです。もう1つは滑空性リスで、モモンガやムササビといった樹上で生活し、木と木の間を滑空で移動するリスです。最後の1つは地上性リスで、動物園でもよく見かけるジリスやプレーリードッグといった地上や地中で生活するリスです。これらのうち、樹上性リスと滑空性リスが“樹上で生活するリス”になります。
地上性リスたちはちゃんと法則に則った数の子を産むことで知られていますが、“樹上で生活するリス”は乳頭の数の2分の1を大きく下回る特別なグループになります。ところが、世界中で日本の本州、四国、九州だけに生息しているニホンモモンガは10個の乳頭を持ち、最大で8頭もの子を産んだ記録があります。これは“樹上で生活するリス”の中では乳頭数も多いし、子の数も多いようにみえます。そこで、私たちはニホンモモンガの系統的な進化の過程をふまえて、子の数の違いについて他のリスと詳細に比較しました。

内容

私たちはリスの子の数について記されている文献を世界中から集めました。その結果、51件の文献を基に14種のリスから2,363回の出産で産まれてきた子の数の記録を入手しました。
まず、リスの進化についてみてみると、樹上性のネズミの仲間が進化して樹上性リスになりました(図1)。次に樹上性リスの一部が滑空性リスに進化し、また別の一部の樹上性リスが地上性リスに進化しました。ここで重要になるのはこのリスの進化に対する乳頭の数の変化です。今回扱った“樹上で生活するリス”(図1の緑色)の乳頭数(図1のピンク色)は、ニホンモモンガを除いて全ての種が8個でした。一方で地上性リス(図1の茶色)の乳頭数は、最も樹上性リスに近いシマリスだけが8個で、他は全て10個(図1の水色)でした。つまり、樹上性リスが地上に進出するにつれて乳頭数が増えていったようにみえますが、ニホンモモンガだけは樹上生活を維持したまま乳頭数が増えているようです。
次に、子の数についてみてみます(図2)。ニホンモモンガを除く“樹上で生活するリス”の平均的な子の数は1.6~3.3で、乳頭数の半分である4よりも少ないことがわかります。一方で地上性リスのそれは4.2~6.5で乳頭数の半分程度になっています。では、私たちが注目するニホンモモンガはどうでしょうか?興味深いことに、ニホンモモンガは季節によって産まれてくる子の数が大きく違いました。そして平均的な子の数は、春が2.1頭、夏が5.3頭になりました。つまりニホンモモンガの春の子の数は、“樹上で生活するリス”と同程度で法則から外れており、夏の子の数は乳頭数の半分程度なので地上性リスと同様に法則に則っているといえます。このように2つの特徴を持つリスは他にはおらず、ニホンモモンガは“樹上で生活するリス”と地上性リスの両方の繁殖生態を持っていることが明確になりました。

おっぱいの数と子どもの数~春に少なく夏に多いニホンモモンガの子の数~
図1. リスの系統関係、生息空間(茶色と緑色)そして乳頭数(水色とピンク色)。

図2樹上で生活するリスたちと地上性リスたちが一回に生まれる子の数を比べたグラフ
図2. ニホンモモンガを含む代表的なリスの1回の出産で生まれる子の数。
(図内のイラストは「いらすとや」で公開されたものを使用しています。各種の生活史を捉える図を使用していますが、デフォルメされている図のため各種の特徴と完全に一致しない場合もあります。)

今後の展開

本研究の結果は、“樹上で生活するリス”は乳頭数の2分の1よりも子の数が少ないという古典的な考え方を覆します。これまで、 “樹上で生活するリス”が子の数が少ないにもかかわらず多くの乳頭を維持し続けている明確な理由はわかっていません。ニホンモモンガの子の数は“樹上で生活するリス”に乳頭数が多く保たれてきた理由を暗示しているのかもしれません。本種は法則に則らない“樹上で生活するリス”と法則に則る地上性リスの中間的な種とも言えるでしょう。このような両方の特徴を持つ種は、リスの繁殖戦略の進化の謎を解く鍵になる可能性があります。ニホンモモンガの子の数が季節で違う原因を明確にすること、ひいては“樹上で生活するリス”の乳頭数と子の数のミスマッチが起こった進化の過程を明らかにすることが今後の課題です。

論文

論文名:Litter size of Japanese flying squirrels Pteromys momonga varies seasonally: an intermediate pattern between arboreal and ground squirrels
著者名:Suzuki Kei K (鈴木圭), Ando Yuho (安藤裕萌)
掲載誌:Journal of Vertebrate Biology
DOI:10.25225/jvb.24033

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 九州支所 森林動物研究グループ 主任研究員 鈴木 圭

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

生物環境工学
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