2024-09-19 東京工業大学,基礎生物学研究所,熊本大学,東京慈恵会医科大学
【要点】
○エミューの翼の骨の短縮や左右非対称な融合は、筋形成不全により胚発生中に翼の骨へのメカノストレスが不足するためと解明
○胚の翼の原基に生じる筋前駆細胞の細胞死によって筋形成不全が生じることを発見
○胚や胎児の運動の違いが形態の進化の原因となる可能性を示唆
【概要】
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の田中幹子教授と坪井絵里子大学院生(研究当時)、小野沙桃実大学院生、イングリッド・ローゼンバーグ・コルデイロ(Ingrid Rosenburg Cordeiro)大学院生(研究当時)らは、基礎生物学研究所の重信秀治教授、熊本大学のゴジュン・シェン(Guojun Sheng)教授、東京慈恵会医科大学の岡部正隆教授らと共同で、エミューの翼の骨格パターンの解析と翼の筋肉の発生プロセスの解析から、エミューの翼の退縮にこれまで知られていた遺伝的な原因だけでなく、新たなメカニズムが存在することを明らかにした。
飛べない鳥であるエミューは、翼が著しく退縮しているが、その形態形成のメカニズムには不明な点が多かった。今回の研究では、エミューの翼の骨格が退縮しているだけでなく、左右非対称なパターンを示していることが分かった。そしてその原因が翼の先端に筋肉が作られないために、胚発生中に翼をほとんど動かせず、骨の発生に必要なメカノストレス(用語1)を翼の骨になる細胞が十分に受け取れていないためであることが示された。さらに、エミューの翼の先端に筋肉がないのは、体節(用語2)由来の筋前駆細胞と側板中胚葉(用語3)細胞の二重のアイデンティティを持つ筋前駆細胞が存在し、これらが融合して筋繊維になるときに、細胞死(用語4)を起こすためであることを明らかにした。今回の研究成果は、胚や胎児の運動の違いが、形態の進化を起こす可能性があることを示唆している。
本研究成果は9月19日(現地時間)の「Nature Communications」で公開される。
●背景
四肢の退縮は、鳥類も含めた四肢動物の進化の歴史の中で何度も起こっている。走行に特化した飛べない鳥であるエミューは、翼(前肢)が著しく退縮しており、四肢退縮の遺伝的メカニズムを知る上でのモデルとされる。これまでの研究では、翼の退縮に関係のある遺伝子などが同定されていたが、翼の骨格パターンの著しい個体間でのばらつきは説明できず、その形態形成のメカニズムには不明な点が多く残されていた。そこで今回の研究では、翼の骨格パターンのばらつきに着目した。
●研究成果
研究チームは、エミューの翼の骨格は短縮しているだけでなく、個体間でもばらつきがあり、同じ個体でも左右の骨格で長さやパターンに違いがある例が多いことを見いだした(図1)。このようなエミューの翼の特徴的な骨格パターンは、翼の先端に筋肉が作られないために、胚発生中に翼を動かせず、骨格形成に必要なメカノストレスが足りないことによることが示された。これにより、エミューの翼の骨は短くなり、左右非対称な融合を起こすと考えられた。
この筋形成不全の原因を調べるために、筋前駆細胞の性質と挙動を解析した。その結果、エミューの翼の原基(用語5)には、体節由来の筋前駆細胞と側板中胚葉細胞の二重のアイデンティティを持つ筋前駆細胞が存在し、これらの細胞が融合して筋繊維になるときに、細胞死を起こしていることが分かった(図2)。通常、四肢動物の手足の筋肉は、体節由来の筋前駆細胞という均質な細胞同士が融合し、筋繊維をつくることで形成される。エミューの翼は、二重のアイデンティティを持つ筋前駆細胞という異質な細胞が存在していることが原因で、融合した際に正常な筋繊維がつくれずに細胞死を起こし、筋形成不全を起こしたと考えられた。
これらのことから、エミューでは、原基に存在する特殊な筋前駆細胞が細胞死を起こすことで翼の筋形成不全が生じ、それによって胚発生中に翼の骨へのメカノストレスが不足するために、骨格パターンに影響が生じていたことが示された。
図1. エミューの翼の骨格:左右の骨格パターンにもばらつきがみられる例が多かった。
図2. エミューの翼の骨格形成のモデル。
●社会的インパクト
この研究は、胚や胎児期の手足の運動が、すでに知られている骨格要素の伸長だけでなく、左右対称な骨格の伸長やパターン形成に重要であることを示している。さらに胚や胎児期に手足の運動量が変化するような状況は、エミューのような遺伝的要因によるものだけでなく、自然環境でも多く存在することから、本研究の成果は、胚や胎児期の運動といった環境要因に左右されうる条件が、形態進化や多様化に大きな影響を与えていることも示唆するものだと言える。
●今後の展開
今回の研究は、手足の骨格形態の進化に対する運動量の役割を示唆する結果となった。胚期や胎児期に手足の運動量が抑制されるような自然環境におかれている生物において、骨格形態に影響が生じている可能性も十分に考えられる。本研究は、動物の形態の進化に環境要因による影響を受けやすい胚や胎児の運動量が関係していることを示唆する、画期的なものだと言える。
●付記
本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(20H03301、17KT0106)、MEXT科学研究費助成事業 新学術領域研究「進化の制約と方向性」(18H04818)、三菱財団自然科学助成金、アステラス病態代謝研究会研究助成、山田科学振興財団研究援助、基礎生物学研究所共同利用研究(21-357)の支援を受けて実施された。
【用語説明】
(1)メカノストレス:組織や細胞にかかる物理的な力で、筋肉の収縮をはじめ、さまざまな力学的要因から生じる。この力は骨の発生や成長を含め、さまざまな組織の発達に重要な役割を果たす。
(2)体節:発生中の脊椎動物の胚でみられるブロック状の構造であり、筋肉、骨、真皮など、体の主要な組織に発達する細胞が含まれる。通常、手や足の筋肉は体節由来である。
(3)側板中胚葉:胚の外側に位置する中胚葉の一部で、手足の原基や体壁、心臓、血管などを形成する。
(4)細胞死:細胞が死ぬ現象であり、発生過程や組織の維持において重要な役割を果たす。
(5)原基:発生過程でさまざまな臓器や構造が形成される初期の段階。
【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Immobilization secondary to cell death of muscle precursors with a dual transcriptional signature contributes to the emu wing skeletal pattern
著者:Eriko Tsuboi†, Satomi F Ono†, Ingrid Rosenburg Cordeiro†, Reiko Yu, Toru Kawanishi, Makoto Koizumi, Shuji Shigenobu, Guojun Sheng, Masataka Okabe, and Mikiko Tanaka
†These authors contributed equally to this work.
DOI:10.1038/s41467-024-52203-x
【問い合わせ先】
東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 教授
田中 幹子
【取材申し込み先】
東京工業大学 総務部 広報課
基礎生物学研究所 広報室
熊本大学 総務部総務課 広報戦略室
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課